「今日の体育はサッカーをするぞ!」
「「「「おぉぉぉぉ!」」」」
他クラスの男の先生がそう言った。今日は外のグラウンドを使い、2つのクラス合同で体育の授業が行われる事になっていた。そしてその内容がサッカーということもあり、全員が歓喜していた。
「じゃあまずは前後ペアでリフティングから行ってみるぞ!」
(えぇ・・・前後でって、俺は月岡とじゃん。いやだな・・・)
準備体操が終わり、玉緒達は前後でペアを組むことになった。玉緒達の並びは出席番号順で五十音順あったため、今までのペアとは違いって玉緒とペアになるのは転校生の月岡翔真だった。それはつまり、めちゃくちゃ目立つということであった。
「「「「「キャー! 翔真くーん!」」」」」
案の定目立った。というか、みんな玉緒のことなんて眼中にないようだった。そして月岡は1分のリフティングという指示に対して、一回もボールを地面につけることなく、しかも両足や頭を使ってリフティングしていた。
(やっぱすげぇなぁ・・・他のやつなんて2回できるかどうかなのに・・・)
「おーしそこまで! じゃあ交代!」
(はぁ・・・適当にやるか・・・)
「玉緒君! リフティングはね、膝をしっかり伸ばして、つま先を上に向けないことがコツだよ! やってみて!」
「お、おう・・・」
そこまで言われたら玉緒はコツを実行しないわけにはいかなかった。そうしないと自分のクラスでの立ち位置が危ういと思ったからだ。玉緒はそのコツを実践しながらリフティングを行った。
(意外とブランクがあってもできるもんだな、リフティングって)
玉緒は久しぶりにリフティングを行った。以前に貰ったサッカーボールは早乙女を救う際に蹴り出して、そのままどこかへ行方不明となってしまっていた。それ以来、ちゃんとサッカーボールで遊んだことはなかった。
(もうすぐ1分、意外と余裕だったな)
玉緒は1分間ボールを落とさずにリフティングが出来た。流石に月岡のように身体中を使ったリフティングではないが、割と簡単に出来たことにとても驚いていた。しかし玉緒に注目している子供は一人もなかった。ただ一人を除いては。
「ねぇ玉緒君! 君ってサッカーやっていたの?」
「えっなんで!」
玉緒がリフティングを終えると月岡が玉緒に接近してきて、目をキラキラさせた月岡が玉緒へ質問を行った。月岡が玉緒に話しかけてきたため、子供達の視線が一気に玉緒のところに来た。
「リフティングって簡単そうで意外と難しいからね。でも玉緒君は一回も落とさずに出来た。これってすごいことだよ! だからサッカーやっていたんじゃないかって思ってね!」
(あぁ、なるほど・・・)
玉緒はつい簡単で一回も落とすことなく成功させていたが、実際は遊んでいただけの未経験者が簡単にできるものではない。現に他の子供は月岡以外、誰一人として落とさずにリフティング出来た者はいなかった。
(確かに俺も初めてリフティングしたときは出来て5回だったな。それでもすぐに続けること出来たけど、もしかして俺って上手いのか?)
今まで玉緒はサッカーの上手さを他人と比較をしてことはなかった。小5に上がるまでサッカーの授業はいくらかあったが、リフティングをするのは授業で初めてだった。それにサッカーの授業は基本的にただ走っていればよくて、まともにボールへと触ったことはなかった。基本的にサッカーの上手い、クラスの中心人物がボールを回していた。
「いや、俺はサッカーなんてやっていないよ。今回のはたまたまだよ」
「じゃあすごいよ。たまたまでも続けて出来る人はいないから!」
(月岡君、ちょっと面倒くさいかも)
「おーい、月岡。次やるからこっち向け!」
先生の言葉でその場は笑いに包まれた。玉緒は正直助かったと思った。このまま注目されていたら、どうすればいいか分からなかったからだ。そしてそのまま先生は次のショートパスの練習をするように指示を出した。
■■
(玉緒君、本当にサッカー初心者なのかな? だとしたら上手いよね・・・なんでサッカーやっていないんだろう?)
月岡はそのまま玉緒とパスの練習をしていた。そして月岡は玉緒のサッカーの上手さに気づき、なぜ玉緒がサッカーをやっていないのかが疑問で仕方なかった。
(ちゃんとまっすぐ俺のところにインサイドでパスを出せている。それに無意識かも知れないけど、ちゃんと自分が打ちやすいところでトラップしている。しかもどんなパスを出しても必ず同じように止めている・・・すごいな)
月岡は仮に玉緒のいうことが本当だとしたら、どうしても本気でサッカーしている姿を見たいと思ってしまった。月岡が玉緒並のパスを出せるようになったのはサッカーを初めて数年後くらい。スペインで揉まれながらなんとかして身につけたものだった。
「おーし! 次はドリブルな。ここから赤コーンまで行って折り返して、ボールを渡す時は今やったようにパスを出すんだ! じゃあクラスごとに並んで」
玉緒達は先生の指示に従い、使っていたボールを片付けて一列になんだ。そしてそのまま先生の掛け声とともにドリブルの練習が始まった。
「ねぇ玉緒君。ドリブルのやり方って分かる?」
「え! い、いや! とりあえず前に蹴り続ければいいかなって・・・」
「じゃあ教えてあげるよ」
月岡は玉緒にドリブルの仕方を教えた。基本的に使うドリブルは二種類。足の内側を使ったドリブルであるインサイドドリブル、足の外側を使ったアウトフロントドリブルだということを。インサイドで使うドリブルは主にコントロールをするため、アウトフロントはスピードに乗った突破などをするためだと教えた。
「へぇそうやるんだ。俺はてっきりつま先でするもんだと思っていたよ。ありがとう、月岡君」
「いやいや、俺も玉緒君の本気のドリブル見たいからね」
「あぁ・・・そう・・・」
(本気って、俺は一度もちゃんとドリブルなんてしたこと無いんだけどな・・・)
玉緒は困惑しながらも順番が回ってきたので、仕方なく教えてもらったアウトフロントでのドリブルを行うことにした。
(えーと足の外側を使ってボールを押し出す・・・こんな感じかな)
玉緒は自分のトップスピードを維持したまま、足元のボールはコントロールしやすいような位置を維持し続けていた。そしてそのまま赤コーンのところまで行くと、上手くボールをコントロールしてきれいに折り返してドリブルを続けた。最後に先生から指示されたパス地点できれいにまっすぐ月岡の足元にパスを出した。この時、ほぼ全員は玉緒の行ったことに関して何も注目はしていなかった。月岡を除いては。