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第2話 伝説のウィザード

 あれからユカと佐藤さんに説得され、官公庁から一次請けで、地方自治体向けシステムのプロジェクトを統括しているメーカーにやってきた。別に一人で行けるのだが佐藤さんが同行することになっている。


「篠原さん一人だと心配なので、私も一緒に行きますからね。関内駅に着いたら連絡くださいね。そこで合流しましょう。面談終わったら中華街で篠原さんの大好きな甘栗買ってあげますからね、うふふ」

 子ども扱いはやめたまえ。


 面談? 俺がお願いして、わざわざ横浜まで来ている訳はないのに面談とは。イライラする。

 用があるならうちの店に来ればいい。喫茶店で面談なんて今日日珍しくもないんだからな。


   〇


 ここは横浜みなとみらい、らんらんマークタワー。この街にくるのは久しぶりだ。しかし、さすが大手電機メーカーの開発拠点だけの事はある。こんなデカいビルのワンフロアぶち抜きで、三フロアも占有している。入口から端の席までが遠すぎて、どれだけの人がいるのか、パッと見では把握出来ん程だ。

 受付でゲスト用のIDカードを受け取り、若い女のコが面談ルームまで案内してくれた。

 面談ルームに行く途中、ヒソヒソ話が耳に入ってきた。


「あれが例の凄腕ハッカーか?」

「おっさんじゃんか」

「俺おっさんに指示するのやだぜ?」


 ヒソヒソうるせーなー。おっさんがそんなに珍しいか。と、周りを見回してみると確かに皆若いコばかりだ。こいつらが例の自治体システムの実装をやってたのか? なんか嫌な予感がしてきたぞ。


 この広いフロアの中で、一部、異空間なふいんき(なぜか変換できない)が漂っている場所があった。一人で8人分の島を占有して、机やらサイドワゴンやらを自席の周りにぐるりと配置して沢山のPCとモニターを並べている。

 そんな秘密基地のようなところから、ひょこっと頭だけを出して話しかけてきた。


「よお! ウィザードじゃねえか。久しぶりだな。なんだ? お前も火消しに呼ばれたんか?」

「おお? お前、とぅととか! 久しぶりだなあ。すっかりジジイになっちまったな、その……頭皮が……おっとすまんつい本音が」

「いいってことよ。お前も相変わらず少年みたいな格好だな。顔を見なけりゃ高校生くらいにか見えんぞ」


 彼は「とぅとと」と呼ばれていた昔のネット仲間。もちろんコードネームだ。本名も聞いているはずだが忘れちまった。


「これから面談なんだ……」

「そっか、がんばれよ。また後でな……ふっふっふ」

 あいつすっかり老け込んでたけど、元気でなにより。別れ際に親指を上げて「ぐっ!」とやる仕草も変わってないなあ。


   〇


 面談ルーム入って早速イライラした。

 上座のソファーに深くもたれかかって、ふんぞり返ってる二十代後半位の小僧がヘラヘラしながらこっちを見やがる。いや、俺じゃないか。こいつ佐藤さんを見てる。可愛いからしょうがないが、なんかイライラする。

 まあいい。さっさと通過儀礼を済ませよう。すかさず佐藤さんが名刺を手に小僧に近づいていった。さすが10年選手のベテラン営業。


「初めまして、私、ケイティシステムズの営業を担当している、佐藤です」

 すっと名刺を出す。

「私はプロジェクトを統括している山之内です。すみません、ちょっと名刺を切らしてまして……」

 イライラ……。こいつ名刺交換も満足にできねーのかよ。しかしずいぶん若いな。この業界、新卒1年目をいきなりプロマネに突っ込む事はよくある事だが、こいつもシステムなんもわからない系PMかな?


「では早速ですが、えっとそちらが篠原さんですね。えー、システムトラブル解決のエキスパートとか」

「はい、彼は優秀なエンジニアでして……過去に何度も失敗しかけたプロジェクトを解決してきたんですよ」

「しかし、年齢がなぁ、48歳……。このプロジェクトは現在、かなり大変な事になっていて、体力勝負という側面もありまして、その、大丈夫でしょうか」

 俺は、すっと立ち上がり「いや、別に無理に俺から頼んでるわけじゃないし……帰るわ」


「あー篠原さんってば、ちょっとちょっと待ってくださいよー。甘栗! いらないんですか?」

 黙って、座り直した。くっそ、佐藤さん、そんな上目遣いで俺を見るなよ。しょうがないからもうちょっとだけ付き合ったるわい。


「しかしそれにしても……この料金が……」

 山之内が見積書を手にブツブツ言い出した。

「ええ、破格ですよ。この篠原を一ヶ月拘束するのにありえない程のサービス価格です」

「えっ、だって500万……500万ですよ?」

「なにをおっしゃいますか。一次請けのあなた達が官公庁の予算から一体いくら受け取っているか知らないとでも思ってるんですか? この10倍くらいでもまだまだ安いですよ? これ以上は下げられません。それに……」

「それに?」


「いま起きているトラブルを解決できるのは、この篠原以外には無理でしょう。今この金額で断って、あとでやっぱり来てほしいと言われても同じ金額では無理ですよ? 今だけのサービス価格ですよ?」

 おいおい、今だけのってTV通販の商品みたいに……まぁ、この業界じゃ商品に違いないが。


「しかし、500万はちょっと……」

「あら、山之内さん、ご存知ないのですか? この篠原は、伝説のスーパーハッカー『ウィザード篠原』ですよ? この業界にいるものなら誰でも知ってるハズなんですが……」

「いや、聞いたことはあるんですが、もうかれこれ5年くらい前の話ですよね? 私がこの会社に新卒で入社した頃に風のうわさで引退したと聞いていたような」

「ええ、確かに5年前に一旦引退していましたが、去年土浦で実証試験が行われた人工知能研究のプロジェクトはご存知ですよね? あのプロジェクトで核心部分を担当していたのが、彼なんです。これまでに何度も『辞める辞める』言っては、すぐ業界に戻って来るんですよ、彼は。うふふ」

「えっ! それじゃ……」

「そうです、うちの湯川ユカから伺っているのですが、こちらの地方自治体プロジェクトのAIに、彼の担当していた汎用人工知能の基礎理論が応用されているとか」


「……!」山之内の目の色が変わった。


「それを早く言ってくださいよ、佐藤さん! それなら今回のトラブル改修にうってつけの人材じゃないですか」


 ふふん。いつものパターンだな。最初から素直に認めれば俺だって、この仕事自体は嫌いじゃないんだから、困ってるなら助けてやらんこともない。


「では、この金額で、まずは一ヶ月ということで」

「えっ? たった一ヶ月ですか? 半年はいてもらわないと……」

「大丈夫ですよ? 彼にかかれば、この程度の案件なら5営業日もあれば片付きますよ。あとは残り15営業日は、適当に置いといてください」

 おいおい、おれは置物かっ! まぁ、聞いてるかぎりでは俺が不具合を改修したら、後は他のメンバーがリリース作業をすればいいだけだしな。


          ―― つづく ――



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