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第15話 ハマの狂犬・ケルベロス三兄弟

 ――横浜が再び停電した。


 胸騒ぎは的中した。篠原くんのネット接続がトリガーになった可能性? それは分からない。ただ、このまま横浜で、じっとしていてもしょうがない……。ビデオチャットの画面に映る篠原くんの顔を見つめながら、ヘルメットに手を伸ばした。


「えみりーさん! どこ行くんですか!?」

 隣で不安そうに身を縮めている佐竹ちゃんに、私は落ち着いた声で話しかけた。

「行くしかないでしょ。横浜から抜けるには、あの人たちに頼るしかないのよ」

「あの人たちって……誰ですか?」


 私はチラリと振り返る。


「……かつて、横浜にはでかいバイクを軽々と乗りこなす大男が三人いた。仲間を大切にし、バイクを、そしてハマを愛していた。それ故に迷惑行為を繰り返す暴走族どもが大嫌いだった。その名も『ハマの狂犬・ケルベロス三兄弟』。篠原くんと私の高校時代の同級生だった長男の武田太郎と、その弟二人の三人がいてね……、わずか一ヶ月の間にハマの暴走族の全チームを一掃しちゃったのよ」


「ええ……、族!?」

「そんな大げさに驚かなくてもいい。今じゃ全国チェーンのバイク屋社長と、その兄弟たち。半グレでもなければ、悪人でもない」

「――心配いらない。見た目はアレだけど、中身はわりとマトモ」


 私は全身真っ赤な革ツナギに着替え、佐竹ちゃんにはジーパンと皮ジャンを着させた。店を出て、裏に停めてあるバイクに向かった。中華街のネオンは沈黙し、電気の消えた街に、ポツポツと冷たい雨が降りはじめた。

 私は自慢の古いバイク「SRX600」にまたがる。


 ――ガシュッ! ドルン! ドッドッドッドッ


 キック一発、唸る空冷エンジン。


 私はジェットヘルを被りながら佐竹ちゃんに安全装備の指示をした。

「ヘルメット被って。フルフェイスは後ろの棚。プロテクターも忘れずにね」

「えっ、えっ……これですか? うわっ、重っ!」

 装着にモタつく佐竹ちゃんは、ヘルメットが極端に強調されてまるでキノコみたいになってる。まあ見た目はどうでもいい、安全第一。


 ――雨が強くなってきた……最悪だ。


 信号は止まり、車も立ち往生している横浜の道路を、私たちはバイクで滑るように抜けた。雨がヘルメットを叩く音が、心の中で警鐘を鳴らしている。背中にしがみつく佐竹ちゃんの震えが伝わってくる。


 中華街から本牧通りのトンネルを抜けて、バイク販売修理の「鉄兜クロガネカブト」に着いたのは、十分ちょっと後。ここは今や全国チェーン規模の「バイクショップ・クロガネカブト」の1号店。昭和の街のバイクショップといった風情だ。外は暗いのに、店の奥には煌々と電気がついている。さすがだ。私は店の奥にいた大男に話しかけた。


 のっしのっしと大男がこっちに歩いてきた。怯え、震える佐竹ちゃん。

「よお、三太。元気してた?」

「……えっ、エミリーさん? こんな停電の時にどうしたんですか?」

 カウンターから顔を出したのは、三男・武田三太(四十四歳)。少し気だるげな表情が、私を見た瞬間に引き締まる。


 ――これまでの経緯を一通り説明した。


 今度の停電は、一部じゃないのよ……横浜全体が停電している。

 電車もバスも動かない。

 信号も止まっていて車も出せない。

 おまけに、らんらんマークタワーの管理システムが狂って、人間を閉じ込めているときた。


「……ふむ、状況は理解した。兄貴たちにも連絡入れる。ここで少し待ってて――」

 そう言うと、三太は無駄な言葉一つなく奥へ消えていった。

 うん、こういうとき頼りになるのが昔の仲間ってもんよ。篠原くんも、きっとそう思っているだろう。


 ――ドロドロドロドロ……


 しばらくして、外から地を這うような重低音が響いてきた。

 雨を切り裂いて二台のバイクが店の前に滑り込む。一台は巨大なツアラーバイクのゴールドウイング。もう一台は真っ赤なCBR1000RRファイヤーブレード。これが篠原くんの言っていた成金趣味……なのかな?


「おう、エミリー。お前の真っ赤な革ツナギ姿、久しぶりじゃねえか」


 ヘルメットを脱ぎながら笑ったのは、長男の武田太郎(四十八歳)。あいかわらず、リッターバイクが原チャリに見える程の大男。

 後ろから付いてきていたのは、ゴールドウイングから降りた次男の二郎(四十六歳)。こちらもまたでかいバイクが原チャリスクーターに見える大男。


「急の呼び出しに即来てくれるとはね。感謝してる……」

「まぁ、この停電じゃなにも出来ないしな……。聞いたよ。状況は深刻らしいな」

 太郎の目は、獲物を捕らえる狩人のように鋭い。


「そうなんだ。まずは人命救助が最優先。らんらんマークタワーに閉じ込められている人たちを解放したい。手段を選んでいる暇もない。エントランスは物理的に破壊しないとダメかも……」

「上等だ! 奥からバール持ってこい」

「ヒャッハー!」

 二郎と三太が顔を見合わせて、にやりと笑った。


「山之内って奴を、俺のバイクに乗せて東京まで連れていけばいいんだな?」

「お願い。彼だけは逃がさないと、日本中の市役所システムが止まる。どうも命を狙われているかもしれないんだ……」

「おいおい、物騒だな……。わかった。じゃあ、すぐに作戦開始だ!」


 ――それからの展開は早かった。


 ケルベロス三兄弟と私、佐竹ちゃんの五人は、雨の横浜市内を疾走した。

 本牧通りから、港の見える丘公園を横目に、新山下へおりて、山下公園の横から日本大通りへ。馬車道を抜け、らんらんマークタワーまであっという間に到着した。こちらの道は、信号が止まっていたが、雨も降っているし、観光地も全部停電しているせいか人の往来が殆どなかった。


 ――ドォン! ガリッガリッ!


「ひっ……!」

 佐竹ちゃんが怯えながら小さな悲鳴をあげた。


 エントランスは、太郎兄貴の一撃で破壊された。案外もろいな。バールの破裂音が、都市の心臓をこじ開ける。二郎と三太は、インパクトドライバーやら、ドリル、チェーンソーまで用意していたが、太郎の前では、そんなものは必要なかった……。


          ―― つづく ――

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