目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

7.上手い子ども

(あの黒いジャージの子、上手いな)


赤城SCのコーチは先程質問をしたジャージの子の様子を見に来ていた。初心者だということが分かったため、なにかあればアドバイスをするつもりだった。セレクションに初心者が来ることは少ない。その勇気を評価していた。そして質問者の子供を見つけると、その子は同じく黒いジャージを着ている初心者らしき子と一緒にペアでパスワークをしていた。その黒ジャージの子にコーチは興味を抱いた。


(ジャージ着ていたから初心者だと思っていたけど、どこかのクラブチーム所属の子だったのかな? かなり上手い。さっきからトラップもミスしていないし、何より足元に正確なパスを出している。どんな距離でも。それをできるんなら俺達の耳に届いてもおかしくないんだけど、見たこと無いよなぁ)


黒いジャージを着た子はこのグループでは一番サッカーが上手いのではないかとコーチは思った。そしてついつい口を出してしまった。


「ねぇ君、名前はなんていうんだい?」


「え? 俺ですか? 俺は玉緒修斗です」


「修斗君、君は左足でボールを蹴ることは出来ないのかい? さっきから右足ばかりで蹴っているからさ」


「はぁ・・・左足では蹴ったこと無いですけど、やってみます」


修斗と名乗った子供は向かいに居るペアの子に蹴ってもいいと指示を出した。そしてそのままペアの子はロングボールを放った。しかし放ったボールはまっすぐには飛んでいかず、かなり横に逸れた。しかし玉緒はボールに追いつき、胸でトラップした後にそのまま左足でロングボールを放った。そのボールは右足と同じ精度でペアの子の足元へと向かっていった。


(へぇ、利き足じゃなくても案外なんとかなるもんだな。てか、俺ってもしかして足は両利きなのか? 違和感ないし)


「・・・君は本当に初心者かい?」


「えっ?」


玉緒は利き足じゃなくてもボールをコントロールできることがすごいことだとは考えていなかった。しかし本来逆足で利き足と同じ精度でボールをコントロールできる人物は数少なく、間違いなくプロになれるレベルであった。そしてその事実はこの場でコーチにしか分からなかった。


「えーと、俺は初心者ですよ。サッカーなんて体育の授業以外にしたことなんてありません」


「そうか・・・すまない、邪魔したな」


コーチは玉緒に謝った後で本来の定位置に戻り、他の子供の見回りを再開した。しかしこのグループに居るどの子供を見ても玉緒並に上手い子供は見当たらないことに気づいた。


(あの子が本当に初心者なら・・・いや考えるのはよそう。子供の将来は大人が決めていいものではない)


しかしサッカーに携わったことのある者として、玉緒のサッカーの様子が気になってしまった。天才がいるかも知れないと思いながら。


■■


「おーし。パス練習やめ! 次はドリブルの方に行ってもらうからな。遅れないようにしろよ」


玉緒達はコーチからの指示を受けて、そのまま集団でドリブルの練習場所へと移動した。移動をする間は休憩時間も含まれていたために玉緒は保護者達のいる場所へと行って、茜からドリンクをもらおうとした。


「修斗! あんたサッカー上手いじゃない! 見ていたわ、パス練習。いつの間に練習していたのよ!」


「ま、まぁぼちぼちに・・・」


「このまま行けば入団セレクション合格間違いないしね! 頑張りなさい!」


「知っていたのかよ・・・」


「それ言うとあんた、行かないって言うかも知れないじゃない!」


茜はセレクションのことを事前に知っていた。しかし茜はあえてそのことを教えなかった。伝えれば修斗は行かないということを分かっていたからだ。茜は修斗のことを実の子どものように思っていた。そのため、何でもお見通しだった。


(入団セレクションねぇ・・・俺みたいな初心者でも通過することができるのかねぇ)


「そろそろ時間ですので、引き続き参加する子供は集まってください」


「ほら、修斗。頑張ってきなさい!」


「へいへい」


玉緒はドリンクを飲み終えてそのままドリブルの練習のグループに加わろうとした。すると玉緒は後ろから話しかけられた。


「よっ修斗! どうだ、調子は?」


「月岡君・・・まぁぼちぼちだよ」


「そうか、なら良かった。本当は修斗と同じグループ分けが良かったけど、こればかりは仕方ないからな。お互いに頑張ろぜ! じゃあな!」


(さすがイケメン。後ろ姿だけでかっこいいぜぇ。なんてな)


「へぇ、あの子って本当にイケメンね。将来プロになれなくても芸能界で俳優とかモデルとか目指せそうね」


「本当に神様って不公平だよね・・・」


「ほら、そんなこと言っていないでさっさと行く! こういう積極性ももしかしたら見られているかも知れないわよ!」


修斗は茜に背中を叩かれながらドリブルの練習場所へと走って向かった。その様子を見ながら茜は月岡のことを考えていた。


(それにしてもまさか修斗の友達があのスペインの天才児、月岡翔真だとは思わなかったわね。もしかして私、今伝説の始まりを見ちゃっているのかな?)


茜はそんなことを考えながら、息子同然の甥っ子に対して精一杯の声援を送っていた。


■■


「よし来たな。ここではセレクションのアップを兼ねてドリブルの練習を行うぞ。まずはシンプルにドリブルをしてもらう。それぞれボールの置いてある位置に並んで15m先にあるコーンまで行ったら折り返して3m地点から次の人にパスをするぞ。もちろんできる限りボールをコントロールできるスピードでな」


(体育の時と同じだな。ならいけるか)


玉緒はそう思いながらドリブル練習に居るコーチから指示を受けて、それぞれ均等になるように並んだ。その後、コーチのホイッスルでドリブル練習を開始した。


「おりゃ! あっ! ちょっと待って!」


玉緒は最後の方に並んでおり、ふと隣のレーンを見ると守谷が盛大にボールを飛ばしていた。しかもコーンを遥かに越えて行ってしまった。明らかに次の順番の人がイライラしているのが玉緒には分かった。


(そんなにイライラするなよ。初心者なのは見え分かるだろうに・・・)


入団セレクションを控えているからなのかはわからないが、横のレーンの人達は守谷にイライラしているのが隣のレーンの玉緒にも伝わってきた。中には舌打ちをしている者もいた。しかし守谷はなかなか戻ってこられない。ボールを捕まえることが出来ずにどんどんと奥の方へ行ってしまった。


「仕方ない。これを使って続きを開始しろ」


コーチが仕方なく新しいボールを守谷のレーンに渡した。そしてそのまま何事もなかったかのようにドリブル練習を再開した。そしてそれを見ているうちに玉緒の番が来た。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?