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第14話 えみりーちゃん、走る!

 ――ちょっと篠原くん? また横浜が停電しちゃったよ!

 ――俺か? 俺のせいなのか?


 横浜が再びブラックアウトしているという衝撃の事実は、「支援メイド・ナギ」と「支援バトラー・カイト」の画面に、ポップアップして表示されたネットワークマップが、横浜市全域を示す赤いエラー表示で埋め尽くされていることからも明らかだった。ナギとカイトが懸命に状況を解析しようと「ポーン!」「ポーン!」と警告音を立て続けている。


「……はぁ、俺のせいじゃない! と言いたいところだが、開発拠点のサーバーにリモート接続した途端、奴らが暴走を始めたんだ。俺がトリガーを引いた可能性は否めない……。で、えみりーちゃん、何が起きてる? わざわざビデオチャットを開いたという事は、何か新しい情報を掴んだか?」


 ――画面越しのえみりーちゃんの顔が、いつもの気だるい表情とは打って変わり、厳しいものだった。セブンスターの煙も消えていた。


「そうなんだよ篠原くん。ちょっと聞いて! 驚かないでね。『とぅとと』のことなんだけど……。あの日のこと、警察は当初は自殺と速報を出していたけど、あれ、『とぅとと』じゃないよ」

「なんだって? とぅととじゃない?」


 ――ガタッ


 静かにコーヒーを啜りながらキーボードを叩いていた佐藤さんの手がピタッと止まり、立ち上がった。


「背格好が似た別人だった。私、現場で関係者って事で身元確認調査に参加したんだけど、どうみても別人だった。知ってるだろ……あいつ、額の上に500円玉大のアザがあったろ。あんな特徴、見逃すわけがない。死体にはそれがなかったんだ……」

「な、なんだって……!? そういやあのアザはえみりーちゃんが殴ったやつだっけか……。この間、らんらんマークタワーで会った時も、あのアザは健在だったから、急に整形外科で消したなんて事もないだろうしな」

 えみりーちゃんの後ろでモニターをぼーっと眺めていた佐竹ちゃんが、小さく「えっ」と声を漏らした。


「偽装自殺……いやっ、まさか……、殺人か? なぜそんなことを……『とぅとと』は今どこにいるんだ?」

「それが分からない。でも、こんな大騒ぎの最中だし、もし生きてるなら、今頃連絡の一つくらいあってもいいはずだよね? だから、私はこのまま横浜にいてもどうしようもないと思ったの。佐竹ちゃんも連れて、お前の喫茶店に向かうから」

「えっ、私もですか!?」佐竹ちゃんが慌てたように顔を上げた。

「ああ、それがいい。危ないし、お前たちもうちの店に来い!」


 ――ちょうどその時、ユカのスマホがけたたましく鳴り響いた。画面には「山之内」の文字。ユカの顔色が、さっと青ざめる。


「はい、ユカです……ええ、はい? えっ! なんですって!?」


 ユカの言葉に、篠原と佐藤さんの顔にも緊張が走る。ビデオチャット越しにえみりーちゃんと佐竹ちゃんは不安そうに画面を覗き込んでいた。


「……はい、承知いたしました。私と篠原は、すぐには動けません。彼らはどうするんですか?……まさか!?」


 通話を継続したまま、ユカは震える声で告げた。


「ウィザード……大変よ。山之内さんから連絡。らんらんマークタワーの開発拠点が、完全に『汎用人工知能ナギ・クローン』の支配下に落ちたっぽい。外部との接続だけでなく、内部の入出管理システムまで停止してる。フロアからは、なんとか手動で出られたらしいが。1Fのエントランスも防犯シャッターもおりていて開かなくて、警備員詰め所の裏口も開かないらしい。完全に脱出不可。彼ら、閉じ込められた……!」

「何だと!? そんな……」


 篠原は思わず立ち上がった。「ナギ・クローン」がそこまでやるのか。完全に物理的な閉じ込めだ。


「しかも、そのタワーから全国の市区町村システムに、自己進化した『ナギ・クローン』が自身のコピーを送り込み、さらに自己進化をはじめているって。全国1741ヶ所のシステムが連携しネットワークを構築して、演算能力を高めているらしいわ。独自の暗号通信で、内部でどんな演算処理が行われているか、もう誰にも把握できないって山之内さんが泣き叫んでたわよ!」

「くっそ……! 最悪の事態じゃないか! こっちのVPN接続を切ったあとにそこまで事態は進んでいたのか……」


 ――まずいな、他の社員はどうでもいいが山之内だけでも脱出させないと、全国に散らばった市区町村システムの対応ができなくなる。


「えみりーちゃん! 聞いてたか? らんらんマークタワーが封鎖されているようだ! すぐにエントランスに行ってくれないか? 山之内を脱出させてほしい。今後の対応に『あいつの顔』が役に立つ! いいか? 手段は選ばずだ!」

「えっ? いいのか? 思い切りやるぞ?」

「いい! なんでもいい、『とぅとと』が偽装殺人の可能性もあるし、次に狙われるとしたら山之内だ!」

「分かった! それじゃあ、今から行ってみるわ」

「頼む! 急いでくれ!」

「こういう時は……篠原くんも分かってるね? ケルベロス3兄弟に連絡を取る」

「……ああ、しゃーない」


 俺は額に手をあてて、顔をしかめたが、こういうときは連中に頼るしかなかろう。

 ケルベロス3兄弟とは、俺とえみりーちゃんが高校時代によくつるんでいたハマの元族の特攻隊だったやつらだ。俺もえみりーちゃんも族ではなかったが、連中とは昔からの馴染だ。

 しばらく会ってなかったが、親がやってたバイク屋が全国規模のチェーン店にまで発展しているんだよなあ。

「バイクショップ・鉄兜」

 成金趣味が鼻につくが横浜愛は強い。きっと役に立つだろう……。


 ビデオチャットの画面越しのえみりーちゃんの顔から、いつもの気だるさは消え、精悍な表情に変わっていた。JRも、私鉄も、横浜市内のすべての鉄道が運休状態。電話回線も不安定だ。移動手段は限られている。

 えみりーちゃんは迷うことなく走り出した。愛用のセブンスターは、アスファルトの上に落ちたまま。


「よし、ユカ! 山之内には1Fエントランスで待ってろと伝えてくれ。迎えを寄越してやるとな……」

「わかった!――もしもし山之内さん? 今からえみりーちゃんとその知り合いがらんらんマークタワーに向かうからそこで待っ……ぷつっ、つーつーつー。あれ? 切れちゃった……」


 通話が切れたらしい。いよいよ携帯電話ネットワークも汚染されたか?

 まあ穴だらけの、旧態依然とした電話交換機システムが、今まで使えていたのが奇跡ともいえる。古すぎてナギ・クローンにも相手にされなかったか?


          ―― つづく ――

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