「ピピーッ! 前半終了、0対0ね。10分休憩後に後半を始めるわよ。両チーム交代メンバーがある場合はハーフタイム終了前に私に教えること」
結局前半は両チーム0点で試合を終えた。相手チームは月岡のプレーを見て月岡を徹底的にマークした。特にシュートを撃たれないように細心の注意を払っていた。しかしそれでも月岡はドリブルやフェントで相手の選手を抜き去り、シュートを撃てる的確な選手へとパスを出していた。しかし残念ながらパスを受けた選手がなかなかゴールを決めることができずに得点ができなかった。また月岡が起点となることでしかチャンスを作れず、シュート数は伸びなかった。
(それにしても本当にあの二人はすごい・・・月岡君は的確にパスを出すし、シュート数は明らかに上級生チームの方が多いのに、星島君は一本もゴールに入れさせないなんて・・・)
一方で相手チームはチャンスを作ることが多かった。大川SSのシュートを外してからのカウンターも多く、ゴール前まではボールを運ぶことができていた。しかし星島が相手チームのシュートをことごとくブロックしたため、得点ができなかった。
(月岡君とうちのストライカーの浅川さん、それに星島君がいれば二次リーグ突破も夢じゃないかも!)
大川は来年度のチームに期待を膨らませていた。どういう事情があるにせよ、天才的なサッカーの才能を持った二人がいるというのはチームにとって心強いと考えていた。そして大川イレブンの面々はミーティングをしていた。
「えー、私変わるの?」
「そういうな、浅川。玉緒はFW志望だ。ならば最初はFWをやらせるべきだ。すまんが、これは決定事項だ。来年度のチーム作りを込めた試合だからな」
大川SSは全員が円になり、ミーティングをしていた。後半も同じような作戦で責めることが決まり、FWの位置に浅川を交代させて玉緒が入ることになった。
「あんた! なんでFWなのよ。別のポジションにしなさいよ」
「・・・えぇ」
浅川は男勝りな性格だった。自分は男子達よりも努力をしてきた。いずれ男子には勝てなくなることは分かっていたが、アンダー12までなら対等に戦えると自負していた。そのため、まだ1本もゴールを決めていない自分に少々苛立っていた。
「こら、浅川。そこまでだ。さっきも言ったが、これはあくまでも今の俺達の実力を確認するために行っているんだ。本人の希望するポジションで試合をするのは当たり前だ」
「・・・ごめん」
久森に注意をされ、浅川は引き下がって玉緒がいたピッチの外で座った。表情は残念ながら納得はしていなかったが。
「玉緒。後半も4—2—3—1でいく。ワントップだが、やれるな?」
「大丈夫ですよ、ちゃんと仕事をしますから。じゃあ俺はもう少しアップします」
玉緒は久森に伝えると追い込みのアップを始めた。そして玉緒と話し終えた久森は月岡と星島が会話しているのを見つけたため、知りたかったことを確認した。
「月岡、星島、なんでうちなんか来たんだ? お前らの実力なら引く手数多だろう。それこそプロを目指すならクラブチームかJ1とかのジュニアチームに行った方が良かったんじゃないか? もしかして家庭事情か?」
「・・・久森君、後半を見ていたら分かるよ」
「翔真の言うとおりだ。まぁ俺は強いチームと闘いたかったって理由もあるんだけどな」
「?」
久森は二人の回答を聞いても分からなかったが、それを深く聞く前に大川からハーフタイムがもうすぐ終了するという合図があった。久森はメンバー交代を伝えて、相手チームからのキックオフから試合が始まろうとしていた。
(さてみんなはどう出るかな? 後半も相手チームは月岡君を徹底マークするだろうから得点に絡むのは難しい。浅川さんの代わりに入った玉緒君がどうサポートして決めるかね)
大川はそんなことを考えながらセンターサークルに行き、相手チームのFWにボールを渡した。そのころ大川SS側のピッチでは月岡が玉緒に近づき話をしていた。
「修斗、見せてやろうぜ。お前の力を」
「まぁ力を見せるというか、自分の仕事は全うするよ」
「そうだな、修斗はそうだもんな!」
月岡は玉緒の背中を叩き、自分のポジションへと戻っていった。両チームがポジションについたのを確認した大川は後半20分の開始を告げるホイッスルを吹いた。
(さて、行きますか!)
