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24.三人の実力

(え・・・なに・・・え・・・)


大川は混乱していた。今の光景に。月岡が玉緒に向けてパスしたボールを玉緒は後ろを向かず、ボールに背を向けたままでかかとのみでトラップした。それだけでDFを一枚抜いた。驚愕の一言だった。


(何あのトラップ。まぐれ? いや、決してそんなふうには見えない。それにあのドリブル技術はなに? あんな技術があるなら月刊少年サッカーに取材されていない?)


混乱していたのは大川だけでなかった。玉緒と対峙した選手はもちろん、味方の選手まで状況を理解するのに少し時間がかかった。あの三人を除いては。


「流石だな、修斗。ヒールトラップからのダブルダッチで躱して、ループで決める。俺じゃできない芸当だよ!」


玉緒はリスタートするためにゆっくりとセンターサークルへと歩いていた。そして到着すると月岡が玉緒に笑顔で話しかけていた。


「・・・なんなんだ、あいつは?」


「あいつはなんとあの久遠千早の息子なんだぞ!」


「おい、健太郎。あんまり人の家庭事情を本人の許可なく話すなよ」


月岡と玉緒が話している後ろで久森もまた玉緒の技術の高さに驚いていた。思わずそれを口に出すと、守谷が玉緒の家庭事情を話して星島から叱責を受けていた。


「久遠千早? ・・・! あの天才ストライカーか!」


久森は思いだした。自分達が生まれる前の女子ワールドカップで準優勝まで導いたストライカーを。久森は映像でしか見たこと無いが、日本人離れした技術の高さに目を奪われたことを思いだした。


(でも久遠千早は・・・あぁ、そうか。だから少年団か)


久森は納得した。あれだけすごい選手がなぜ少年団にいるのかを。自分と同じような境遇であると理解したからだ。


(久遠千早は事故にあって選手生命を絶たれたってネットに書かれていたな。しかも妊娠中の出来事で、夫は亡くなったって。俺と同じ片親でクラブに通う金がなかったのか。まぁ俺は受かるかどうかわからんがな・・・)


久森がそんなことを考えていると大川がリスタートの笛を吹いた。相手チームは月岡と玉緒を警戒しているため、二人を完全にマークした。しかしそのため、なかなか攻めあぐねていた。そして、しばらくおたがいにシュートがなく、膠着した時間が流れた。しかし、前線に出ていた相手FWが一気に大川SSのオフサイドラインギリギリまで上がった。そしてそれを見た相手チームの左SHが展開をした。そのため大川SSの守備が左よりになってしまった。それを見た相手チームのボランチが逆のSHへパス出した。しかしそれは久森によってカットされた。


「久森先輩! こっちに!」


星島は久森にバックパスを要求した。久森は星島にボールを渡し、星島はそのボールを前線へと蹴り出した。それを見た玉緒はボールを追い、胸のトラップをしてそのボールを前に落とした。そのまま玉緒は敵陣を中央突破した。


(行かせないよ!)


玉緒は一人を抜かしたが、二人に囲まれてしまった。そこで玉緒は一度ドリブルをやめ、DFに背を向けてポストプレーをした。


(クソ! 全然取れん!)


玉緒は前線が上がるのを待った。そしてその時が来た。月岡についていた相手のトップ下が一瞬玉緒方へ行こうか迷っている隙に月岡が走り出した。玉緒はそれを見ると、ボールを足の裏で引き寄せてから足の甲でふわりとパスを出した。月岡はそれを胸でトラップするとそのままドリブルをしてサイドへ駆け上がった。


(シュートは打たせん!)


SBとSHが月岡につくが月岡はそのまま左足でクロスをあげた。そしてそれに反応したのはやはり玉緒。玉緒は見事なジャンブでヘディングを決め、点差を2対0にした。


■■


(信じられない。確かに体格は星島君の次くらいにいいけど、すごいジャンプ力ね。ヘディングも正確。これはとんでもない逸材ね)


大川は月岡とゴールを分かち合っている玉緒を見て感心していた。スペインで経験を積んだ月岡と星島、そして圧倒的なストライカーとしての素質を見せた玉緒。この三人がいれば二次予選突破も現実になるのでないかと思っていた。


(残り時間は5分弱。これはもう私の大川SSの勝ちかな)


実際、試合はそのまま進んで相手チームは星島から得点を奪うことができずに終わり、2対0で練習試合を終えた。


「みんなお疲れ様! とてもいい試合だったよ。在籍メンバーも力を出していたし、なにより新入団員の力が思った以上だったことに驚いたわよ」


大川の言葉を大川SSのメンバーは黙って聞いていた。そしてその言葉に全員が頷いた。実際、星島、月岡、玉緒は驚きの活躍をした。星島は相手チームのシュートをことごとく防ぎ、月岡は圧倒的なテクニックで相手を翻弄してボールを運んだ。玉緒に至ってはいとも簡単にゴールネットへとボールを刺していた。誰もがその三人は別格だということをわからされた。


「明日は各自しっかりと身体を休めるように。そしてこれからはこのメンバーで来年の少年サッカー関東大会予選や全国Uー12サッカー大会に挑むことになる。みんなは一心同体、しっかりとコミュニケーションを取るように!」


大川イレブンの面々は大きな返事をした。ここからはUー12サッカー大会の予選を勝ち残っていない限り、来年の新チームの仕上げに使う期間だった。


(よし! ここからもっと上手くなって、試合で活躍するぞ!)


玉緒は気合を入れた。今日の試合を通して自分はサッカーが好きだと身を持って痛感した。この先の練習や試合で上手くなりたいと思うようになっていた。


「・・・先にこの場で全員に伝えておく。私達大川サッカー少年団は来年の関東大会予選、初の二次予選突破を目標とすることにする。少年団での二次予選突破はいまだかつてない。私は今がそれを狙う時だと思っている」


少年サッカー関東大会。全国Uー12サッカー大会でも同じだが、大川SSが西東京地区代表に選ばれるためには数々の闘いを行わなければいけなかった。リーグ戦とトーナメント戦。これらを勝ち抜く必要があり、大抵はJ下部のジュニアチームや強豪の街クラブが代表となっていた。少年団での代表はいまだかつていなかった。


「もう一度いう。私達大川SSは実力でスタメンを選んでいく。メンバーが11人を越えた今、誰がスタメンになるかは分からない。それにこれからまた新入団員が増えるかも知れない。全力でスタメンを取りに行け!」


「「「はい!」」」


玉緒達は全員大きな返事をして、帰るための準備をした。

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