「ひゃおう!」
その中には恵瑠(える)の悲鳴もあって、俺は慌てて駆け付けた。
「変な悲鳴あげてんじゃねえぞ」
「だって神愛君!?」
「うるせえ! まずは逃げるぞ、ここは危険だ」
俺は恵瑠(える)の手を取った。小柄な見た目通り手は小さく、その細い指を力強く握ってやる。
「他の車は」
「裏口に用意してあります」
「急ぐぞ」
ガブリエルは護衛(ごえい)の男たちを傍に置き恵瑠(える)を見てきた。
「お前もすぐに来い! ぐずぐずするな、狙われるぞ!」
「狙われる?」
まさか恵瑠(える)のことか? なんで恵瑠(える)が狙われなくちゃならない? まさか、さきほどの殺人事件と関わりがあるのか?
状況がまるで分からん。何故ガブリエルが恵瑠(える)の前に現れたのかも、何故命を狙われなくちゃならないのかも。
「神愛、あんたどうするつもり!?」
「私はどっちでもいいけど」
加豪(かごう)と天和(てんほ)が俺を見てくる。
「こうなりゃ仕方がねえ。恵瑠(える)を守りながら裏口に急ぐぞ!」
俺と加豪(かごう)、天和(てんほ)は同時に頷いた。
「そんな!? みんなはいいですよ! これはボクのことですから神愛君たちはここにいてください。巻き込まれることないですよ!?」
「アホかぁ!」
「え?」
すると俺たちを心配してか恵瑠(える)が大声で言ってきた。しかし俺はさらに叫んで黙らせる。こんな状況でなにバカなこと言ってやがる。
「こんな状況で友人を放って置くバカいるか! 出来るかんなこと!」
「神愛君……」
「お前がなんで狙われるかなんて知らねえよ! でもな、どう見ても危険だろうが。なら守ってやるよ。ほらいくぞ!」
恵瑠(える)の手を引いた。強く、強く、力強く。
「……うん」
その手を、恵瑠(える)も握り返してくれた。
俺たち四人は裏口に向かって走り出す。ガブリエルたちも走り出していた。
すると正門から武装した男たちが現れた。グレーの迷彩(めいさい)色(しょく)を着ており黒のサブマシンガンを肩から下げている。全員がヘルメットで顔を隠し俺たちを追ってきた。
「おいおいおい!」
どこから出てきた? てかなんだそれ!? どこで買ったんだよ!?
ここは平穏な学園から突如戦場に変わっていた。襲撃者たちが発砲(はっぽう)し、ガブリエルの護衛(ごえい)も拳銃で応酬(おうしゅう)するが先手を取られ倒れてしまう。
そして盾となる護衛(ごえい)がなくなったガブリエルに銃弾が向けられる。
だが、
「くだらん」
殺到(さっとう)する弾丸は、彼女の前で弾かれた。
ガブリエルの前方に展開されたのは青白い魔法陣だった。それが彼女を銃弾から守っている。それから残った護衛(ごえい)の男たちが敵を打倒していく。
「神愛君!?」
恵瑠(える)が叫んだ。俺たちの後ろにも敵が現れたのだ。雰囲気からして素人じゃない。訓練されたプロだ。それが数人、一斉に銃口を向けてくる。
まずい!
そこへ、俺の横を通り抜ける赤い髪があった。
「戦うっていうなら手加減なしよ」
加豪(かごう)が俺たちの前に立つ。気丈にも立つ姿は凛としていた。
「加豪(かごう)!?」
加豪(かごう)が敵を睨む。しかし相手が武装しているのに対し加豪(かごう)は丸腰だ。このままだと良い的でしかない!
「加豪(かごう)、逃げろ!」
加豪(かごう)に向けて銃弾が放たれる。俺はやばいと過るが、しかし、それは起こった。
加豪(かごう)に当たる銃弾。それが、彼女を傷つけることなく弾かれたのだ。
「マジか!?」
いくつもの銃弾を受けながら、なお加豪(かごう)は無傷で立っている。それを見て思い出す。
神化(しんか)。
この世界には神化(しんか)と呼ばれる現象がある。神理(しんり)を目指す者は神に近づく。そのため信仰心の強い者はそれだけ強くなる。信仰心の強い者なら片手で岩だって持ち上げられるだろう。だが、銃弾を受けてもビクともしないなんて。
「銃弾が利かない? まさかこいつ」
これには相手も驚いている。
どよめく敵を前に、加豪(かごう)はするどい目つきで睨みつける。そして右手を虚空(こくう)へと翳した。
「まさか?」
その動作を知っている。くる。直感がそう告げる。
「我が神リュクルゴスよ、我はあなたに従いあなたの道を示す者。ゆえに我に力を!」
その言葉を知っている。間違いない!
「神託物(しんたくぶつ)招来(しょうらい)! 雷切心典光(らいきりしんてんこう)!」
加豪(かごう)切柄(きりえ)の神託物(しんたくぶつ)。雷切心典光(らいきりしんてんこう)だ。
いくつもの雷鳴を轟かし、現れたのは刀だ。刀身をいくつもの電流が纏い不規則に動くそれが地面を破壊する。圧倒的な熱量が幾条となって迸っていた。
神からの贈り物。高い信仰心を持つ者にだけ与えられる恩恵(おんけい)を手に、加豪(かごう)は敵と対峙(たいじ)していた。
「神託物(しんたくぶつ)!? こいつ、高位者(スパーダ)クラスか!」
神託物(しんたくぶつ)を出せる信仰者は予想外だったようだ。敵が狼狽(うろた)えている。
そこへ加豪(かごう)を見ていたガブリエルが呟いた。
「ほう。高位者(スパーダ)クラスの神化(しんか)となればさらなる物理無効も備わる。神託物(しんたくぶつ)か、同じ高位者(スパーダ)クラス以上の者でなければ傷つけられんだろうな」
敵が戸惑う中、そんなのをお構いなしに加豪(かごう)は前言通り手加減なしで攻撃していく。
「この子は私の大事な友達なの。退いてもらうわよ!」
加豪(かごう)が振るう雷切心典光(らいきりしんてんこう)。その一閃と共に電流が放たれ周囲の敵を同時に倒した。
「があああ!」
電撃をもろにくらい敵は倒れていった。
しかし今度は正門からワゴン車が突っ込みそこから敵がぞろぞろと出てくる。めちゃくちゃだろ、ここ学校だぞ!?
