玉緒が公園で大川サッカー少年団に入団しようと決意したその日から数日が経ち、10月となった。現在少年サッカーはまさに全国U—12サッカー大会の予選が行われつつあり、そのためクラスでも朝からサッカーの話題がつきなかった。
「おい! 月岡! 俺は西東京地区の二次予選リーグに進出したぜ。お前は? あーそういえばどこにも所属していなんだったな! わりぃわりぃ!」
「そうだね、今年は出られないけど、来年は全国目指すよ」
クラスメイトの元人気ナンバーワンの田中が月岡にちょっかいを出していた。
田中は自分の人気を月岡に奪われていた。ルックスはもちろん、昼休みのサッカーで格の違いを見せつけられて以来、女子達は月岡のファンになっていた。
「はっ! 来年って小6だろ? そんな時期にクラブチームはセレクションしてねぇよ。お前は取り残されたんだよ。負け組だ。ザマァ!」
「ハハハハ・・・」
(あぁ、田中君。そのむき出しの嫉妬心がだんだんと人気下げていることに気づかないのかな・・・)
田中は嫉妬心のせいで周りへの暴言が止まらなかった。今まで積み上げてきたサッカーが一番上手いという地位から追い出され、女子人気も取られたため、周りに当たりまくっていた。
「田中、その言い方は無いんじゃない?」
「そうよ、翔真君が可愛そうよ!」
「ねぇ翔真君。田中君が怖いよー」
女子達は全員月岡の味方をした。というか、田中を利用して月岡と仲良くなろうという今旦が見え見えだった。玉緒は女子が怖いと思った。そしてそんなことを思っていると一人の次子が登校してきた。
「おはよー」
「あっ! 姫乃ちゃん! 聞いてよ、田中がさー・・・」
クラスの男子が一斉に登校してきた早乙女を確認した。早乙女は最近クラスや学年、学校を飛び越えて、近隣の小学校でも有名になりつつあった。
「お、おい! 滅多な事言うなよ!」
「えーだって、事実じゃん。田中が翔真君の悪口を言ったって」
田中は自分の悪口を早乙女に伝えようとしている女子に釘を差した。早乙女に嫌われたくなかったからだ。田中はすでに早乙女が好きだということを自分からは言っていないが、態度では隠さなくなっていた。
「そ、それより、早乙女さん! 芸能界からスカウトされたって本当?」
田中は自分の悪口を言われる前に話題をそらした。早乙女が芸能界にスカウトされたという話題に。早乙女がここまで人気になった要因だった。早乙女は最近雑誌に載り、それがきっかけとなって芸能界にスカウトされていた。
「本当よ。でも行く気ないから」
「な、なんでだよ。そ、その! 早乙女って可愛いから・・・」
「ありがとう。でも、行く気が無いのは変わらないから」
早乙女はそう言うと田中達を通り抜けて自分の席に座った。奇しくもその席は最近席替えをして、玉緒と隣になっていた。
「おはよう。しゅ・・・玉緒君」
「おはよう。早乙女さん」
二人は未だに付き合っていることを翔真以外のクラスメイトに隠していた。それに芸能界に行かないでくれと頼んだのも玉緒からであった。
(・・・姫乃って芸能界に行きたいのかな? 俺は姫乃が遠くにいるような存在になるから嫌だったけど、本人の意思を尊重するべきだよな)
玉緒は窓を見ながら考えた。自分には自分の、姫乃には姫乃の事情がある。いくら付き合っているとは言え、自分のわがままを押し通すのはよくないと思った。
「あっ、玉緒君。これ落としたよ」
「え! あっ、どうも」
(こんなメモ用紙を落としたかな?)
