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26.田中、振られる

「ねぇ翔真君! GWって暇? 一緒に遊びに行かない?」


「あっ! ずるい! 私も遊びに行きたい!」


「私もー!」


新年度になり、よりクラスの女子達は月岡へのアプローチを強めていた。最終学年のしかもGWという長期休日のため、多くの女子が月岡とのデートを望んでいた。


「ごめんね、GWは大川SSの合宿があるんだ。俺はそっちに参加するから」


「はっ! 少年団なんか合宿したところで俺達のような街クラブには勝てないだろうよ!」


月岡はデートに誘ってきた女子達に合宿があるから参加できないことを伝えると、それを聞いていた田中が月岡に突っかかってきた。


「田中! それはないんじゃない! 翔真君が入れば勝てるもん!」


「そうよ! あんた、月岡君にサッカーで一度も勝てていないでしょ!」


「そ、それは・・・ちっ! でもな、長い目で見れば上手くなるのは俺だ! そしてプロになるのもな!」


「アハハハ・・・」


月岡は苦笑いをした。田中がこうまでして月岡に絡む理由は、女子からチヤホヤされて嬉しいというだけでなく、あることがきっかけであった。そしてそのきっかけが登校してきた。


「あっ! 姫乃ちゃんだ」


「本当だ・・・」


「ねぇ、あの噂って本当なのかなぁ。だとしたら私達に勝ち目はないよね・・・」


早乙女姫乃が登校してくるとクラスの雰囲気が変わった。早乙女はあれからよく雑誌でモデルのような仕事をしていた。正式に契約していないため、読者モデルとなっているが、すでに男子の人気は高まっていた。そしてそれと同時に月岡と付き合っているのではないかと噂されていた。


「だって、芸能事務所のスカウト受けた時、彼氏がいるから入らないって答えたらしいし」


「そうだよね。姫乃ちゃんと付き合えるとしたら月岡君ぐらいだもんねぇ」


「うん。それくらいしか釣り合わないよねぇ」


(悪かったな、釣り合わなくて)


玉緒は自分の周りの女子達が会話しているのを聞いていた。早乙女は何度も大手の芸能事務所からスカウトされており、モデルやアイドル、女優という選択肢が与えられていた。しかし早乙女はどのスカウトも断っていた。理由は彼氏と一緒にいたいからの一点張りだった。それを聞いたクラスメイトは早乙女と釣り合うのは月岡だと断定し、噂が流れていた。


「な、なぁ、早乙女さん。か、彼氏って本当にいるの?」


早乙女が自分の席に座ったことを確認した田中が早乙女に近づき、彼氏の真相を聞きに行った。クラスはその質問の答えに興味津々だった。


「いるわよ」


「!」


その答えに田中はうろたえた。そしてその答えを聞いたクラスメイトもざわざわしていた。特に女子には諦めという表情が多かった。


「そ、そいつってどんなやつ?」


「サッカーが上手い人」


その答えに玉緒を除いたクラスメイトが月岡の方を見た。クラスの女子は明らかにため息をつき、男子達は月岡なら仕方がいないというような表情をした。


「くっ! で、でもさ! 月岡より俺の方がプロになれる可能性あるぜ! 俺に乗り換えろよ!」


クラスメイトは心のなかで「こいつすごいな」と思っていた。誰もが諦めるような状況でも諦めずに自分が彼氏にふさわしいということを伝えられるメンタルに。そしてそれを聞いた早乙女は疑問の表情をした。


「? なんでそこで月岡君が出てくるの?」


「えっ? だって月岡と付き合っているんじゃ・・・」


「私は月岡君とは付き合っていないわよ。付き合っているのは別の人だけど?」


その早乙女の答えにクラス中が驚愕の声を出した。質問をした田中ですら驚いていた。そして答えた早乙女はそんなことを気にせずに準備を進めた。


「じゃあ! 誰なんだよ! 絶対そいつより俺の方がいいぜ! 俺の方がサッカー絶対上手いから!」


「・・・はぁ。なんでそんなことをあなたに言わないといけないの? 第一、私はサッカーの上手さで付き合っているわけじゃないわ。その人自身を愛しているの。だからあなたには全く興味ないから!」