玉緒は自分の心が高ぶっているのを感じていた。夏休み明けから月岡と星島によって基本的なサッカーのことについて教えられて、幾度も練習を共にしてきた。しかし学校の昼休みでも玉緒はサッカーをしていなかったため本格的な試合はまだしたことがなかった。そのため、今の自分の力がどれほどのものか知りたかった。
(向こうのチームはまずボランチに回して前線が上がるのを待っているんだな)
玉緒の考え同様、相手チームは2枚いるボランチの一人がボールをキープしてじわじわと前線を押し上げていた。それを見た玉緒は相手のボランチプレッシャーをかけに行った。すると相手ボランチは左SBへとパスを出した。そして左SBはハーフライン近くまで行くと、逆サイドのSHへとパスを出した。大川SSの守備は左側に流れ気味であり、パスは通ってしまった。
「行かせない!」
「ちっ!」
しかし大川SSのボランチである久森が相手のSHのマークにつき、ボールを奪おうとしていた。そこに右のSBである石森が加勢に入る。しかし二人に囲まれる前に相手のSHは相手チームのもう一人のボランチへとバックパスをした。すかさず大川SSのSHの笹本が詰めるが、笹本はすぐに前のFWへ縦のパスを通した。相手のFWはパスを足元でトラップして前を向くが、すでにボランチの笹本とCBの斎藤が詰めた。
(ちっ! 同じ少年団の選手のくせに寄せが早い! トップ下は月岡っていうやつのマンツーマンについているし、ここはポストプレー・・・いや、突破!)
相手FWはこれ以上大川SSの守備の枚数が増える前にドリブルで躱し、シュートに持ち込もうとしていた。しかし2対1の状況で相手FWに突破できる技量はなかった。CBの斎藤がFWから上手くボールを奪った。
「こっちです! パスを!」
月岡は相手のトップ下にマークされながらも自慢のスピードで距離を開けて戻ってきた。それを見た斎藤はすぐさま月岡へパスを出した。月岡はそれをワンタッチで前を向きながら足元でトラップした。
(すげぇな、こいつ。足元の技術は大人に負けていないんじゃないか?)
遅れて月岡の元に来た相手のトップ下が正面に立つ月岡を称賛した。月岡の技術はすでにトップレベルといっても過言ではなかった。ドリブル、パス、シュートどれも一級品であるということをすでに相手チームは実感しており、相手チームながら称賛をしていた。
(だがここでパスはないだろう。まだ大川SSの前線は戻っていない。後ろにパスすることは一番ないだろう。さて、抜かれないように適切な距離を・・・)
相手のトップ下は自身の経験上ではパスの選択は無いと思った。そのため、ドリブルに対処できるように少しだけ距離を取ってしまった。しかし月岡はそれを見逃さなかった。
(! パスだと! しかもロングパス! 誰に!)
月岡はその場で縦のパスを選択した。大川SSの陣内にいた選手たちは誰もが驚いた。てっきり、ドリブルテクニックで相手のトップ下を抜くものだと思っていた。
(じゃあ修斗、1点頼むよ)
月岡のパスは最前線にいた玉緒の元へ一直線だった。しかし相手チームのDFはこれが成功しないと踏んでいた。なぜなら玉緒は身体を正面に向けたまま、顔だけ一瞬ボールを見た後、そのまま前を向いていたからだ。
(あの可愛い女子に変わって入ったこいつ、自分にパスが来ていること分かっていないんじゃないか?)
玉緒をマークしていた相手チームのDFはそんなことを考えていた。しかしそれは大きな間違いだった。
トンッ!
(はぁ!)
玉緒は足のかかとでボールをトラップし、そのまま相手CBの背を超えるようにボールを浮かせて自分は相手を抜き、ちょうど自分の前にボールを落とした。そしてそのままゴールへとドリブルで進んだ。
(こいつ速い!)
相手CBはすぐに玉緒を追ったが、CBは玉緒に追いつけなかった。しかしその前に相手チームのもう一人のCBが立ちはだかった。そして近くには相手チームの両方のSBがサイドを警戒しながらも詰めていた。さらにGKも詰めていた。
(前二人・・・サイドにはまだ誰も来ていないか。ここでボールをキープして待つか?)
玉緒は冷静だった。目の端で両サイドを確認し、ここで前線が上がるのを待つかどうか悩んだ。そして決断した。
(いや、FWの仕事をするか。つか、久々の試合だし、ゴール決めたいからな!)
玉緒はそのままドリブルを加速させた。玉緒のマークについていた二人は驚愕した。てっきりボールキープをして味方を待つものばかりだと思ったからだ。そのため相手のCBは玉緒のボールを奪いに来た。しかし玉緒はまるでお手本のようなダブルダッチという技術でCBを抜き、GKと一対一となった。そしてそこはすでにペナルティエリア内。GKは身体を横にしてボールをキャッチしようとした。だが、その奪い方は奇しくも星島がセレクションのときにチャレンジして奪えなかった方法だった。
(こいつ、マジか・・・)
GKは驚愕した。玉緒はダブルダッチで躱した後すぐに足をボールの下に潜らせて、ボールを浮かせた。そしてそのままボールは無人のゴールへと転がっていき、ネットに収まった。