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28.天才肌

「よし、今日からリーグ戦が始まるぞ。全員集中して試合に取り組むように。今日は佐藤SSが相手だ。配置は3—1—4—2でいく。ボランチの久森君には負担が多けど、WBウィングバックIHインサイドハーフがカバーするように。カウンターには注意して」


大川はメンバーを集めてルールの説明とメンバー発表をした。ルールは公式戦に準ずるが、延長戦やPK戦はなしだと伝えた。メンバーについては上級生を中心に玉緒、月岡、星島がスタメンに加わった。


GK

星島篤


DF

斎藤和則・CB 

石森二郎・CB

守谷健太郎・CB


MF

久森亮・ボランチ

笹本直之・左IH

月岡翔真・右IH

細田健介・左WB

林晋太郎・右WB


FW

浅川希

玉緒修斗


(よし、スタメンだ。頑張るぞ!)


大川SSはこの場で攻撃的な布陣にした。もともと中盤が安定しているチームだったので、大川は久森を信頼してこの形を取った。そして両チームが揃ったところでコイントスが行われた。コイントスの結果、大川SSが最初にボールを蹴ることになった。そしてキックオフの笛を聞くと浅川はそのまま久森へとバックパスをした。そのままFWの浅川と玉緒は相手陣地に上がっていった。


(やっぱり来るよな)


相手のFW2名がボランチの久森目掛けてプレスを仕掛けてきた。久森はそれを見て、左のCB斎藤にパスを出した。そのまま斎藤はボールを保持したまま様子を伺っていた。すると左のWB細田がボールをもらいに下がったところで、そこにスペースができた。左のIHの笹本はそのスペースに走り込んだ。すかさず斎藤は細田へとパスを出した。細田はそれを受けたが、すぐに相手のMFとDFの二人に詰められた。


「細田! こっち!」


左側に開いたスペースに浅川が戻ってきた。細田は浅川へとパスを出した。浅川はパスを受けると詰めてきたDFをフェントで抜いた。しかし細田についていたDFが戻っていたため、コースを防がれていた。


(ここはポストプレー、いや!)


浅川は捉えていた。玉緒が戻ってきてDFを釣り出し、すぐに切り替えして裏を取ったのを。浅川は逆サイドの玉緒へとパスを出した。


(ありがとう! 浅川さん!)


玉緒はボールを足元でトラップした。ボールが足からほとんど離れない見事なトラップであり、そのままドリブルを行った。しかし相手DFもすぐに戻り、相手の数的有利の状況となった。


(さて、右サイドには林君が上がっている。ここはパスを出して、クロスで得点か? いやそれは相手も思っているか・・・いけるな)


玉緒が思った通り、相手チームも右サイドに一旦預けると踏んでいた。しかし玉緒が居るエリアはちょうどバイタルエリアと呼ばれるMFとDFの間であった。そして玉緒にはゴールを決められるコースが見えていた。


((え!))


玉緒をマークしていた相手DFは驚いた。玉緒は右足でタッチしていたボールを左側に大きく蹴った。そしてそのまま玉緒は左足でファーサイドのGKが届かないピンポイントの位置に向かってボールを蹴った。


ボールはきれいなカーブを描いて、横跳びしたGKもギリギリ届かない上の隅っこへ行き、ネットを揺らした。きれいなミドルシュートだった。


(よし、入った)


そのゴールに相手チームどころか、月岡を含めた味方チームも驚いていた。しかし本人は何食わぬ顔でそのままリスタートするためにポジションに戻っていった。


(さすが、修斗。小学生であの位置からあんな隅っこに決められる選手は君一人だと思うよ)


月岡は心のなかで称賛した。そして確信をした。このチームなら勝てると。その月岡の思いは的中し、佐藤SS対大川SSは3対0という大差で勝つことができた。


■■


「いやーすごいですね。大川監督。我々全く手も足も出ませんでしたよ」


「えぇ、ですがそれは子供達の功績です。私は何もしていませんよ」


実際本当に活躍したのは玉緒、月岡、星島、そして久森だった。月岡はIHとして攻守に渡って活躍し、2アシストという結果を残した。ドリブルで相手を躱しながら的確にFWの玉緒へとパスを出していた。星島は守護神というべき活躍を示した。最終ラインを抜かれ、相手のFWと一対一の状況になっても前へ出るところは出て、しっかりとセーブをしていた。久森もワンボランチという負担が大きい役割を見事にこなし、自陣からの攻撃の起点になるように努めていた。


(でも一番はやっぱり玉緒君・・・あれは異常だわ。戦略も何も無いわ)


