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12.8人制サッカー①

(初めての試合じゃないけど、なんか緊張するな)


玉緒は得体の知れない緊張感に襲われていた。体育のお遊びとは違う、本気でサッカーをするという空気。玉緒は一旦深呼吸をした。


(でもなんだろうな、ちょっとワクワクするな。自分の実力がどれだけなのか楽しみだな!)


酒井からのキックオフの掛け声とともに玉緒は月岡へボールをパスし、白チームのゲームが始まった。


(なるほど、緑チームは守備的か。どうやらかなり信頼されているようだね、篤。ならお言葉に甘えさせてもらうよ!)


月岡はそう思うと自陣からドリブルで上がっていった。しかし、すぐに詰められてコースを封じられた。月岡は一旦ターンをして別のMFにパスを出した。パスを出されたMFはそのまま左サイドを駆け上がった。そしてそのまま裏のスペースに抜け出せるように上がっていたが、そのまま素早く後方へ戻った月岡にパスを出した。一気にフリーになった月岡はペナルティエリアの外から右足を振った。


バシンッ!


(流石だね、篤)


しかし月岡のシュートはGKの星島によって防がれた。そのままボールは緑チームのDFに渡り、DFは上がっていたFWに対してロングパスを放った。そしてそれが通り、カウンターが仕掛けられた。


「おっしゃー! 任せろ!」


自陣にスタンバイしていた守谷が向かってきたFWに対してゴールさせないために思いっきり飛びながら身体を当てた。


「ピピ—! 今のはジャンピングアットっていうファウルだよ。危険だからやめなさい。じゃあ、緑チームのPKから再開!」


「えっ? マジで・・・」


守谷のペナルティエリア内のファウルにより、緑チームは絶好の位置でPKの権利を得た。そして緑チームはそれを難なく決めて、緑チームが1点リードとなった。開始約3分のことであった。

「まだまだ試合は始まったばかりだよ! 気合入れていこう!」


月岡はボールを拾いながら白チームを鼓舞した。玉緒はボールを月岡から受け取ると先程のようにボールを月岡へと渡してリスタートした。


(明らかに相手はディフェンスラインを下げたか。1点を守り抜く気満々だな。さてどうするかな?)


緑チームは先程よりも人数を増やして月岡をマークした。そのため、月岡はドリブルで上がることが出来ず、サイドにパスを出すのが精一杯だった。しかし、そのサイドのMFも緑チームのDFに阻まれてしまった。そしてお互いに拮抗したゲームが続いた。


(うーん・・・全然パスが来ない・・・)


そんな中、玉緒はパスが来ない事実をどうするべきかと考えていた。玉緒と守谷は他のメンバーと異なり、ユニフォームではない。それに同じジャージの守谷のミスで1点取られてしまったという事実が、玉緒にパスが来ない原因だと考えていた。


(俺にパスを出してくれそうな月岡君は完全にマークされているし、月岡君以外のMFは自分がシュートする気満々で俺に全然パス出さないしなぁ・・・)


玉緒は自陣が攻められていたため、敵陣を離れて自陣の守備に回っていた。すると、白チームのDFと緑チームのFWが競り合ってこぼれたボールがちょうど玉緒の足元に来た。


「! 修斗! そのまま中央を突っ切ってゴールを決めてくれ!」


月岡がそういう前に玉緒は自然と身体が動いていた。


ボールを拾ってから玉緒はすぐにトップスピードに乗った。途中緑チームのMFがボールを奪取しようと近づいてきたが、玉緒は繊細なボールタッチでそれを躱し、一気にDFを含めて三人を抜き去った。そしてGKの星島と一対一となった。


(さぁて、翔真が気になるやつのお手並を拝見しようか!)


星島は玉緒に全神経を集中させた。そして玉緒はボールを蹴るモーションへと突入した。その瞬間、星島は自分の右側にシュートが来ると踏んだ。星島は玉緒が蹴る瞬間に合わせて右側へと飛んだ。完璧なタイミングだった。そのはずだった。


(はぁ! まじかよ!)


