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5.聞いていないんだけど

「え! 修斗、サッカーやる気になったの!」


「茜姉さん・・・なったていうか、誘われたから仕方なくっていうか・・・」


「それでも私は嬉しいわ! ね、姉さん!」


修斗は夕飯の時に今週末、サッカークラブのイベントに行くことを伝えた。今日の帰り際に月岡からイベントのチラシを貰っていたため、それを渡すと茜は自分のことのように喜んだ。


「お母さんはサッカーやることよりも、修斗にお友達が出来たことの方が嬉しいわ!」


「友達というか、なんというか・・・」


千早は笑顔で修斗にそう言った。修斗は今まで家で友達関係の話はしてこなかった。というか、その話ができるような友達が修斗にはいなかった。千早は今まで何も言わなかったが、修斗の友達関係をとても心配していた。


「んじゃ早速今週の土曜日に行くわよ! 嫌と言っても私が無理やり連れ行くから覚悟しなさいね!」


「は、はい・・・」


茜は今サッカー雑誌の編集者として頑張っている。千早の実家である久遠家は千早の亡き父と母から始まるサッカー大好き家族だった。子供の頃から千早、秀明、茜はサッカーを習っており、茜以外の二人はプロになる実力まで力を伸ばしてった。一方の茜もプロにはなれなかったが、サッカー選手だった経験を通してサッカーの魅力を伝えるために大手のサッカー雑誌の出版社へと入社していた。


「うんうん! それでこそ久遠家の血筋を持つ男よ! 目指せ、エースストライカーってね!」


「こら、茜。修斗にプレッシャーをかけないの。それにストライカーだけがサッカー選手ではないわ。サッカーはいろいろなポジションがあるのは分かっているでしょ」


「そうだけど・・・姉さんの息子なら絶対にストライカーとしての素質はあると思うんだけどなぁ・・・」


そんな会話をしながら修斗達は夕食を食べた。そして時は流れて、赤城SCがイベントをやる土曜日になった。ちなみにこの土曜日が来るまで何度も月岡から昼休みにサッカーのお誘いがあったが、なんとか勉強があると言って躱し続けた。


「よーし! 修斗、行くよ!」


「なんで茜姉さんの方が気合入っているのさ・・・」


修斗は自分よりも気合の入っている保護者代理の茜に連れられて電車で一駅のところにある赤城SCのサッカー練習場に来た。そこには修斗と同い年と思われる子供達がたくさん来ていた。


「さすがはJ下部のジュニアユースも排出したことのあるクラブチームね。この時期にセレ・・・イベントをやっているのはここだけだからみんな気合が入った目をしているわ」


「だからなんで茜姉さんの方が気合入っているの?」


辺りを見渡すと子供達は修斗が着ている黒のジャージではなく、みんなサッカーのユニフォームを来ていた。それに関して修斗は何も思っていなかった。修斗は千早のスマホでクラブチームについて調べた限り、少年団や他のクラブチームに所属している子供がステップアップのために他のクラブへ見学に行ったり、セレクションを受けたりするのは普通のことだと知っていた。


(ま、今日はただのイベントだけって聞いているし、大丈夫だろ。それにこんな時期にセレクションなんて無いだろ)


今回のイベントは小学5年生限定のイベント。修斗はセレクションなんてないと思っていた。普通セレクションはもっと小さい時、小3や小4の時に行われると考えていた。


「ほら修斗、受付に行くよ」


「はーい・・・」


(あーあ、帰りたいなぁ)


修斗は帰りたいと思いながら、茜に連れられて受付会場へと向かっていった。そしてそんな修斗の様子を周りの子供達は見ていた。


「なぁあいつジャージだったぜ」


「マジ! じゃあ初心者じゃん! やったね、一人ライバルが減った!」


「つか、あいつどんな神経しているんだろうな! 笑えるぜ!」


修斗の知らないところで修斗は舐められていた。そんなことはつゆ知らず、修斗はそのまま受付をすまし、会場へと向かっていった。


■■


「あ! おーい、修斗! こっちだ!」


「・・・月岡君」


玉緒が集合場所に向かうとすでにたくさんの子供達が軽く準備体操などをしていた。その中に月岡もいて、玉緒を見つけるなり大きく手を振って近づいてきた。


「あっもしかして、修斗のお友達? 今日はありがとうね、修斗をサッカーに誘ってくれて!」


茜はすぐに月岡と仲良くなっていた。サッカー好き同士通じるものがあり、すぐにサッカー談義に花を咲かせていた。そして一通り話し終えると茜はそのまま保護者達の居る場所へと向かって、玉緒はそのまま月岡に手を引かれて一緒に準備運動をしていた。


「なぁ、あれって月岡じゃないか! ほらスペインの天才児! 俺月刊少年サッカーで見たことあるぜ!」


「え! ・・・マジか。本当にいたんだ・・・」


「じゃあ、隣のやつもすごいやつなのか?」


「さぁ? でもユニフォームじゃなくてジャージだから大したこと無いんじゃない? てか、よく来れるよな!」


(え・・・月岡君ってサッカー界じゃ有名な人なの?)


玉緒は月岡の意外な知名度に驚きながらも月岡の指示に従い、ペアでストレッチを行っていた。しかし実は有名人だった月岡と一緒にいることでかなり目立ち、玉緒は視線が気になってしまった。


「月岡君、後は自分でやるからいいよ」


「修斗、俺のことは翔真でいいよ。あとストレッチは入念にやんないとダメだぞ。怪我は絶対にしちゃいけないし、いざって時に身体が動かないぞ」


「いざって・・・今日は体験会かなんかでしょ?」


「うん? あれ、教えてなかったっけ。今日のイベントは小学5年生の限定で行われる今季最後のセレクション。このあとアップも兼ねていろいろとサッカーに関する練習を行った後、そのまま赤城SCのセレクションに突入するって流れだよ」


「・・・聞いていないんだけど」



玉緒は月岡からイベントがあるっていうことだけを聞いていた。玉緒はそれだけならと重い腰をあげてきたのだが、入団セレクションがあるなんて知らなかった。もちろんチラシをちゃんと読んでいなかったり、ネットでそのイベントを検索したりしなかった玉緒にも非があるが、先に教えなかった月岡が悪いと玉緒は思った。

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