(マジか・・・まぁやるしかなさそうだな。でも近くに二人居るな・・・)
玉緒が月岡から教わったのは、玉緒に一人のマークがついている状態で、かつその近くに人がいない状態でのプレーだった。しかし今は玉緒の目線の先にもう一人いた。これだと結局裏を受けてもボールを取られるんじゃないかと玉緒は思った。
(・・・しゃあないな。ここで無視するといろいろと面倒くさいことになりそうだから、裏で受けるんじゃなくてあの二人の中で受けるか)
玉緒はマークされている相手から離れるようにバックステップで移動をした。すると相手は玉緒の移動に気づいたのか玉緒に近づいてきた。そのまま玉緒は適度な距離を保っていると、月岡に向けて味方からのパスが向かってきた。
(今だ!)
玉緒はその瞬間に相手チームの二人の間、真ん中のスペースに向かって全速力で走り出した。玉緒は月岡が自分にパスを出すなんて思っていないが、なんとなくこれが正解の気がしたため、実行した。すると案の定月岡はワンタッチで玉緒に向けて鋭いパスをしてきた。玉緒はそれを軸足でトラップしてボールをシュートしやすい位置にセットした。ゴールキーパーと玉緒は一対一となったため、玉緒は正面のキーパーの右側隅に向かって思い切り足を振り抜いた。なぜ右側だったのか、玉緒には分からなかった。玉緒の勘がそう言っていた。
(おー! マジか! 決まったぞ!)
玉緒の蹴ったボールは見事にゴールの右隅にズバッと決まった。玉緒がその場に呆然としているとその肩を思いっきり抱くやつがいた。月岡だった。
「すごいよ! 玉緒君! いや、修斗! よく俺のパスに反応してくれたよ!」
「ハハッ・・・たまたまだよ」
月岡は玉緒のプレーに喜びをあらわにしていた。他のクラスメイト達は喜んでいたが、玉緒は聞き逃さなかあった。「あの子誰?」っていう声を。そしてそのまま結局試合は終わり、1対0で玉緒達のクラスが勝利した。勝利をした瞬間、月岡の周りに人が集まりだして盛り上がっていた。ちなみにシュートを打った玉緒の周りには人は来なかった。
「ナイスシュートだったね、修斗・・・惚れ直したわ?」
みんなが月岡の周りに集まっている中、早乙女は玉緒に耳打ちで褒めた後で輪に加わっていた。玉緒は不意の一言と誰もが惚れるような笑顔を向けられて、顔を赤くしていた。そしてそのまま体育の授業は終わった。
■■
(やっぱり玉緒君、いや修斗はストライカーの素質がある!)
月岡は今日の体育の授業で玉緒にフォワード、特にストライカーとしての才能があるのではないかと思った。トップスピードでもボールをコントロールできる素質、どんなボールも正確にトラップして自分の打ちやすいようにボールの位置を調整する素質。そして先程の中のスペースに入ってボールを受けるゴールの嗅覚。ストライカーに必要な素質が揃っていると判断した。
(それに最後のシュート。キーパーは確実に経験者だ。あえて修斗から打ちやすいコースを開けていた。だけど修斗は逆側に打った。修斗は確実にいいストライカーになる)
月岡は自然と玉緒に駆け寄っていた。そして自然と玉緒を下の名前で呼んでいた。その後の試合は特に何もなく終わり、月岡と玉緒がいるクラスが勝った。そしてそんな体育の授業から数日が経った昼休み、月岡は玉緒の机に向かっていった。
「ねぇ修斗、今週末って暇かい? 今度の週末に
「えぇっと・・・」
(どうしよう・・・面倒くさいけど、それをそのまま伝えるわけにはいかないし・・・)
玉緒は月岡のキラキラした視線に対して本音を言えなかった。それに玉緒は自覚していた、自分の立場を。クラスの中でも目立たない自分がもうすでにクラスの中心人物である月岡の誘いを断るとクラスでの立場を悪くすると考えていた。
「あーうん・・・行くよ」
そして玉緒は断れなかった。クラスの連中が玉緒と月岡に視線を集中させており、玉緒はその視線に耐えきれずにOKと返事をしてしまった。その返事を聞いた月岡は満面のイケメンフェイスを披露した。その顔に大勢の女子の顔が赤くなったのを玉緒は見逃さなかった。
(そのイケメンフェイスは反則だろう・・・)
「じゃあ約束だよ、修斗! 絶対に来てよ! あっそうだ。この後外でサッカーやるんだけど一緒にどう?」
「いや、遠慮しておくよ・・・」
月岡はそう言うと友達の元へ行ってしまった。何度か一緒にサッカーをしようと玉緒に進めていたが、月岡の友達が急かしたために月岡は諦めて友達と一緒にグラウンドに向かった。そしてそれにクラスのほとんどがついていき、またしても玉緒と早乙女だけが残った。
(あぁ、面倒くさいことになったなぁ・・・)
「こら、面倒くさいって顔に書いてあるわよ」
「あっ、バレた?」
教室に残った早乙女はそのまま玉緒の近くの席へと座って、玉緒の表情を注意した。そして早乙女は玉緒と正面から向き合った。
「嫌なら断れば? 週末は私とデートするから無理って」
「えぇと、それは・・・」
「もぉ、意気地なし!」
早乙女は頬を膨らませながら抗議をした。その顔に不覚にも玉緒は可愛いと思ってしまった。学校で一番の人気がある彼女のそんな顔を見られることができるのは自分だけの特権だと思うと、玉緒は嬉しくなった。
(その、姫乃には申し訳ないけど、なんか最近急激に大人っぽくなったよなぁ・・・大きいなぁ)
「どこ見ているの? まぁ私が先に見ちゃったから、私とデートしてくれたら見せてあげてもいいけど?」
「あ! いや! ごめん、そんなつもりは・・・」
クラスメイトがサッカーから返ってくるまで二人の恋人同士の時間は続いた。玉緒も早乙女もなんだかんだ言いながら、この時間で親愛を深めていた。