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25.入って良かった

「玉緒、ちょっといいか?」


「? どうしたの? 久森君?」


玉緒は帰り支度をしていると久森に話しかけられたので、作業を止めて久森と隅の方へ移動した。


「お前、あの久遠千早の息子なんだってな」


「あー、健太郎とかから聞きました? まぁ別に隠すことも無いと思いますし。もしかして久森先輩って母さんのファンとかですか?」


「いや、まぁファンではあるが。俺が聞きたいのはどうしてそんな人物が少年団に居るのかって言うのを聞きたくてな」


「えーと、まぁ理由はお金かな」


玉緒は久森に少年団に入ることなった経緯を説明した。千早が足の障害のために障害者雇用のパートが精一杯のこと。千早の妹とも暮らしてはいるが、経済的に余裕はなかったため、クラブチームへの入団は断ったことを伝えた。


「そうか、やっぱり俺と同じか・・・」


「同じ? もしかして久森君も片親?」


玉緒が尋ねると久森は自分の家庭事情を話した。


久森の父親と母親が離婚し、母親とその祖父母で暮らしており、自分も経済的にクラブチームに行くことが困難だったということを教えた。だが、それでもサッカーがやりたいため、少年団への入団をした。


「まぁ俺に関してはクラブチームに受からない可能性の方が高かったがな」


「へぇ、そうなんだ」


「・・・お前は悔しくないのか?」


「何が?」


「今日の試合を見る限り、俺はお前ならプロ選手になれるんじゃないかと思った。でもプロ選手の殆どは小学生の時点でクラブチームかジュニアチームにいる。お前はそれに受かることもできるのに少年団にいて悔しくないのか?」


「いや、別に」


玉緒があっけらかんとして答えたため、久森はキョトンとした表情をした。玉緒はそれが不思議だった。


「俺はサッカーができれば環境なんて気にしないし、なによりプロになる人が全員子供のころからエリートだったの?」


「それは・・・」


「プロになるかならないかは一旦置いて、久森君は大川SSに来たことを後悔しているの?」


「そんなわけ無い。むしろここじゃなければ俺は何も成長していなかったからな」


「それが答えなんじゃないの? 俺もこの少年団は気に入ったよ。絶対に来年関東大会に出場しよう! そして全国Uー12サッカー大会にも出場しようよ! 頑張ろう!」


「・・・あぁ! そうだな! 悪かったな、時間を取らせて。絶対に出場しような!」


玉緒と久森は固く握手をした。玉緒久森がとてもいい人で頼りになる人だと思った。玉緒は久森に分かれを告げて、帰り支度をして月岡とともに帰路についた。


「修斗、どうだった? 大川は?」


「うん! やっぱり大川SSにしてよかった!」


「俺もだよ! 絶対に来年関東大会に出場しような!」


「あぁ、翔真。そのためには来年二次予選を突破しないとな!」


玉緒と月岡は大川SSの練習が終わった後、帰る途中の公園でパス交換をしながら今日の試合の感想を言い合っていた。


「今日ボランチやっていた久森君はいい選手だね。足元のトラップが上手かった。いつでもサイドチェンジできるように練習しているのが分かったよ」


月岡は久森を褒めていた。どうやら足元の技術が高かったらしい。


月岡いわく、パスを貰ったら必ずパスから遠い方の足でトラップをしていたという。あれはパスの方向とは逆の方向にすぐパスを出せるようにするためのもので、ボランチにはあってほしい技術だと玉緒に教えていた。


「それにCBとの斜めの関係を作ろうとしているのも良かった。相手を見やすいようにして、CBとFWのためのスペースを開けようとしているのが分かった。あれは大分練習している証だね」


「へぇそんなんだなぁ」


玉緒はあまり分かっていなかったが、久森は選手としてもすごいということを理解した。玉緒はFW以外のポジションの事はさっぱりわからないが、ボランチのことを理解している月岡は本当にサッカーが好きなんだなって思っていた。


「修斗は? なんか感想とか、あの選手良かったとかあった?」


「俺は浅川さんかな? 女子であそこまで男子のDFと渡り合おうとしている姿勢はシンプルにすごいと思った。今日もあとすこしでゴール出来そうだったし」


後半は玉緒と交代してしまったが、前半の最初に月岡からパスを受けてのシュートに力があったと玉緒は感じていた。あれは確実に練習をしてボールを蹴っていた証。彼女は本当にエースストライカー何だと感じていた。


「確かに彼女がチームのストライカーだよね。良いライバルがいてよかったね、修斗」


「そうだな!」


玉緒達はそのまま日が落ちそうな時間までボールを使って戯れてそれぞれ自転車で帰宅をした。そのまま母親と茜にも今日の感想を述べて、次の日の登校に備えた。そして登校をするとあっという間に昼休みになり、いつものようにクラス全員が月岡のサッカーを見にグラウンドへと赴いていた。


「で、どうだったの? 試合は?」


「もちろん勝ったよ。しかも俺が2得点。思ったよりもサッカーは楽しいよ!」


 玉緒はこちらもいつものように早乙女と二人きりになった教室で談笑をしていた。


「いい顔しているね、ますます好きになるわ?」


「えーと、その・・・」


「あと先に言っておくけど、浮気はダメだからね。もししたら・・・どうなると思う?」


「・・・」


玉緒は早乙女の笑顔の裏にある怖さに気付き、絶対に早乙女には逆らえないということを理解した。そんなこんなで玉緒は放課後に大川SSでサッカーをやるようになった。そしてそのまま時が経ち、玉緒達は小学6年生になった。4月には新たに五人の新入団員を迎え、大川SSは17人になり、大川SSは関東大会に向けて5月に合宿をすることになった。

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