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第12話栗見恵瑠

 その後、結局一限目の授業はサボることにした。俺は渡り廊下の壁にドカッともたれる。


「あー、くそ、どうするよ一体」


 机の件は正直分からん。というか考えたくない。それよりもミルフィアの誕生会のことだ。そのために黄金律の効果が知りたいわけだが、こう、今すぐ試せる機会はないだろうか。


 そう思っていると、どこからか声が聞こえてきた。


「おい、なに見てたんだよ、やんのかコラ!」

「あー、その、ボクはただ~……」

「慈愛連立がいい気になりやがって、喧嘩売ってんのか!?」

「ち、違いますよ~」


 あった!


 校舎の角、人目に付きづらい場所で不良と分かるガラの悪い五、六人の男子が囲っている。男たちは全員赤の腕章で、絡まれてるのは声から女子だ。


 これは黄金律を試すチャンスだ。俺は渡り廊下からとび出した。よし、待ってろよ。今俺が助けてやるからな!


 みるみると距離が縮まる。


 が!


「て、あの女かよ!?」


 男たちに囲まれたその女子は、入学式の日に逃げ出したあの時の女だった。

 くそ、なんでよりにもよっててめえなんだよ!


「待てぇえええ!」


 俺の叫び声に男たちが振り返る。女の子も俺を見た。


「そいつに手を出すなぁあ!」


 全力疾走で少女の元に駆け寄る。俺は両者の間に立った。


「なんでてめえ、なにしにきやがった!?」

「そんなもん決まってんだろ、人助けだよ」


 男たちの前に立つ。俺の前にいる男は背が高く、角刈りのこめかみがピクピクと引きつっていた。


「無信仰者が調子乗りやがって、俺を誰だと思ってる!? 神律学園三年の熊田銀二(くまだぎんじ)だぞ!?」

「知るか。女の子を数人がかりで囲う腰抜けだろ」


 両手を広げ「だろ?」とアピールしてやった。


「てめえ……覚悟しろよ! おい、両方ともやっちまうぞ!」


 男、熊田の一言で他の連中もが大声を掛けて殴りかかって来る。しかし退かない。後ろの女ははっきり言ってムカつくが守ると決めたんだ。


 しかし、ここにきて少女が入り込んできた。


「け、喧嘩は駄目ですぅう! しちゃいけないんです! 仲良くしましょう、皆で仲良くするんです、それが一番ですぅ!」


 少女は両手を広げ、駄目です駄目ですと顔を横に振る。その度にツインテールの髪束が宙を泳いでいた。小さい体にも関わらず、大柄の男たちを前に自分の信仰を貫いている。


 人助けの神理、慈愛連立。まさか、俺を庇ってくれたのか?


 突然の仲介に熊田達も戦意を削がれたのか立ち尽くしている。


「ちっ、もういい行くぞ」


 それで男たちは振り上げていた拳を下ろした。そのままぐちぐち言いながら退いていくが、熊田がいきなり振り返り俺を睨んできた。


「だがな神愛、てめえあとで覚悟しとけよ、イレギュラー」


 それだけ言い残し今度こそ消えていった。


「ふぅー」


 あいつはあんな風に言い残していったがいつものことだ。俺は肩を竦める。それにどっちかっていうと俺が少女に救われたわけだし。せっかく助けに行ったのに仲裁されるとかどうなってんだ。


「あ、あの、大丈夫ですか? あ、昨日の人だ」

「お前今更かよ」


 白い髪の少女が振り返る。ぽかんとした顔で俺を見上げていた。


「別にいいだろ俺でも。それか俺じゃいやだったか?」

「いえ全然!」


 少女は慌てて顔を横に振っている。まあいいや。


「それよりもお前、どうしてあんな連中に絡まれてたんだよ? まさか喧嘩売ったわけでもねえだろうし」

「え!? えーとですね、その~……」


 それで質問するが、しかし言いにくいのか少女は指を遊ばせていた。もしかして聞いちゃまずかったか? 


