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第3話 新しい居場所、お目付け役付き

 面談でイライラしたが、まあいつもの事だ。この後は佐藤さんと、中華街に行って甘栗を買ってもらわないとな。

 明日からの作業スペースに向かいながらフロア内を軽く案内してもらった。フロア内を歩いていると、モニターに向かったまま、なんか鼻声で話をしている三つ編みに眼鏡の、少し子供っぽい女の子がいるのが目に入った。


「おい、どうすんだよ? これ全然うごかないじゃないか」

「いっつも、ぼーっと眺めていてばかりでさ、そんなんじゃ直らないだろ」

「そもそも女にプログラムは向いてないんだから障害受付でもしてろよ」


 おいおい、なんだありゃ、小柄の女の子を長身の小僧が二人がかりで責め立てている。しかもすごい早口。典型的な女は敵! とか思ってそうなやつだな。


「うぇぇぇぇぇぇん」

 あーあ、泣かしちゃったよ。しょうがねえな、ちょっと見てやるか。


「ん? どした? ちょっと見せてみ?」

「いや、こいつが担当していた部分が、バグだらけでもうどうしようもなくて」

 二人がかりで俺にまでせめたえるような口調で(しかも早口)まくしたててきた。


 俺はコードをざっと見てみたが、ただのタイプミスだったのを見つけた。

「あ、なんだ、ここをこうすればいいんだよ」

 ちょっと貸してみ。と言ってキーボードを取り、ちょいちょいと修正してやった。


「ほら、これでいいんだろ?」

 そして検証用画面にデータが表示しはじめた。

「あ、動いた……」

「これがウィザードか。すごいっすね、あんな一瞬でバグを直すなんて……」

「ええええええええん、あじがどうござびばず、ズズッ」


「いや、しかしキミ、きれいなコードを書いているね。キミは伸びるぞ」

「あとな、そっちの君たち、画面をぼーっと眺めてるとか言うが、おまえらソースをちゃんと読まないのか?」

「あれが出来るようになって初めて一人前と言える」


 そう、出来るプログラマは、画面をぼーっと眺めるものだ。

 マウスで上に下にスクロールさせて、ぼーっと眺める。はたから見れば「なにやってんだ」と、思うんだろうが。

「あれは頭にインプットしながら、同時にロジックを再構築しているんだよ。コードの海にダイブしているなんて、誰かが言ってたこともあったが、まさにそんな感じだな」

 まあ俺もこれが原因で、何回か現場を追われた事があったがな。


 俺は、女の子には優しい。男は嫌いだ。それがまた組織に長く残れない原因でもあるのだが。困ったことにな。

 女性はよく共感を求めてくるが、俺はそういうのが割と好き。男性はプライドで話すからめんどくさい。

 俺が女の子達とワイワイ話ながら作業をしていると、仕事中に雑談するなとか言う奴がよくいる。僻みというか安いプライドなんだろうな。

 佐藤さんが、ジト目で俺を見る。やめてくれ。佐藤さんは俺の過去を知っているだけにやりずらい。


 自分の作業スペースまできた。

 ここは普通の八人分の机が並んだ島ではなく、パーティションで半個室みたいになっている。集中するにはやっぱりこうでなくちゃな。「とぅとと」のやつもこっちにすればいいのに、奴は狭いところが苦手とか言ってたっけか。

 入口から体を背にした後ろのスペースにはユカがいた。佐藤さんと何かヒソヒソ話をしている。どうやらお目付け役らしい。お前が呼んでおいてお目付け役とは何事か。まあいい。気心のしれたユカがすぐそばにいるのは悪くない。


 PCの設定やら、入館証発行などのもろもろの手続きを済ませて、「今日のところは引き上げるか」と、佐藤さんと話していた時に、早速先程の泣き虫ちゃんが俺のスペースにやってきた。


「あ、あの、さっきはありがとうございました」

「おう、お前も大変だな。でも頑張れよ。お前みたいなタイプはな、続けていれば絶対すごい奴になる。あのユカが、まさに君みたいな感じだったんだぜ」

「えっ、ユカさんって、そういう感じに見えないけどそうなんですね」

「そうなんだよ、あいつったらさ昔――」

「ちょっとウィザードったら! 昔ばなしなんかしないでよね!」すかさずユカが口を挟んできた。

「おっと悪い悪い――」

「わたしは『佐竹さとみ』です。明日からよろしくお願いします」

「おう! よろしくな! 俺の事は『しのさん』とでも呼んでくれ」

「はいっ! しのさん」

 うん、いい返事といい顔。


 ユカと佐藤さんが、こっちをじーっと見ている。わかってるよ。もう女性関係のトラブルは御免だからな。


「あの、一緒にお昼食べに行きませんか?」

「悪いな……昼はいつもこれなんだ」

 と、いってカプ麺を取り出した。すると彼女も「えへへ実は私もなんだ」と言って同じカプ麺をバッグから取り出した。

「お前もか、わかってるね! うんうん」

 テンションが上がってしまった。悪くない。

 ユカが顔を手で覆って「アチャー」って言いたそうな顔してやがる。だーいじょーぶだって。これくらい普通だろが。


「さて、そろそろ帰るか。佐藤さん、約束の天津甘栗を買いに行こうぜ」

「そうですね、それじゃあ、ユカさん明日からよろしくね」


 と、その時、フロアの照明が一斉に消えた。ん? 昼休憩は照明を落とすのか? と思った瞬間、フロア内のPCのすべて電源が落ちた。ブツン、と!


「あああああ」

「なんだよおおおおおお」

「おいおいおいおい」

「保存してない、保存してないよ」

 そこら中から悲鳴のような雄叫びのような、そんな声が飛び交っていた。


 ジリリリリリリリリリリ


 そこに今度は、けたたましいい警報音が鳴り響いた。


「フロアに残ってるものは速やかに避難を開始してください」

 山之内がなんだかオロオロしながら皆を誘導している。


「まさか、これは……」


 俺と、佐藤さん、そしてユカがお互い顔を見合わせて、何かが始まりつつあるのを感じた。


          ―― つづく ――


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