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20.驚き

「じゃあまずは浅川あさかわ久森ひさもり! 準備はいい?」


「「はい!」」


(へぇ、あの女の子は浅川さんって言うんだ)


玉緒はそんなことを思いながら50m走の準備をしていた。そして監督の大川は本日、夫のスポーツ用品店でアルバイトをしている大学一年生の山崎と前田にサポートを依頼していた。大川サッカー少年団は大川スポーツ用品店が運営をしているため、アルバイトにはこのチームをサポートする内容も含まれていた。


「じゃあ綾香。右側の子のタイムをお願い。私は左側の子のタイムを取るから」


「分かりました!」


大川と山崎はストップウォッチを持ってゴール地点まで向かった。そして奇数番のリブスを着ている人を大川が、偶数は山崎が担当をした。


「1番、浅川希あさかわのぞみ! タイム8.80!」


「2番の久森亮ひさもりりょう君は8.91です!」


(おっ! 久森はようやく9秒台を脱してくれたか! それに浅川もしっかりとタイムが伸びているな!)


大川は自分たちが教えている子供達の成長に感激していた。今年は人数が少なく、大会に出場出来なかったが、来年度は確実に参加できる。そのことを楽しみにしていた。


「では次の測定をする! 準備しろ!」


大川は大きな声で選手達に指示を出した。選手達は大きな返事をして走る準備をしていた。そしてスターターを努めているのは前田であった。


「セット! ゴウ!」


そこからしばらく在籍メンバーの測定が行われていた。大川はみんなちゃんと大会に出られないながらも練習は続けていたことに関心をしていた。そしていよいよ新入団員の番になった。


「9番、月岡翔真! タイム8.13!」


「10番の星島篤君は8.15です!」


(ふ、二人共速いな・・・流石スペイン帰りか)


大川は興奮していた。こんなすごい子供達を指導できるのはまたとない機会。指導者としての血が騒いでいた。そして大川はこの二人をどう育てようか考えにふけっていたが、それは次の男子によって吹き飛ばされる。


(! 左側の子、速い!)


「11番、守谷健太郎! タイム、8.68!」


「じゅ、12番の玉緒修斗君は・・・7.67です・・・」


その瞬間、月岡や星島、守谷を除いた全ての者が驚愕をあらわにした。しかし当の本人である玉緒は何食わぬ顔でもう一度走るためにスタートラインに戻っていった。


(7.67か、自己ベスト更新だな!)


「修斗、とうとう自己ベストが出たね」


「そうだな。翔真だってもう少しで7秒台にいけるんじゃねぇか?」


「そうだね、残りの二本で出るように頑張るよ!」


玉緒は地味に学年でもトップクラスに速い子供へとなっていた。月岡や星島から走り方を習い、毎日欠かさず走っていたこともあって身体能力が少しずつ上昇していた。ちなみに玉緒は足が速くてもモテることはなかった。月岡の人気と地味な顔がネックになり、女子から声をかけられることはなかった。早乙女を除いては。


「ほら、二人共戻るぞ。二本目がスタート始まるらしい」


星島に言われた玉緒と月岡は小走りでスタートラインへ戻っていった。その後、二本目と三本目を走ったが、月岡は見事に最速7.98秒をだした。そして玉緒は一本目がベストであったが、二本目は7.74秒で三本目は7.75秒を出し、大川達を驚かせていた。


「詩織さん! あの玉緒って新しく入った子、すごく速いですね!」


「そうだね、でも綾香。サッカーは陸上競技じゃないは知っているでしょ? 足が速いだけじゃダメなの。ボールを持った時にどれだけ速いとか、トップスピードにどれだけ早く乗れるかとかそういう部分が重要よ」


実際玉緒ほど足の速い子供はいないが、足の速い子供はクラブチームに多数いた。しかし、その子供達が全員すごいサッカー選手かと言われるとノーだった。


(とはいえ、あの足の速さは魅力的だわ。ドリブルとかをちゃんと教えれば即戦力になる。楽しみだわ)


大川は玉緒という少年の成長を楽しみにしていた。しかし、それはいい意味で裏切られることになった。


「・・・マジ?」


大川は驚愕していた、玉緒のドリブルの速さに。もちろん50mのタイムよりは少し遅いが、それでも大川の知る限りではトップクラスに速かった。なによりただ速いのではなく、細かくボールのタッチができており、自分がコントロールできる距離でボールをしっかり維持できていることに驚いた。


(障害物も的確に少ないタッチでボールコントロールして躱している・・・この子、確か初心者って言っていたけど、本当なのかしら?)


大川はサッカーが好きで、代表戦やJリーグのみならず、偵察のためにクラブチームの試合すらチェックをしていた。しかし、大川の記憶には玉緒という選手はいなかった。この技術の選手がどこのクラブにも属していないのは考えられないと思っていた。


(うーん、どういうことかしら? クラブチームで素行が悪くて追い出されたとか? でも今のところそんな感じには見えないし。うーん・・・)


大川は考えても結論が出ないので、そのままパスのテストへと段階を進めた。そして大川は特にスペインでサッカーをしていた月岡と星島、そして謎に上手い玉緒をよく観察していた。


(さすがスペインでやっていたことだけあるわね。二人は申し分ないパスの能力だわ。でもそれと遜色しないレベルのパスを出せる玉緒君って本当に何者?)


大川は玉緒を疑問に思いながらも本日のメニューを全て行った。本日はこれで練習が終わりのため、それぞれ帰り支度をしていた。そこに大川は近づき、玉緒に話を聞いた。


「ねぇ玉緒君? 君はどこのスクールでサッカーやっていたのかな?」


「え? 俺ですか? 俺は別にサッカースクールなんて行ってないですけど・・・」


「えぇ! ・・・本当?」


「いや、嘘ついてどうするんですか・・・まぁ遊びとかでやっていたことはありますけどね」


大川は玉緒の言葉を疑問に思ったが、確かに嘘つくメリットなんて何もなかった。大川は玉緒が真実を語っていると判断した。しかし、それが余計に大川の疑問を強くした。


(習っていないのになんでこんな上手いの?)


「大川監督。修斗がサッカー上手いのは俺達が基本的なことを教えたのと、血筋だと思います」


「どういう事? 月岡君?」


月岡は玉緒に自分と星島が基本的なことを今日までに叩き込んだこと。そして玉緒があの天才的なストライカー久遠千早の息子であることを伝えた。


「え! 本当! あの千早さんの息子さんなの!」


「詩織さん、千早選手って詩織さんの一番憧れた選手ですよね?」


「そうよ、綾香! 私と三個上でで女子ワールドカップ準優勝に導いたストライカーよ! 私達の世代で憧れなかった人はいないわ!」


大川自身も高校まではサッカーをやっていた。しかし芽が出るような選手ではなかった。そのため高校以降ではサッカーをやらなかった。そんな彼女がテレビを見て、ワールドカップで活躍する同年代の千早に憧れ、指導者を目指すようになった。


「・・・まぁ、俺の親は親です。俺は自分にできることを精一杯やってきます」


「そうね、私も千早さんの子供だからといって贔屓はしないわ。じゃあ頑張りなさい。うちは実力重視のスポーツ少年団。保護者からいろいろと言われたけど、そこだけは変わらないから」


大川は玉緒にそれを伝えて山崎達が行っている片付けに加わった。そして守谷を加えた四人は近くの公園でそのままサッカーの練習を続けた。

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