玉緒は早乙女から小さく折りたたまれたメモ用紙を渡された。そしてそれを広げると、手書きで早乙女からのメッセージが書かれていた。
【修斗。先に伝えておくけど、私は私の意思で修斗と一緒にいることを選んだんだからね。あっ、でも修斗が芸能人と付き合いたいとか結婚したいって思っているなら教えて。私がなって叶えてあげるから。サッカー頑張ってね♡】
(・・・なんでもお見通しだな)
玉緒は早乙女の方をちらっと見ると、早乙女は誰もが一目惚れするような微笑みを浮かべていた。そのため、玉緒はすぐに窓の方を見た。そのまましばらくするとチャイムが鳴り、授業が開始されて何もなく放課後を迎えた。
「明日はいよいよ大川サッカー少年団に入団の日だな」
「そうだね、ちょっと楽しみだよ」
放課後、玉緒と月岡は公園でサッカーの練習をしていた。最初は二人きりでサッカーをしていたが、掃除当番を終えた星島と守谷もそこへ合流した。入団前に四人でサッカーの練習をするのは恒例行事となっていた。
「なぁ、三人とも見たか! 昨日の北海道コーレンの試合! 久遠選手が見事なミドルシュートを決めていたよな!」
「そうかぁ? あれはフリーだったからな。それにコースは甘かった。俺が大人なら絶対に止められていたよ」
守谷の発言に星島が答えた。先日は玉緒の叔父が所属するJリーグのチームである北海道コーレンの試合が行われていた。その試合を星島や守谷、月岡は見ていた。
「まぁ叔父さんだってもう引退するかもって言っていたし、少しは大目に見てやってくれよ」
「? なんで修斗がそんな事言うんだよ」
「あれ? 言っていなかったか。俺は久遠秀明の甥っ子だよ」
玉緒の発言に星島が疑問を持ち、それに玉緒が答えると三人は一斉に動きを止めた。まるで時間が止まったようであった。
「? どうしたの? みんな?」
「修斗、この前のセレクションに来ていたのは叔母さんだって言っていたよね? だったら修斗のお母さんって千早って名前じゃないの?」
「そうだね、そういえば母さんもサッカーやっていたって言っていたな」
「!」
月岡はとても驚いていた。そして玉緒の母親が千早という事実を口にした瞬間、星島と守谷も驚愕していた。
「そうか、そうだったんだね修斗! どうりでサッカーが上手いはずだよ! あの女神のストライカー久遠千早の子供なら当然だよね!」
「へぇ、翔真は俺の母さんのこと知っているんだな」
「当たり前だろ! 俺が生まれる前だけど、日本の女子サッカーが世界一まで大手をかけた時のエースストライカーで得点王だよ! サッカー本気でやっている人なら絶対知っているよ!」
月岡は玉緒の母である千早がどんな人なのかを訊いてきた。星島も守谷も玉緒の母親に興味津々だった。
「千早選手も事故さえなければ、世界最優秀選手のゴールデンフット賞女性部門も取れたのになぁ・・・」
「そ、そうなんだ・・・」
「修斗! 今日、家に行ってもいい?」
「・・・母さんに会いたいだけだろ」
そのまま月岡達は急遽玉緒家に向かうことになった。そして自分の住んでいるマンションにたどり着くと千早が迎え入れた。千早は自分の息子が友達を連れてきたことに感動していた。
「すごい・・・本物の千早選手だ・・・」
「あぁ、そうだな」
「俺! 千早選手に会えて嬉しいです! あの、サインもらえますか?」
千早に会った三人は三者三様の驚き方をした。月岡は感無量な表情をして、星島は息を飲んでいた。守谷に至ってはサインをもらおうとしていた。
「え? 私のでいいの? もう引退しちゃっているけど・・・」
「いいんです! 女子ワールドカップ得点王のサインがほしいんです!」
守谷はリュックからノートを出して千早からサインを貰っていた。そしてそれを大切にリュックにしまった。その後、玉緒達はみんなで談笑をして時間を過した。
「あら、もうこんな時間だわ。翔真君、篤君、健太郎君。親御さんが心配するからもう帰りなさい。修斗はみんなを送ってね」
気づけば夕方になっていたので、千早選手と談笑する会はお開きとなった。玉緒は三人を外まで送った。
「修斗、ありがとうな」
「え・・・何だよ、翔真。急に・・・」
「いや、なんとなくさ・・・知っているか、千早選手が悲劇の選手って言われているの」
「・・・」
「もし俺が千早さんの立場だったら絶対に立ち直れない。でも今日の千早さん、お前のサッカーの話をしている時はほんとに嬉しそうだった。だからなんとなく感謝かな」
玉緒達四人は笑いあい、そのまま三人は自分の家に帰っていった。そして玉緒はその足でリビングにいる千早の元へ向かっていった。
「母さん、俺、サッカー頑張るよ」
「・・・そう、ありがとうね」
玉緒は本気でサッカーをすることに決めた。大川サッカー少年団で勝利し続けることを目標に設定して入団の日を迎えようとしていた。