目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

27.合宿スタート

「月岡さん、修斗のことよろしくお願いします」


「いえいえ、玉緒さん。困った時はお互い様です。では責任を持って合宿場まで送迎しますよ」


千早はマンションの駐車場で月岡の父親にお礼を述べていた。大川SSは少年団なので、送迎バスなど無い。合宿場までは保護者の送迎が必須であった。しかし玉緒家は車を持っていない。電車で行けなくもないが、それだと子供だけじゃ危ないため、困っていたところ月岡家から連絡があって玉緒の送迎をしてもらっていた。


「じゃあ母さん、行ってくるよ」


「修斗、怪我には気をつけて。あと監督の言う事を聞くんだよ」


「分かっているよ。じゃあ行ってくるよ!」


「気をつけてね・・・」


玉緒は母親と会話をした後、月岡家の車に乗り込んだ。中にはもちろん月岡がおり、玉緒と月岡は二人で会話をしながら合宿場へと向かっていた。


「玉緒君、どうだね? サッカーは楽しいかい?」


「え? そうですね、楽しいですよ。特に翔真君は的確なパスを出してくれるので、僕はゴールを決めやすいです」


「パス出して確実に決められる修斗もすごいけどな」


「そうか、それなら良かった。息子のわがままで無理やりやらされていないようで何よりだ」


月岡の父親は玉緒がもしかしたら息子のわがままに付き合わされているのではないかと考えていた。しかしそれは杞憂で、玉緒が自分の意思でサッカーをしていることに安堵と喜びを感じていた。


(翔真が一緒にサッカーがしたいという程の才能。私も見てみたいな。大会が楽しみだ)


車で合宿場に向かう三人は車内で談笑して楽しいひと時を過していた。そして車は合宿場のある地域へと到着した。


「へぇ、合宿場で結構大きいし、ピッチもたくさんあるんだな」


「そりゃあね。行くよ、修斗。遅刻するよ」


玉緒達は合宿場前に集まる大川SSのメンバーの所へと向かっていった。すでにたくさんのメンバーが集まっており、玉緒達が集合するとすぐにみんな集まった。


「よし、みんな揃ったな。では合宿場に入るぞ。部屋割りは基本4人一部屋だ。もちろん男女別な。割り振られた部屋に荷物を置いたらピッチに集合だ。詳しい話はその時にする」


大川SSの面々は合宿場の部屋にそれぞれ入室した。基本学年単位で部屋が割り振られており、玉緒は月岡、守谷、星島と一緒の部屋となっていた。


「よっしゃあ、練習だ!」


「おい、健太郎。ちゃんと荷物を整理してから行くぞ」


星島が守谷に注意したため、守谷はちゃんと荷物を片付けていた。玉緒と月岡もそれぞれ荷物を置き、ピッチへと向かった。そしてピッチに到着すると今回も大川SSのサポートできていた前田から名前の書かれたスポーツドリンクを受け取り、集合した。


「よし、じゃあこのGW中のスケジュールについて発表するわ。7日間あるGWだが、今日は丸一日練習よ。その次の日から練習後にこの合宿場に来ている他5チームと日替わりで試合をすることになったわ。そして最終日の朝にそれぞれ解散だよ。いい?」


この合宿場にはすでに他のサッカー少年団5組がいた。そしてこの合宿の間に大川SSを含めた6チームはリーグ形式で戦うことを事前に決めていた。少年団とはいえ、おたがいにチームを強くしたいと思っている監督は割と多かったからだった。


「よっしゃ、修斗、翔真、篤。5戦全勝を目指そうぜ!」


「そうだね、関東大会出場を目指すなら簡単には負けないようにしないとね」


「あぁ、翔真の言うとおりだ。だが、サッカーは何が起こるか分からない。気を引き締めていくぞ」


守谷の言葉に月岡と星島が同意をした。玉緒もその意見には同意をしていた。もちろん、勝負なので負けることがあるのは分かっている。それでも今のチームで負けたくはないと思っており、勝てるチームだと思っていた。


(俺達は強い。それに翔真の言う通り、関東大会に出るならこんなところで負けるわけにはいかないな)


玉緒は月岡達についていき、大川SSの練習を始めた。ドリブル練習やシュート練習、パス練習はもちろん、ポジションごとでの攻め方や守備の仕方を夕方まで練習をした。その後、俺達はつかれた汗を流すために部屋に戻ってからすぐに合同浴場へと足を運んだ。