「・・・」


田中は早乙女の言葉によって恋心を打ち砕かれた。クラスメイトの前で完全に振られてしまい、クラスメイトも田中にかける言葉がなかった。そしてチャイムが鳴って、なんとも言えない雰囲気のまま今日が始まり、昼休みを迎えた。


「あっ! 玉緒君、これ落としたよ」


「えっ・・・あっ、どうも」


昼休みになったが、今日は雨が降り始めたためにサッカー観戦でクラスメイトが出払うということはなかった。そのため、いつものように玉緒は早乙女と二人きりになれないと思ったが、玉緒の席に近づいてきた早乙女が玉緒の机の前でメモ用紙を落として渡した。


【体育館の近くにある多目的トイレのところまで来て】


玉緒はそのメモを受け取った後、すぐに席を立ってメモ用紙の場所へと向かった。その多目的トイレのある場所は奥まったところにあるため、めったに人は来なかった。そしてそこについた玉緒は廊下からちょうど見えない位置の壁に腰掛けて座った。するとしばらくして足音が聞こえて、早乙女が姿を現した。


「修斗、待った?」


「いや、大丈夫だよ」


この場所はクラスに人がいる時に、最近よく二人がくる場所であった。早乙女は玉緒と同じように腰掛けて隣に座った。


「最近どうなの? 修斗。サッカーは順調?」


「そうだね。去年の秋ごろから今までずっと練習してきて、自分で言うのも何だけど、上手くなったと思う。今度のGWの合宿では監督から試合をたくさんするって言われているから今から楽しみだよ」


「ふふっ! 顔がもう楽しそうだもんね! なんか嫉妬しちゃうな、修斗がサッカーに取られたみたいで」


早乙女は少し寂しくもあるが、玉緒がサッカーを心のそこから楽しめているという事実を聞き、自分のように嬉しく思っていた。


「それより、姫乃。本当にいいの? 芸能界からスカウト受けているんでしょ? そっちの道の方がいいと思うけど?」


「いいの! 私はずっと修斗の隣にいたいのよ。例え修斗がどんな道に行ったとしても、働かなかったとしても私はずっと味方でいるから」


早乙女は玉緒の腕に抱きついた。そして玉緒はそのことに驚いた。腕に早乙女の柔らかい感触があたり、ドキドキしていた。


「・・・ねぇ姫乃。どうして俺なの? 確かに俺は姫乃を事故から守ったかもしれない。でも、それは昔のこと。もしそれで俺と付き合っているなら無理しなくてもいいよ」


「・・・無理なんてしていないよ。私は運命を感じたの。最初は助けてもらったことで好きになったのは間違いないよ。けど付き合って、修斗のことを知っていくたびにこの人のことを好きになって良かったって思えた」


「・・・ありがとう」


「だから、絶対に浮気は許さいないから」

「え!?」


 玉緒の腕に抱きついていた早乙女の力が強まったのを感じた。玉緒は恐る恐る早乙女の顔を見ると笑顔のままだが、怖いオーラが出ているのを玉緒は感じ取った。


「月岡君から聞いたけど、大川SSの浅川さんとは仲がいいようで。まさかとは思うけど、選手としての感情とは別で、男としての感情を抱いてはいないでしょうね?」


「いや! そ、それはないよ・・・」


早乙女の指摘通り、同じストライカーの浅川と玉緒はよく会話をしていた。お互い良いライバル関係であり、時には二人きりで話すような場面もあった。そしてそれは傍から見ると男女の関係にも見えるような雰囲気ではあった。


「と、というか。翔真と話すんだね?」


「えぇ。月岡君には修斗が浮気しないかどうか監視してもらっているから。私は練習に参加できないからね」


実際これが月岡と付き合っているという噂が立った要因でもあった。早乙女は玉緒から女子がチームにいることを聞いて、こっそりと月岡に依頼をするために話しかけていた。


「そ、そうなんだ・・・心配させないように気を付けるよ・・・」


「・・・まぁいいでしょう。今のところ、特に向こうからのアプローチはなさそうですし」


そんな話をしていると、チャイムが鳴ったので玉緒達は別々で教室へと戻っていった。そしてそのまま時が経ち、合宿当日となった。

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