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第8話ミルフィア

「ふぅ~」


 力が抜ける。と、ふいに隣が気になり視線を向けてみた。


 ミルフィアは黙ったままじっと座っている。美しい横顔がそこにあり、気になっただけのつもりがつい見つめてしまった。


 ミルフィアはきれいだ。ずっと一緒にいるけれど、彼女の顔を見飽きたということはない。


「どうかされましたか、主?」


 やばっ!


「い、いや。別に!」


 咄嗟に顔を背ける。変に思われたかと焦ったが、ミルフィアの大きな瞳は優しく細められ小さな口元は持ち上がっていた。


 彼女と初めて出会ったのは俺がもっと子供の頃だった。突然俺の家に現れたかと思えば俺を王と呼び、自分は奴隷だと言い出した頭のおかしな女だ。理由を聞いても要領の得ない答えばかり返してきて正体も不明だ。


「なあ、ミルフィア」

「はい、なんでしょうか主」


 それで何の気なしに、隣に座る金髪の彼女に聞いてみる。


「お前は一体、何者なんだ?」


 質問に、ミルフィアは小さく笑う。


「私は、あなたの奴隷です。主」

「……そうだったな、今思い出したよ」


 やっぱりこれか。ああ、分かってたよ。聞いてみただけだ。


 不思議な少女だ。でも、俺にとってミルフィアは誰よりも大切な存在だった。


 ずっと一人の人生だった。なにをしても無信仰者として孤独な時間を過ごしてきた。敵だらけで、助けてくれる人なんて誰もいなかったんだ。


 そんな中、ミルフィアだけが俺の傍にいてくれた。


 きれいで、優しくて、唯一俺の味方でいてくれたミルフィア。お前は誰よりも大切な存在だ。


 だけど。


 だからこそ思うんだ。


 せめてお前だけは、俺とは違って幸せになってくれって。お前だけでもさ。


「そうだミルフィア。さっきはありがとうな、庇ってくれて」

「いえ、あれくらいのことは。もったいなきお言葉です、我が主」


 俺がお礼を言ってもミルフィアは小さくお辞儀をするだけ。そうした仕草を嬉しく思う時もあるけれど、やっぱり距離感が寂しい。


「なあミルフィア」

「はい」


 返事とともに、ミルフィアが可愛らしい顔を向けてくれる。


「感謝してる。でも、あんなことはもうしないでくれ」

「それは何故ですか?」


 ミルフィアは俺と年は変わらない。まだ子供だ、女の子なんだ。


「危ないだろう、もしお前が斬られたらどうするんだよ」

「それは、私の務めですから」


 ミルフィアは平気でそんなことを言う。


「ミルフィア、お前はもう自由に生きろ。奴隷なんか止めろって。なにが楽しいんだそんな生き方」

「ですが、それはなりません」

「なんでだよ」


 お前に幸せになって欲しいのに、どうして本人のお前が否定するんだ。


 声を荒げ言う俺に、ミルフィアの声は落ち着いていた。


「私は、主の奴隷です。主のために死ぬのでしたらそれは私の本望です」

「…………」


 くそ。なんでお前はそう、そんなことを笑って言えるんだよ。


 自分の幸せに生きて欲しい。奴隷なんて生き方するくらいなら、せめて友達として付き合っていきたい。


 だけど、それは無理なんだ。


『僕と、友達になってよ!』

『なりません』


 昔、俺はミルフィアに友達になって欲しいと願ったことがあった。だが、それは見事に断られた。


 奴隷を止めさせることも、友達になることも出来ない。


「なあ、なんでお前はそう、俺の奴隷として振る舞おうとするんだ?」


 落胆に声は暗い。


「あなたに忠誠を誓っているからです」

「だから俺の言うことならなんでもきくって?」

「はい」


 なんだよそれ。だったら友達になれよ。本当はいい加減だろお前。


「じゃあ俺がここで服を脱げと言ったら脱ぐのかよ」


 馬鹿馬鹿しい。本気で考えるだけ無駄なんだろうな。


「はい。それが主の望みなら」

「は? ……ておい!?」


 突然ミルフィアが立ち上がる。なんだと思うと、その場でワンピースを脱ぎ始めたのだ。


 ワンピースが地面に落ちる。


「なっ!?」


 それで露わになったのは、純白の下着だった。縁には小さなレースが付き、中央にはハートの飾りがある可愛らしい下着だ。


「お前なに脱いでんだ!」


 まさか本当にするとは思わなかった。いや、普通思うか! なのにミルフィアは少しだけ目を大きくしただけで、俺を不思議そうに見つめてくる。


「主が脱げと言ったので…………」

「そういう問題じゃねえ! てかすぐに脱ぐのを止めろ!」


 こいつ、本当に全部脱ぐ気か!? 急いで立ち上がりミルフィアの両手を掴む。


「え?」

「あ?」


 が、慌てて前に出たせいで落ちてるワンピースを踏んでしまい、バナナの皮のように滑った!


「あ、なっ、ぬわあ!」


 ミルフィアを巻き込みながら前に倒れる。二人して地面に横になってしまった。


「大丈夫ですか主?」

「っつー。なんとかな。お前は大丈夫かミル――」


 いててと頭を擦った後、気づけばミルフィアの顔がすぐ近くにあった。俺が押し倒す形で上になっていたのだ。ミルフィアの青い瞳が俺をじっと見上げてくる。視界には、胸元とブラジャーが見えている。


「…………」

「…………」


 ガラガラガラ。


 その時だった。扉が開き、女の子が入ってきた!


「はぁあ、お腹痛い――、え? きゃああああ! 変態が女の子を襲ってるう!」


 ちげえええええ!


「違う! 誤解だ!」

「うそよぉ!」


 ちょっと待て、なんだこれ。どういう状況だ!? とりあえず説明しないとまずい!


「嘘じゃねえよ! ただ落ちてる服に足をとられて転んだだけだ! べつに襲ったわけじゃねえよ! 俺はやましいことなんて――」

「ちょっと待って、なんで服が落ちてるの?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「それは~……」

「強姦よぉ!」

「ちげえ! 待てくれぇえええ!」


 俺は叫ぶが、呼び声虚しく女の子は行ってしまった。


「くそっ! ミルフィア、まずは消えろ」

「ですが」

「いいから消えろ! すぐにだ!」


 状況が分かっていないのか、唖然としているミルフィアに強引に言い聞かせる。それでミルフィアは消えていなくなり、俺は脱兎の如く保健室から逃げ出した。


「ったく、なんで俺ばっかりこんな目にぃ!」


 瞳にうっすらと涙を浮かべ、そのまま学校を出て行くのだった。

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