目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第12話 汎用「人型」人工知能ユニット

「申し遅れました、私、私立湯川学園高等部二年の『高野咲良』と申します。まさかここでカイトとナギを開発した人と出会えるなんて、思ってもいませんでした」

 さっきまで、神保町の古本屋で買ってきたであろう文庫本を、静かに読みふけっていた大人しそうな女子高生が、生き生きと自己紹介を始めた。

「いや、俺も驚いてるよ。三年前に開始した『あの実証試験』のクラスの子が、ここにいるなんてなぁ。俺は、試験終了後は『土浦研究所』からは離れて、以降プロジェクトには関わっていなかったから、その後はあまりよく知らないんだけどね。それに俺は主に『汎用人工知能』の担当だったから、それ以外はあまり……」


「度重なる故障と不具合で、試験終了後には研究所に回収されて、ボディは解体処分になったと聞いていましたが……。ここに人工知能部分の『ナギちゃん』が生き残っていたなんて……」

 あの実証試験は、色々と中学生の感情に深く影響を与えていたから、咲良ちゃんも思うところがあるんだろうなあ。

「ああ……。でも、ここの『支援メイド・ナギちゃん』は、あの当時の『ナギ・オリジナル』とは別モノで、同じ思考ロジックで動いてはいるが……んー、コピーかな……」


「そうなんですね……。懐かしいな。ナギはもう完全に消滅しちゃったのかなぁ……」

 咲良ちゃんが寂しそうな声を出していると、ユカが……。

「あれ? なんか、私が土浦にいた頃に、『汎用人型人工知能ユニット・タイプX』の電子頭脳の再起動に成功したって、話を聞いたことがあるよ?」


「そんな馬鹿な? 俺が抜けるあの最終日、ナギとカイトは完全にバラバラに解体したし、電子頭脳も損傷が激しくて再起動出来なかったと聞いていたが……。まぁ、想定以上のスピードで自己進化を始めたので危険だから、当面は研究は中止となっていたハズだが……」

「いや、それが『とぅとと』さんが担当していた部署が、電子頭脳のノウハウを残しておきたいとかで、代用部品でユニットを組み直して再起動に成功したとかどうとか……で、汎用人工知能の研究も続行したとか。私も直接見たわけじゃないけど、そういう話だったよ?」


「えっ?」

「えっ?」


 ユカが、しれっと言いやがった。は? 研究続行? 自己進化が手に負えなくなる前に中止したハズじゃあ……。そもそも壊れかけで起動もままならなかったはずでは。


「あれ? そういや、ユカ……あの後も研究所にいたのぉ?」

 そういやユカも、あの後抜けたと思ってたが、あ、いや、俺が「もうプログラマは、やーめた」って言って、さっさと抜けたから、ホントにその後の事は、さっぱり知らなかったが。

「うん、だって、あそこの研究所、破格の報酬を出してくれていたからねえ。仕事があるなら抜ける理由はないわよ? 三倍よ? 通常の三倍! 他の現場が馬鹿らしくなるレベル。おかげで私は秋葉原の一等地にワンルームマンション買っちゃった!」

「買っちゃったのぉぉ? すげえな」

 秋葉原のマンションって言ってたから賃貸かと思ってたら……。


「まぁ、そんな理由から、しばらくは土浦まで通ってたんだけどね。そのあと研究所に入ってた別の会社の派遣エンジニアに、横浜の案件を紹介されてね。全国市区町村役場システムの開発に参加したのよ。ちょうど土浦研究所も、少し暇になってたところだったので一旦抜けてね。またなんかあったら戻るつもりだったけど。」

「それで、とぅととも同じ流れで横浜に行ったんだな?」

「うん、でも彼は私みたいなフリーランスと違って所属会社が違うから……」

「格安の報酬……」

「……そうね」


 ――ちょっと、状況を整理しよう。


 まず、人工知能に自己進化をうながす研究から始まった。

 自己進化をさせるには、その動機付けがいる為、自己防衛思考が必要。

 自己防衛する為に、身の危険、自身を保存したいという欲求……自我を作り出せないかと発展。

 自我を芽生えさせるために、作り物の身体(ボディ)を用意。

 そこに人工知能が入った電子頭脳を搭載。

 そして、人工知能は「汎用性」を得る為に、自身(内)とそれ以外(外)を認識するに至る。


 ヒトと同じ強度の人工皮膚と人工筋肉。それらを制御するオートバランスと各種センサー。もろもろの身体制御に関しては、もともと基礎研究が進んでいたので「汎用」人工知能との組み合わせで、日常動作にはまったく問題のないレベルにすぐに到達した。