「敵が多いッ。神愛、あんたはさきに恵瑠(える)と一緒に行って。ここの敵と天和(てんほ)は私がやるわ」
俺に背を見せる加豪(かごう)がちらりと振り返り俺を見る。加豪(かごう)の言う通り敵は多い、それを加豪(かごう)だけに任せることに気が退ける。
「大丈夫かよ?」
けれど、加豪(かごう)は言ってくれた。
「まかせなさい」
自信に満ちた表情で。それで俺も頷いた。
「……無理すんなよ」
「ええ」
俺は恵瑠(える)を連れて走り出した。追おうとしてくる敵は加豪(かごう)が引き付けてくれている。背後には神託物(しんたくぶつ)を構える加豪(かごう)と棒立ちしている天和(てんほ)が俺たちを見送っていた。
「じゃ、あとはよろしく」
「ねえ天和(てんほ)、少しは隠れてくれない?」
隠れるどころか逃げる素振りもない天和(てんほ)に加豪(かごう)は呆れたように呟いていた。
俺と恵瑠(える)、そしてガブリエルたちは学校の裏門を目指して走っている。加豪(かごう)たちが頑張ってくれてはいるが数人の追手は今も俺たちを追いかけていた。
「おい、あいつらなんなんだ!? どうして狙ってる!?」
俺と一緒に逃げているガブリエルは眉ひとつ動かずするどい表情のままだ。焦るどころか冷静そのものだ。
「おそらく教皇派の人間だな」
「教皇派? ちょっと待て、同じ慈愛連立(じあいれんりつ)の人間ってことか!?」
「話はあとだ、そんな状況でもあるまい」
そりゃそうだ。疑問はあるがまずは逃げるのが先、俺は握っている手の存在を改めて思う。
俺たちは中庭にたどり着いた。ここまで来れば裏門はすぐそこだ。校舎の間に挟まれた中庭には中央に花壇がありそれを囲うようにベンチが設置されている。
「恵瑠(える)頑張れ、もう少しだぞ!」
「うん!」
恵瑠(える)も懸命に走ってくれている。
だが敵部隊が追いついて来た。すぐに肩にかけた銃器で狙ってくる。
「恵瑠(える)、伏せろ!」
俺は恵瑠(える)にかぶさるようにして抱きつくとすぐに花壇の影へと飛び込んだ。
直後、銃弾が俺たちの場所を通過していった。花壇のレンガ造りの壁が紙細工のように乱れ飛び激しい音がする。俺と恵瑠(える)は花壇で凌ぎガブリエルは立ったまま。魔法陣が阻止していた。銃弾が魔法陣に着弾するたび火花を散らして弾かれていく。そんな中護衛(ごえい)の男たちが物陰に隠れ負けじと反撃していた。
「くそ!」
俺と恵瑠(える)は地面にうつ伏せになりながら敵の攻撃を耐える。激しい銃撃の音と辺りが壊れていく音が耳を叩き付けるようだ。辺りには花壇の破片やら土やらが散らばっていった。ガブリエルたちの方もなんとか耐えてるが自分たちで精いっぱいという感じ。
このままではジリ貧だ、自分でなんとかするしかない。
「いいか恵瑠(える)、俺が合図したら一緒に逃げるぞ」
「え、合図ってどういう合図ですか!?」
「え? どういう?」
俺たちから近い場所に銃弾が当たった。やばい!
「山! 川! みたいな?」
「それ合図じゃなくて暗号だろ! そうじゃなくて今だ! とか行くぞ! とか言うからついて来いよ?」
「分かった!」
「本当だな!?」
「山ぁあああ!」
「もういい、今だ!」
「川ぁあああ!」
しめた。俺は護衛(ごえい)が攻撃して敵が隠れた隙をつき走り出した。このまま中庭を通れば裏門まですぐだ。
だが、俺たちが飛び出したちょうどその時、頭上で激しい音が鳴り響いた。
「なんだいったい!?」
頭上から聞こえる轟音は強風まで連れてきた。それで視線の先にいたのは、
「なんだよそれ!?」
頭上にいたのは機銃を搭載(とうさい)した武装ヘリだった。それが旋回(せんかい)するとちょうど目の前で止まり正面を向けてくる。
「うそだろ」
意味が分からない。ヘリコプター? なんだこの規模、どうなってやがるんだ!?
あまりのことに咄嗟(とっさ)に次の考えが出てこない。花壇をとび出したことで隠れる場所もない。
「神愛君!?」
恵瑠(える)が叫ぶ。
瞬間、武装ヘリについたミサイルが発射された。二つの弾頭が俺たちに向かって走ってくる。
「くっ!」
やばいと思うのに、なにも出来ない。
出来なかった。
隠れることも逃げることも。
ここで終わるのか?
そう思った、瞬間だった。
「そこまでです」
迫り来るミサイルが俺たちに当たる前に爆発したのだ。
「主に害なす者ならば、私が相手になりましょう」