 すると少女はぽつりと話し始めた。


「ボク、昨日遅刻しちゃって」

「ああ、知ってるよ」


 ムカつくくらいにな。


「それで周りのみんなはもう新しい友達と話してて。なんか話しかけづらくて。それでどうしようか、教室に出て考えようとしたんです。そしたらここであの人たちがグループを組んでいたから」

「うんうん」

「いいなあ~、ボクも友達欲しいなあ~、てずっと見てたんですよ」

「へえ~。……ん、ずっと?」

「はい! そしたらあの人たちもボクのことを見つめてきて、ボクに向かって歩いて来たんですよ。おお! と思ったんですけど、いきなり喧嘩売ってんのか! って怒鳴られちゃいました」


 それで少女は悲しそうな表情を浮かべるが、すぐ呑気な声で呟いた。


「どういうことなんですかね~」

「お前がどういうことだよ!? てかなに、お前もにらめっこ!?」


 なんだそりゃ、流行ってんのかにらめっこ。


「相手くらい選べよ、あいつらがどういうのか見て分かるだろ。お前の頭はお花畑か」

「あ、それならボクチューリップがいいです!」

「そういう問題じゃねえんだよ!」


 こいつ、もしかしてアホなんじゃないか? そう思うとそんな気がしてきた。


「あの、ボク、栗見恵瑠(くりみえる)っていいます。恵瑠でいいですよ。ちなみに同じクラスです」

「え、お前も?」


 奇遇と言うかなんというかだな。


 それで恵瑠は嬉しそうに自己紹介していたが、しかしすぐに疑問の顔色になって俺を見上げてきた。


「その、神愛君、ですよね? えっと、どうして助けてくれたんですか?」


 質問に黄金律のことが頭に浮かぶが、本当のことをいうのは恥ずかしい。


「別に。あんな状況見つけて、見て見ぬフリが出来なかっただけさ」

「え、でも神愛君、慈愛連立じゃないですよね?」


 俺としては当たり障りのない言葉を選んだつもりだが、やっぱりそこ気になるか。


「信仰がなくたっていいだろうが。それとも迷惑だったか?」

「ううん! 全然! 助かりました!」


 瞳を輝かせ元気な声が響く。まあ、最後には俺も助けられたんだけどな。


「あ、あの、神愛君?」

「ん?」


 と、恵瑠が真面目な顔で見上げていた。


「机の件なんですけど」

「ああ、あれは俺じゃねえよ」

「やっぱりそうなんですか?」


 見上げる表情、それが少しだけ意外そうに見開かれる。


「いちいちするわけねえだろあんなこと、どれだけ時間掛かるんだよめんどくせー。あんなことするくらいなら殴られること覚悟で殴りに行くわ」

「あはは……」


 恵瑠は苦笑いしているが、その笑みを引き締めまたも聞いてくる。


「神愛君は、べつに慈愛連立とかそういうわけじゃないんですよね?」

「そうだよ」


 なにを今更。


「無信仰のままなんですよね?」

「そうだよ」


 いったいなんの確認だ?


 恵瑠は戸惑った様子だったが、俺の答えを聞くと視線を下げた。


「でも、助けてくれたんですよね……」

「?」


 なにやら胸の内でいろいろと葛藤しているらしい。信仰者から見れば無信仰者なんて正体不明の怪人だ。はっきり言って怖いだろう。そんな無信仰者に助けられるなんて稀有な体験をしてさぞや脳内会議が忙しいんだろうな。


 すると、恵瑠が顔を上げ見つめてきた。


「ありがとうございました。助かりました!」

「おお!」


 お礼と共に頭を大きく下げる。雲のような色のツインテールまでもお辞儀のように垂れていた。


 初めてされた、こんな風に人にお礼を言われること。ちょっと感動だ。


「それじゃあボクは教室に戻りますね。助けてくれてありがとうございました~」

「おお、気をつけてな~」


 手を振りながら恵瑠が去っていく。俺も手を振りながら彼女を見送っていった。


「って! なにしてんだ俺!?」


 しまった。誕生会、言えば良かった……。

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