玉緒は大川の目から見ても異常だった。足が速く、すぐにトップスピードに乗れるため、相手DFの裏を簡単に付けた。しかも囲まれたとしても子供離れしたドリブルテクニックですんなりと躱してしまった。


(特に彼の決定力には驚いた。彼の打ったシュートは3本中3本がゴールを揺らした。そんなことってできるのね・・・)


今日の試合で浅川や月岡もシュートを打ったが、それは残念ながら外れた。今日の得点は全て玉緒によるものであり、ハットトリックを達成していた。


(しかも判断が冷静、適切な時にポストプレーをして味方を待ったり、フリーの選手がいればすかさずパスを出したりしていた。もうサッカー選手として完成されているんじゃない?)


「それにしても今日のツートップの男子、あれはすごいですな! よくあんな子が少年団にいますね!」


「えぇ・・・本当に・・・」


大川が相手チームの佐藤監督と談笑している中で、玉緒達はピッチの隅で前だから貰ったドリンクを飲みながら休憩をしていた。


「なぁ修斗、俺にもドリブルを教えてくれよー」


「いやだから教えたじゃん、健太郎。こうなんていうか、ボールを押し出す感じで上手くちょうどいい力加減でやるんだよ」


「いや、だからそれを・・・」


「やめとけ、健太郎。修斗は完全に天才肌だ。こいつは言語化なんてできなくても感覚だけでやっちまうやつだろ。聞くだけ無駄だ」


「その言い方ひどくない?」


実際玉緒は言語化が苦手であった。言葉にする前に身体が先に理解してしまうようで、すぐに感覚だけで実践ができた。


「ねぇ玉緒君、月岡君、星島君。今って暇?」


玉緒達が四人で休憩していると、そこに浅川が近づいてきた。玉緒達は浅川の方へ顔を向けた。


「どうしたの、浅川さん? なにか用かい?」


「月岡君、実は三人に練習を付き合ってもらいたくって。この後って時間まで自主練でしょ? だからお願い!」


(浅川さん、かわいい・・・)


浅川は両手を合わせてお願いをしてきた。玉緒はそれをみてとても可愛いと不覚にも思った。それは玉緒の他に守谷もそう思っていた。


「・・・私は今日、全然活躍できなかった。玉緒君とかにパスを貰ってシュートを撃てるタイミングだったのに、決めきれなかった。FWとしてめちゃくちゃ悔しい。だからお願い。来月の大会に向けてレベルアップしたいの!」


「俺はいいぜ。FWのシュート練習ならGKいたほうがいいだろ。それにFWのシュートをブロックするのは俺の練習にもなるし」


「俺もいいよ。アシストが必要でしょ?」


「玉緒君は?」


「はい! 全然OKです! よろしくお願いします!」


三人は浅川のお願いを受け入れた。玉緒に関しては美少女にお願いされたため、無条件反射でOKを出していた。しかしその瞬間、少し寒気がしていた。


(な、何今の寒気・・・あとで翔真にこのことを姫乃に伝えてもらわないように言っておこう・・・)


玉緒が不意の寒気について考えていると月岡達は自主練するためにピッチへと向かっていたので、玉緒もそれについて行った。


「・・・俺は?」


残念ながら誘われなかった守谷もその練習に付き合うことにした。そのまま5人は撤収時間まで笑顔で練習をした。そしてその後の合宿のリーグ戦は大川SSが全勝という結果で終わった。そしてそれぞれのチームの面々は帰宅をしようとしていた。


「ねぇ玉緒君! 月岡君!」


合宿の締めが終わり、玉緒は月岡の車で合宿場を後にしようとしていた。するとそこに浅川が荷物を持って近づいてきた。


「二人にそういえば連絡先教えていなかったなって思い出したからね。だから連絡先交換していい? 大川SSの練習が終わった後も個人練習付き合ってもらいたいし」


「俺はいいけど、修斗ってスマホ持っていたっけ?」


「いや俺は持っていないから、翔真経由で伝えてくれ」


「あ・・・そうなんだ。残念・・・あっなんでないよ!」


浅川は少し残念がりながらも月岡と連絡先を交換した。玉緒はそのまま月岡の車で家へと帰宅し、合宿は終了した。


(姫乃から睨まれている・・・翔真、伝えないでって言ったのに・・・)


次の日の登校で玉緒は姫乃から睨まれていることになったが、玉緒は怖かったので何も気にしないようにした。そして月日は流れ、いよいよ関東大会東京都予選が始まろうとしていた。

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