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9.一対一

「なぁ修斗、お前って本当に俺と同じ初心者なのか?」


「うーん、そうだけど、俺にもわからなくなったな」


「どういうことだよ、それ」


玉緒達はドリブル練習の時間が終わったため、ペアを組んでいた守谷と座ってドリンクを飲みながら休憩をしていた。しかし玉緒達は休憩していたが、他の人達はボールを借りて練習をしている様子も伺えた。


「なぁ守谷君。なんでサッカーを始めようと思ったの? 今までサッカー経験無いんでしょ?」


「ん? あぁそれはな、3月にヨーロッパでサッカーの試合を生で見たからだよ! 修斗、おまえは見たこと無いのか? あの熱狂的な試合を。俺はあれを見てサッカーに興味を持ったんだよ! 俺は絶対に将来プロになってあの舞台で活躍する!」


「へぇ・・・」


守谷は目をキラキラさせて語っていた。それほどたった一回の試合でサッカーに魅了されたのが伺えた。


(そんなにおもしろのかな? 今度テレビ中継していたら見てみようかな?)


現代日本ではサッカー中経が頻繁に行われている。Jリーグの試合はもちろん、女子の試合も中継されていた。しかも海外のビックマッチすら放映されていた。それだけ国民にサッカーが根付いていた。


「おーい! 修斗!」


「月岡君・・・」


玉緒が守谷と話していると手を振って月岡が玉緒の元に来た。その手にはサッカーボールを持っていた。玉緒は恐らく自分となにかやるつもりなんだろうと察していた。


「修斗、今暇かい? なら俺と練習しないか?」


「いやぁ・・・俺は休憩しているよ。あともう一回シュートの体験会があるからさ」


「俺さっきシュートの練習したんだけど、PKをやるだけだったよ。だからさ、一緒に一対一をしようぜ!」


「待て待て、そもそもPKってなんだ? 一対一ってなんだ?」


玉緒の疑問に月岡は嫌な顔せず答えてくれた。月岡からPKとはゴールキーパーと一対一で対戦することだと教えた。それから一対一とはボールを奪い合う練習のことであるとも伝えた。


「ほら、修斗はドリブル上手いし、足元の技術もあるだろう? 俺はミッドフィルダーだから守備に参加することもあるし、ボールを奪う技術は高めておきたいんだ」


「・・・えぇと」


玉緒はいろいろと質問したいことがあったが、一旦やめた。玉緒は正直あまりルールが分かっていない。オフサイドとかいうルールどころか、ポジションすらいまいち分かっていなかった。


「月岡君、練習するなら俺が相手になるけど?」


「いや、俺がやる!」


「はん! 俺が一番うまいに決まっているだろう!」


玉緒と月岡が話していると続々と月岡の周りに子人が集まってきた。集まった人達は月岡と一緒に練習したいとのことだった。玉緒は上手いやつとの練習のほうが経験になるし、当たり前だと思っていた。そして月岡が困っていると守谷から提案があった。


「なぁなぁそこまで言うなら修斗と一対一で勝負したらいいんじゃないか? もともとそいつが誘ったのって修斗だし。なぁ?」


「そうだね。修斗、ちょっとやってみなよ」


「・・・えぇ」


玉緒の意思は関係なく、玉緒は眼の前にいる月岡を取り合っている集団と一対一をすることになってしまったようだった。玉緒は小さくため息をついた。


■■


「ねぇ月岡君、ボールキープってどうやってやるの?」


「えーとね、基本的に身体で壁を作って、ボールを奪われないようにすればいいよ。じゃあはい、始めるよ!」


(・・・アドバイスってそれだけかよ)


玉緒は月岡にアドバイスを求めたが、あまり有用ではなかった。しかもそのままサッカーボールを渡し、始める雰囲気を出していた。玉緒は仕方なくボールを足元に置いて考えた。


(要はボールを奪われなきゃいいんだろ。だったらぶつかって来た相手に全体重を乗せて、ブロックすればいいんじゃね?)


玉緒はとっさの思いつきから相手に自分の全体重を乗っければ動けないのではないかと考えた。なので、それを応用してキープをしようとした。


「それじゃ始め!」


月岡の掛け声で一対一が始まった。ルールは30秒の間でボールの奪取を行うこと。そして玉緒は向かってきた子供に対して背中を向けてボールを後ろにキープした。案の定子供は玉緒からボールを奪取しようとアタックしてくるが、玉緒はそれをさせないために全体重を子供にかけた。


(くっ! こいつ! 素人のくせに身体の使い方が上手い・・・全然ボールを取れない・・・)


相手は焦っていた。素人相手なら余裕でボールを取れると踏んでいたのに、全然取れる気配を感じない。そしてそのまま月岡が終了の合図をした。


「そこまで。勝者は修斗だよ。次やるかい?」


 玉緒は次の子供も同じようなキープの仕方で難なく30秒を乗り切った。そして最後に少し身体の大きい子供が前に出た。


「はっ! 素人相手になに負けてんだよ。本当に赤城SCに入る気あんのかよ。そこら辺の少年団にでも入っていろよ!」


少し身体の大きい子供が次に玉緒へとチャレンジをしてきた。そして月岡が先程のように開始の合図をした。


(ちっ! こいつ! 全然動かねぇ。体重を俺に預けているのかよ。でもな、身体の大きさが違うんだよ!)


 大柄な子供は身体をずらして横からボールを取ろうとした。しかし玉緒はそれに気づき、ボールをインサイドでずらしてキープする位置を変えた。そのせいで、大柄な子供はコケてしまった。


「く! てめぇ!」


(え・・・殴るのOKなの!)


大柄な子供は負けたことが悔しかったのか、玉緒を殴りかかろうとした。玉緒はまさかのことに身体が動かず、月岡も助けに入るのが遅れていた。


「なにやっている!」


しかし、玉緒が殴られる直前に酒井監督が仲裁に入った。酒井監督の声は会場中に響き、会場中を静かにさせた。


「先程の一対一を見ていた。実にいい勝負だった。しかし最後に君は血が登って暴力に出ようとしたね。それはダメだ。スポーツマンシップに反する。頭を冷やしてきなさい」


「・・・はい」


大柄な少年は自分のしでかしたことを自覚したのか、しょんぼりしていた。どうやらスポーツマンではあるようであった。玉緒に絡んできた三人はトボトボとその場を後にした。


「君、名前は?」


「えっ俺ですか? 俺は玉緒修斗です」


「修斗君、実にいいボール捌きだった。キープの仕方もすばらしい。どこのサッカークラブでサッカーをやっていたんだい?」


「い、いえ! 体育の時に少しだけやったことあるくらいです!」


酒井監督の言葉に玉緒は少し緊張をした。素人の玉緒から見ても監督は威厳のある感じだった。それに先程の怒鳴り声も相まって起こらせると怖いという印象を抱いていた。


「・・・そうか、そうなのか」


(だとしたらすごいなこの子は。己の感性だけでここまで上手いのか。スペインにいた月岡よりすごいんじゃないんか?)


酒井監督は玉緒の答えを聞いた後、コーチ陣に先程のことを伝えるために戻っていった。そしてその場に取り残された玉緒はその後、月岡からなども一緒に一対一をしようと誘われたが、疲れたと言って勝負を避けた。

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