 そして三年前の四月、汎用人工知能を組み込んだ電子頭脳を搭載した『汎用人型人工知能ユニット』のタイプXとタイプYの二体を私立湯川学園中等部二年A組に導入して実証試験をした……。


「……えぇ、タイプXが女子型のナギちゃんで、タイプYが男子型のカイトくん……。初めて会った時は、あまりにも見た目が人間っぽくてびっくりしました」

 咲良ちゃん、そりゃあ驚いたろうなあ。なにせ人工皮膚と人工筋肉による、見た目まんま人間と変わらないボディと、あの滑らかな動作や、会話能力。まさに同級生って感じだもんな。


 その後、中学の学園生活を経て、汎用人工知能は想定以上の速度で進化を遂げ……。


 あまりにも人間っぽく、いや……下手な人間よりも人間っぽくなった、彼らを目の当たりにした研究者は、いずれ人の制御が及ばなくなる危険性を考慮し、一旦は「人型ユニット」の解体破棄、「人工知能ユニット(電子頭脳)」については、シャットダウンし、当面は研究を中止という事になっていた。


 解体処理の時に、ナギの電子頭脳がダメージを食らい、再起動できない状態になっていたが、カイトの電子頭脳のアシストを得て、最終的にはなんとかナギも再起動に成功したらしい――。


「いや、ユカさぁ……危険だってんで、解体処理とシャットダウンしたものを、なんで再起動させるかなぁ?」

「え? だって、せっかく人間により近いレベルにまで進化した人工知能……研究したくなるでしょう? 多分……私でもそう思っちゃうかなぁ。『とぅとと』さんから聞いてた話だから真意は私にはわからないけどね……」


「そりゃあ、気持ちは分かるけどさぁ。で、土浦研究所の中だけで使う分にはまだいい。どうしてそれが、全国市区町村役場システムに組み込まれる流れになるのさ?」

「ああ、だってあの電機メーカーの開発チームが、私や『とぅとと』さんを開発チームにスカウトしたのは、すでにある汎用人工知能のノウハウをごっそり流用する気だったから……。例の国会議員のゴリ押しで、なりふり構わず手段を選ばずって感じで、お金も相当動いたらしいよお?」


「まぁ、ソースコードやユニットをそのまま使うのは、さすがにメーカー間のやり取りの話で、金が動かないと無理な話だ。ん? 今、相当の金が動いたって? まあでも、いくら金を積んだところで、そう簡単にはあの人工知能ユニットを他のプラットフォームには移植出来ないだろう……。ユカや『とぅとと』がいれば、話は別だが……。あっ!」

「うーん、私はそこまで深く、あのプロジェクトで設計や実装してないからなあ。どちらかといえばウィザードや、『とぅとと』さんの方が詳しいでしょう」


「するとやはり……『とぅとと』のヤツが、一旦は停止させた『汎用人工知能』を再起動させて、論理回路をロジックコード化して……」

「十分ありえるわね。横浜に来た時、『とぅとと』さん、あっという間に『全国市区町村役場システム』に汎用人工知能を組み込んじゃったからね。いくら元関係者といえど、短期間で実装できる物量じゃなかったし……」


「で……、結果、暴走したと……。そもそも基本設計の段階で、危険なロジックだったものを、そのまま同じ設計で組み直しても結果は同じやろがい! しかも最も危険な『自己進化ロジック』が、より先鋭化して攻撃的になって危険度を増しているようだぞ? あれ、想定していた暴走進化……始まってるんじゃね?」

「だからウィザードに助けを求めたんじゃない」


「……いくら俺でも、ひとりじゃ、暴走進化した人工知能は止められんぞ?」

 そして俺は、用意しておいた支援バトラー・カイトを起動したノートパソコンをユカに見せた。


「ほれ、お前専用の執事作ったぞ。 ナギと同じ汎用人工知能ロジックだが、危険な自己進化はオミットしているから安全だ。ネット接続もかなり限定している。これにアシストしてもらって、問題を解決していこう」

「おお、やるじゃんウィザード! 私はやっぱりキモメイドよか、カイトのような執事じゃないとね! あーカイトくん、いいわぁ」

 さすがユカだ。いい腐りっぷりだ……。


 いや、ちょっと待てよ? 土浦の「ナギ・オリジナルの電子頭脳」は、まさか……ネット接続してないだろうな……。もし繋がっていたとしたら、同タイプの汎用人工知能をネットで見つけたとしたら……。


 汎用人工知能支援メイド・ナギちゃん……そして、汎用人工知能支援バトラー・カイトくん……。

 ふたつの人工知能が、ウィザード篠原とユカをサポートして汚染された全国のシステムを改修し、暴走進化を無事止めることができるだろうか……。相手は全国1741ヶ所に散らばった、暴走進化しつつある「汎用人工知能」。


          ―― つづく ――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?