玉緒は星島の動きを察知してとっさの判断でインフロントキックを直前でやめ、アウトフロントキックに切り替えた。そしてそのまま逆の方向にシュートをした。そのボールは遮るものの無くネットへと着弾した。そしてちょうど20分を終えるホイッスルが吹かれた。


■■


「おっしゃー! 修斗! よくやったわよ!」


保護者席で見ていた茜が大きな声を響かせて玉緒を称えていた。あまりにも激しく喜んでいる様子に他の保護者達は若干引いていた。


(茜姉さん・・・あんな喜ばなくてもいいのに・・・)


「あれって修斗のお母さんかい?」


「月岡君・・・いや、あれは母さんの妹、叔母さんだよ」


ハーフタイムの開始を告げるホイッスルが鳴り、全チームが10分間の休憩を取ることになった。その間にチームはそれぞれ集まり、作戦会議を行うことになった。


「とりあえず、前半のうちに追いつけてよかった。修斗、ナイスだったよ」


「お、おう・・・」


月岡はイケメンフェイスで玉緒を称えていた。あまりにもキラキラした顔のため、玉緒は陽キャの光りに眩しさを感じていた。


「後半の作戦だが、システムを変えようと思う」


「システムを変える? どういうこと?」


「守谷君、簡単に言えば選手の配置を変えるってことだよ。今までの3—3—1はみんなの実力を知るために、それぞれ役割が割と明確化されるようにしていた。だけど、やはり即席のチームだと、なかなか全体的には動けないって分かったんだ」


月岡君の言葉に全員が耳を傾ける。今のシステムだとピッチ全体のスペースを埋めることができ、バランスよく人員を割けることができる。しかし、今のままのシステムだと選手一人ひとりがしっかりと動いていないと機能しない。それは即席のチームだと難しいという判断を月岡はした。


「それに俺達が攻撃している時、どうしても今のままだとCBの守谷君への負担が大きい。最終ラインになることが多いからね。正直今の守谷君だと厳しい部分があると思う」


「それは・・・残念だが、俺もそう思う」


守谷は特に反論をせずに肯定した。そもそも最初の失点は自らのミスによるもの。自分の実力の無さは守谷が一番理解していた。


「だからこっちも向こうと同じで2—4—1のシステムに変更する。これなら俺がボランチじゃなくてトップ下の役割を果たせるし、なにより後ろに枚数をかける事ができる。守谷君の負担も減らせるからこれでいこう」


月岡の提案に全員が賛成した。その後は月岡から細かい指示がされ、それが終わると各自時間まで休憩を取ることになった。


「修斗いいか?」


「なに?」


玉緒はドリンクを飲みながら壁を背にして座っていると、月岡が近づいてきて玉緒の横に座った。


「後半、修斗は守備に参加しなくていい。基本的に相手コートでチャンスを伺ってくれ。もちろん相手のCBにボールが渡ったらプレッシャーをかけてほしいんだけど、その時は左右のどっちかから攻めて欲しい。攻撃方向を限定させるためにね」


「お、おう・・・」


「大丈夫、そんなに難しくないって! 要は修斗には篤からゴールを奪うことに専念して欲しいってことだよ。じゃあ俺は守谷君のところに行くから」


そう言うと月岡は玉緒の元から立ち上がり、守谷の元へと走っていった。月岡は全体の作戦を伝えた後、個別でプレーに関するアドバイスを行っていた。


「さすが、スペインの街クラブで10番を付けた選手だね。頼りになるわ」


「茜姉さん、知っていたの? 月岡君のこと」


「これでもサッカー雑誌の記者よ。少年サッカーは担当外だけど、流石に知っているわ。星島君のこともね」


玉緒が月岡との会話を終えると茜さんがドリンクを持って玉緒に渡した。その時茜は月岡の背中を見て、月岡は将来必ず日本代表になるのだと確信をした。


「どうやら日本の将来は明るいわね!」


「・・・何が明るいの?」


「いい? 修斗。絶対にセレクションに合格しなさい。そのためには星島君からゴールをたくさん奪わないのとね! 星島君からゴールをたくさんもぎ取ったら評価はうなぎのぼりのはずだわ! そして修斗が日本のストライカーになるの」


「あ、そう・・・」


玉緒も月岡を見ながら考えていた。確かに茜の言う通り、月岡はすごい選手だと思っていた。ただ日本は圧倒的に攻撃力が足りないということも玉緒はニュースで知っていた。月岡だけでなく、せめてもう一人圧倒的な戦力が日本にはいると玉緒は思っていた。


(それが俺ねぇ。買いかぶり過ぎじゃね?)


そんなことを思っているとハーフタイムが終わろうとしていた。玉緒は残ったドリンクを飲み干して、茜に渡した。そして玉緒は月岡に指示されたポジションへと向かって後半の準備を始めた。

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