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第16話 山之内救出作戦、らんらんマークタワーを解放せよ!

「よし、突破口は開いた! 行くぞ」

 さすが狂犬・ケルベロス! 頑強そうなエントランスのシャッターも一撃とは。

 シャッターを破壊した大男三人が、マグライトで中を照らしながら中へ入り込んだ。


 ポーン!「……ジジジジ……ジジッ」


 館内放送のようなもののスピーカーから、時折、かすかなノイズが聞こえてくる。


「おーい! 山之内ー! 山之内はいるかー?」

「山之内さーん、佐竹ですー。 山之内さん、いますかー?」

 三人に続き私と佐竹ちゃんも中へ入った。

 すると中は、タワーに閉じ込められていた人々の熱気で、むせかえるような空気が満ちていた。


「エミリーさん! 東京にいるユカさんから聞いていました。ホントに来てくれるとは……。ありがとうございます。助かりました」

 山之内を見つけた。事態の深刻さとは裏腹に、涼しい顔をしている。案外こいつは肝が座っているのかもしれないな。


「助かった……」

「しかし警察も消防も何をやってるんだ」

「市内全域が、どこもかしこも似たような状況で手が回らんのでは……」

「外も真っ暗じゃないか」


 タワー内に閉じ込められていた人たちが、不安と不満とを口にしながら、破壊したシャッターの隙間からどんどん外に出てきた。それぞれが桜木町駅へ向かったり、横浜駅、または関内や、伊勢佐木町方面に向かって、歩き始めた。


 ポーン!「横浜は危険、危険……。横浜は、危険です、危険です……速やかに避難してください」

 ポーン!「繰り返します。横浜は危険……」


 さっきまで静かだった市内の防災無線が不穏な放送を始めた。まるで山之内の動きをトレースしているように。汎用人工知能に汚染された管理システムが山之内を監視しているのだろうか。それとも……。


「よし、すぐに東京の篠原くんのところに行こう」

 JRも私鉄も動かない中、私たちはそれぞれバイクに乗り込む。

「エミリー、ルートはどうする?」

ケルベロス長兄太郎が聞いてきた。

「んーそうだなあ、首都高横羽線がセオリーだが、出口が停電で塞がっていて渋滞しているかもしれないから湾岸線がいいかもしれない。道も広いし」

「うし! じゃあ新山下からベイブリッジに出てそのまま東京に向かおう」

「だな、とりあえずは多摩川を越えれば、横浜の停電やシステムトラブの影響もないだろう」


 多摩川を越えれば……我々ハマの人間にとって多摩川は、内と外との境界線。まずはそこを越えよう。


三太の「CBR400F」を先導役として、続いて二郎の「ゴールドウイング」に佐竹ちゃんを乗せ、太郎の「ファイヤーブレード」に山之内を乗せ、その後ろを私の「SRX」でついていく事になった。


「エミリーさん、これを……」

 出発直前、三太からインカムを渡された。

「横須賀の米軍の知り合いからもらった野戦用の強力な無線だ。使え!」

「うへぇ……、おまえら相変わらずだな。昔のやんちゃな頃のまんまだ」

 冗談交じりでそう言うと、三太も笑いながら言った。

「よせやい、俺達は大企業の役員様ダゾ?」

 やっぱり変わってないや。


「じゃ、行くか! 山之内くん、しっかり掴まってろよ。振り落とされんなよ!?」

「よ、よろしくお願いします……」


 ――横浜・らんらんマークタワー前


 現在時刻、午後八時。


 電力の供給が停止している漆黒の横浜を、四台のバイクのヘッドライトが、眩しくアスファルトを照らす。

 雨は、ますます強くなってきた……。


 新山下インターから高速に乗り、ベイブリッジへ。普段なら車でごった返すはずの橋は、停電のせいで閑散としている。いや、それが逆に不気味だ。闇の中で、巨大な橋の骨格だけが、幽霊のように浮かび上がっている。


 ベイブリッジを抜けて湾岸線へ。東京のスカイラインが見えてきた……はずだった。だが、そこに広がるのは、満点の星空に吸い込まれていくような、漆黒の闇。東京タワーも、スカイツリーも、どこもかしこも、明かり一つない。


「東京も……全域停電か!」

 太郎の唸るような声。

 横浜だけじゃなかった。まさか、首都まで。この規模の停電なんて、想像もしていなかった。汎用人工知能の仕業……どれだけシステムを掌握しているんだ。


 高速道路は、時折故障して立ち往生した車がハザードランプを点滅させている以外は、ただただ黒い帯になっていた。

 その闇の中を、四台のバイクだけが光の筋となって突き進む。


「……篠原くん、聞こえる?」

 インカムの無線ボタンを押した。

「ああ、聞こえるぞ、えみりーちゃん。そっちはどうだ?」

 篠原くんの声が、少しノイズ混じりで聞こえてきた。

「無事、山之内を救出した。今、そっちに向かって湾岸線を走っているところ。……そっちは?」

「なんとかサーバを維持してる。もうすぐこっちに着くんだろ? 気をつけろよ。多分、東京は想像以上にひどい」

「うん、わかってる。そっちで会おう」


 首都高速を抜け、下道に降りた。都内もまるでゴーストタウンだ。ビルの窓は全て闇に沈み、信号機は動かず、交差点はカオスになっている。それでも、バイクの機動性が活路を開く。三太の「CBR400F」が、迷うことなく狭い路地を駆け抜けていく。


 ――30分後。


 雨が小降りになってきた頃、周りが真っ暗な街の中で「純喫茶スプートニク」の店内の明かりが見えた。

 ドアが勢いよく開く。


「やぁ、来たよ!」

 ずぶ濡れになりながら、笑顔で顔を出した。背後には、同じくずぶ濡れの佐竹ちゃん、ぐったりとした山之内、そして、見るからに強面な三人の男たち。


「篠原! 久しぶりだな! 横浜に来た時は顔だせよな」

 太郎がニヤリと笑った。


「おお、よく来た。奥にユニットバスがあるからシャワー浴びてくれ」

 篠原くんは、私らの到着に安堵の息をついた。


「着替えもあるぞ。東京の停電が始まる前に、ユカと佐藤さんにアキバの『安売りの殿堂』で大量に買っといてもらった。ここには俺の着替えくらいしかストックがないからな」


「いいじゃん、やるじゃんユカりん! チャイナドレスはあるのかしらん?」

「当然!」スッと目の前に出す。

「あぁーこれコスプレ用の偽物じゃんよ。ダメダメ。こんなの着るくらいならアズキ色の芋ジャージの方がマシじゃん」

 チャイナドレスにはこだわりあるよ。やっぱ本物じゃないとね。

「ひどい言いようだな……」

「えーじゃあ、私が着ちゃおうかなーチャイナドレス!」


 佐藤さんが満面の笑みで真っ赤なチャイナドレスを眺めながらふざけていた。能天気でいられるのも今のうち……。

 うちの非常用バッテリーだってそう長くは持たない。


          ―― つづく ――

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