(んじゃ、行きますか)
玉緒は全速力で走って、アウトフロントを使ったドリブルをスタートさせた。ちなみに玉緒は意外と足が速かった。地味に小4まではクラスで一番二番を争うほどだったが、上位には決まってクラスの中心人物がいたために目立つことはなかった。
(流石に二回目だけあってなんとなくボールのコントロールの仕方が分かってきたな。これなら全速力でも細かくドリブルできそうだな)
玉緒はスピードを落とさずに足を上手に使ってコーンの前で方向転換して、同じスピードのまま戻った。そして3m地点に来たので、そのままパスを出した。玉緒のパスはきれいに次の走者の足元へ収まった。
「あの黒ジャージ早くね?」
「まぁ、でもたまたまだろ。経験者ならユニフォーム着てくるしな」
「だよなぁ! 偶然だよな!」
(そんなに認めたくなかね・・・)
自惚れではなく、正直玉緒はこのグループの中で一番早くドリブルが出来たのではないかと思っていた。他の人のドリブルを見てもかなり遅いと感じていた。
(やっぱり俺って上手いのかな? でもどうなんだろ? うーん・・・もう少し見てみようかな。もしかしてみんな緊張しているだけかも知れないし)
玉緒はそんなことを思いながら、その後も何度かドリブルを行った。玉緒はやはりこの集団の中では一番早いドリブルを行っていた。
「よし! 次はペアになってカットドリブルをするぞ。相手がボールを奪いに来た時にドリブルの方向を変えるためのドリブルだ。インサイドとアウトサイドを使い分けて相手を躱してみろ。じゃあペアを作れ」
「よお! 修斗! 俺ともう一回組もうぜ!」
「いいよ、守谷君」
コーチの説明の後、玉緒は守谷と再びペアを組むことになった。玉緒はどうせ初心者の証であるジャージを着ている自分達とペアを組みたいと言うやつはいないと思った。現にパスの時と同じようなペアが出来上がっていた。そしてペアが出来た玉緒達は早速カットドリブルの練習をすることにした。
「じゃあ俺が最初にボールを奪いに行くから守谷君はカットドリブルで俺を躱してみてよ」
「おし! 行くぞ!」
守谷は玉緒に向かってドリブルをしようとした。しかし守谷のボールはドリブルではなく、パスのように玉緒の足元に転がってきた。
「あれぇ? やっぱり上手く行かない・・・」
「守谷君はもしかしてボールを蹴ろうとしているんじゃない?」
「違うのか?」
「うーん。俺も経験者じゃないからあんまり詳しいこと言えないけど、蹴るっていうよりは押し出す感じかな。俺はそんな感じでやっているね」
「へぇそうなんだ。よし! もう一回!」
玉緒が素人なりにアドバイスをすると守谷は先程よりもマシになった。もちろん、カットドリブルという指示されたことは出来なかったが、ボールを遠くに飛ばすということはもうなさそうだと玉緒は思った。
「じゃあ俺がやるよ」
「よし、来い!」
玉緒は最初からトップスピードで守谷に向かっていった。そして守谷の前でアウトサイドを使い、守谷を躱した。その時玉緒は意外と簡単にできるなと思っていた。
「おぉ! すげぇ! なんか目の前で消えたみたいだぞ!」
「そ、そんなに?」
「ねぇもう一回見せてよ!」
「まぁいいけど・・・」
玉緒は再び最初からトップスピードでドリブルを開始した。そして今度はインサイドを使い、躱した。それからも守谷は面白いからと言って何度も玉緒にカットドリブルを求めてきた。玉緒は守谷の練習はいいのかと聞いたが、それよりも玉緒のドリブルを見たいというので続けて行った。おかげで玉緒は両足でカットドリブルができるようになった。
「なぁ修斗、お前って本当に初心者か?」
「そうだよ。まぁもしかしたら運動神経はいいかもだけどね!」
「ふーん・・・」
(今ちょっとツッコミ待ちだったんだけどな・・・)
玉緒はちょっと恥ずかしくなった。そのため守谷に変わってもらおうとしたが、玉緒の元にコーチがやってきた。
■■
(あの子速いな。全速力でもボールをちゃんと自分がコントロールできる位置にキープをしている。パスも正確だ。他のクラブチームにあんな子いたっけ?)
コーチはシンプルドリブルの練習で黒ジャージの子供を注目して見ていた。他の子供も決して悪いわけではない。だが、明らかに黒いジャージの子供だけ異様に上手かった。
(あの子は初心者なのだろうか? まぁあの子だけ見ているわけにもいかないしな。それに本当に初心者の子も居るみたいだし、その子を中心として見ておこう)
コーチはカットドリブルの練習の指示を出した後、ドリブルが上手くなかった子を探してアドバイスをしようとしていた。
(あれ? 黒ジャージの子、初心者の子と組んでいる。ていうことは、本当にあの子は初心者なのか?)
コーチは疑問に思いながらも初心者の子の様子を見ていた。案の定ドリブルが出来ず、ボールを遠くに飛ばしてしまっていた。すると黒のジャージの子が初心者の子にアドバイスをしていた。そのアドバイスが効いたのか、先程よりもその子はドリブルができるようになった。コーチは黒ジャージの子に感心しながらドリブルを見ていた。
(! 上手い・・・ボールのタッチがしっかり出来ているし、何よりすぐにトップスピードに乗れる。しかもボールもちゃんとコントロール出来ている。アウトサイドとインサイドも両方使えている。あの子は経験者だな)
コーチは黒ジャージの子のドリブル技術を見て、経験者だと判断した。そうでないとあのドリブル技術の高さはおかしいと思ったからだ。
(すごい・・・あの子、両足で同じことができるのか)
さらにその子は左足でも同じドリブル技術を見せた。あの子は最初右足ばかり使っていたため、利き足が右足なのは間違いない。そうじゃない足でもできるということはあの子はプロになれる可能性があるとコーチは判断した。
「君、名前は?」
「え? 俺は玉緒修斗ですけど?」
「修斗君、君はどこでサッカーをしていたのかな? 東京以外から来たの?」
「いや、サッカーなんて習っていませんけど・・・」
「・・・本当かい?」
コーチは驚いた。子供の目が嘘をついている目をしていなかったため、本当に初心者だと判断したからだ。そしてコーチは息を飲んだ。コーチは基本的に子供を平等に見る義務がある。もちろんサッカーが苦手な子にサポートをすることはあるが、上手い子に口を出すことはしないようにしていた。しかしそれを破っても教えたいことがあった。
「修斗君、ブロックターンって分かるかい?」
「なんですかそれ?」
「文字通り、自分の身体で壁を作ってボールを奪われないようにターンすることだよ。ちょっとやってみないか?」
「はぁ・・・」
コーチは一度玉緒にやり方を見せた。すると修斗はたった一度見ただけで、習得をした。しかもインサイドとアウトサイドを使い分けることも出来ていた。コーチは心のなかで玉緒は天才だと判断をした。