「あぁ、生き返るぅ・・・」


「修斗、お父さんみたいだね」


玉緒は月岡にそんなことを言われながらも、身体を洗った後に染み渡る浴場のお湯で疲れを取っていた。


「そういえば、翔真。明日から対戦するチームで強豪とかっているのか?」


「そうだなぁ、今日来ているチームは全部少年団だから強豪はいないね。その中でも選べと言われたらそれは俺達大川SSだね。自分達で言うのも何だけど、俺は今のチームがクラブチームとも渡り合えると思っている」


「確かに。俺もそう思う」


(他のチームの練習もちらっと見たけど、悪いチームには見えなかった。でも唯一俺達と他のチームの違いは・・・)


「俺達は他のチームにはない得点力を持っている」


「え?」


「いや、修斗の顔が大川SSの違いと他のチームの違いを考えているように見えたからさ。どう? 当たったかい?」


「・・・俺も同じ意見だよ」


大川SSも決して得点力が高かったわけではない。玉緒は大川に頼んで一昨年出場した大会の動画を見せてもらっていた。そして気付いた大川SSの特徴は中盤が安定しているため、ボランチからのパス供給などがクラブチームと比べても遜色がないということだった。しかし、その大会では前線へとボールが渡ってもシュートが入ることは少なかった。


「頼んだよ、修斗。大川の得点は修斗にかかっているからね」


「・・・頑張るよ」


玉緒達はそのまま湯船から上がり、部屋へと戻った。すでに上がっていた星島と守谷はそれぞれ部屋の隅に用意されていた布団を敷いており、星島のスマホを見ながら何やら談笑していた。

「二人共上がったか。見ろよこれ、東京カイザーズが最終節を待たずにリーグ優勝を決めたらしい」


「本当かい! すごいね! これで33回目のJリーグ優勝じゃん!」


月岡は星島がスマホに写しているニュースに食いついた。その画面にはJリーグ優勝と東京カイザーズの文字がデカデカと載っていた。


「ねぇ、東京カイザーズって何?」


「「「・・・・」」」


玉緒が疑問を三人に述べたが、その瞬間星島は呆れ、月岡は困惑し、守谷はとても驚いた顔をしていた。


「お前なぁ。サッカーやる気になったんならJリーグのチームのトップくらい覚えておけよ」


「お、おう・・・」


星島は玉緒に呆れられながらもスマホを操作して東京カイザーズのHPを見せてくれた。そして説明してくれた。


「いいか、東京カイザーズはJリーグ発足からJ1トップを牽引してきたチームで、Jリーグの歴史の中でも今回を合わせて33回の優勝をしているビッグクラブだ。アジアチャンピオンズカップでも優勝したことのある強豪だぞ」


星島は玉緒に説明した。東京カイザーズは日本どころかアジアでも有名なほどのクラブチームであると。日本でサッカーをやっている人なら一度でもそのユニフォームを身に着けてサッカーをしたいと思うほどであると伝えた。


「へぇ・・・」


「へぇって。お前は思ったこと無いのかよ」


「うーん、俺あんまりプロのチーム見たこと無いからな。かろうじて叔父さんがいる北海道コーレンの試合しか見ないからなぁ。篤達も着たいと思うの?」


「まぁ東京カイザーズのユニフォームを着たいとは思ったが、あそこのジュニアは小3が対象だし、そもそもジュニアは東東京地区の募集だからな。俺は小5から西東京地区に転校してきたからノーチャンスだったんだよ」


「なるほどねぇ」


J下部のジュニアチームは基本的に小3だけしかセレクションを受けられない。しかも東京カイザーズは玉緒達のいる西東京地区ではなく、東東京地区なのでそもそも受けられる地域ではなかった。


「俺は東京カイザーズより修斗とサッカーするほうが重要だけどね」


「俺はGKとしてカイザーズの攻撃力を防げるのか挑戦したいから、今のところは行くこと無いな」


「まじかよ、二人共。俺は誘われたら速攻行くけどな」


そんな会話をしながら玉緒達は明日に備えて就寝することにした。そして次の日を迎え、午前中を練習に当てていよいよGWのリーグ戦が始まった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?