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30.いざ初の公式戦へ

(さて、行くか・・・)


玉緒は自宅の玄関で靴紐を結び、両頬を両手で叩いて気合を入れた。今日は6月に入って最初の土曜日、一次予選が開始される日だった。今日の試合の結果で二次予選に進むことができるかが決まる。生きるか死ぬか、極端に言えばそうである。そのため全国のサッカー少年はみんなドキドキの時だった。


「修斗、忘れ物ない? ちゃんとドリンクは持った? レガースは持った? ユニフォームは?」


「大丈夫だよ、母さん。忘れ物はないよ。じゃあ翔真のお父さんが待っているから行くわ」


「修斗、ちょっと待って」


千早はそう言うと自分のポケットからお守りを出した。少し傷んでいるお守りだったが、そこには必勝と書かれていた。


「私はこの足じゃ応援に行けないし、茜も取材で休日出勤だから応援にいけない。私達が応援にいけない代わりにこれをあげるわ。これは私が現役の時から持っていたお守りなの。もし修斗がサッカーを始めたら渡そうと思って取って置いたものよ。頑張ってね」


「ありがとう、母さん。絶対に勝つよ」


玉緒は自分の母親に告げて、月岡の父親が待っている駐車場へと向かった。そして玉緒は月岡の車に乗って自分たちが試合をするピッチへと向かった。


「修斗、コンディションはどう?」


「あぁ、問題ない。今日勝たないと次が無いからな。絶対に勝つさ」


多くのクラブチーム、ジュニアチームはこの大会のことを全国Uー12サッカー大会の前座と思っているというは久森から聞いていた。しかしそれでも玉緒は大川SSのみんなと一緒に強いクラブと戦えることをワクワクしていた。


(初戦、ここは大事に行かないと)


初戦とは何があるかわからないものである。最初の試合、選手の緊張などもあって100%の実力を発揮できずに敗退するなどよくあることは、茜達からすでに教わっていた。


「修斗、今日の対戦相手と俺達のシステムは分かっているかい?」


「さすがにな。初戦の相手は荒川SSで、システムも4—2—3—1がメインだろ? スタメンに選ばれた以上、全力でゴールを狙いに行くさ」


「そうだね、俺のスタメンだからどんな相手にも遠慮しない。修斗にもゴール数では負ける気無いからね」


玉緒と月岡は車の中で今日の試合のことを話していた。玉緒と月岡、そして星島は事前のスタメン発表でスタメンに選ばれていた。中でも玉緒は今までのエースストライカーである浅川を追い出してFWの座についていた。しかしそのことに誰も文句は付けなかった。


「二人共、そろそろ着くぞ」


玉緒が月岡と話しているうちに今日試合を行う合同ピッチ場についた。ここは小学生用のピッチが5面用意されており、ここに集められた10チームの勝者5チームが次の二次予選に進むことができ、二次予選もここで行うことになっていた。


「さて、行くか」


「あぁ行こう、修斗。これが俺達の始まりの試合だよ。ここから日本代表を目指そう」


「そんな大げさな。まぁでも、それくらいの意気込みじゃないと勝てないからな」


玉緒と月岡は荷物を持ち、合同練習場のBピッチのロッカールームへと向かった。すでに多くの大川SSのメンバーが来ており、ストレッチなどをしていた。


「二人とも走るぞ。試合前のピッチ練習前にアップを終わらせる」


先に来ていた星島と守谷が二人に近づき、星島は玉緒と月岡を誘ってアップを開始した。すでにピッチ上には多数のサッカー少年が同じようにランニングをしていたり、アップをしていたりしていた。


「修斗、見ろ。このブロックの第一通過候補の赤城SCだ。俺達が出会ったクラブチーム。J下部のチームじゃないが、毎年本戦リーグまでは通過している。進めば必ず当たるからな」


星島はランニングをしながらEピッチにいる赤を基調としたユニフォームの集団を指さした。それを見た玉緒は、見ただけでも上手い選手達だと感じた。


「なるほどね。でも篤、まずは初戦を突破しないと話にはならないよ」


「・・・そうだな、翔真。先走りすぎた。忘れてくれ」


四人はランニングとストレッチでアップを終えた。そして集合時間になったので、大川SSのロッカールームへと戻った。そしてその後、すぐに監督の大川とサポートの山崎、前田がロッカールームへとやってきた。


「みんなよく聞け。まずは初戦。ここを勝たなければそこで終わりよ。落ち着いて、いままで練習してきたことを思い出すんの。みんななら私は勝てると思っている。では、もう一度スタメンを発表するわ」


GK

星島篤・1番


DF

佐藤太一・左SB・2番

斎藤和則・CB・3番

守谷健太郎・CB・4番

石森二郎・右SB・5番


MF

細田健介・ボランチ・6番

久森亮・ボランチ・7番

浅川希・左SH・11番

林晋太郎・右SH・8番

月岡翔真・トップ下・10番


FW

玉緒修斗・CF・9番


「六年生の中でもスタメンを落ちてしまった者もいる。今日のスタメンのみんなはその思いも背負ってピッチに立って欲しい」


古株の笹本は残念ながらスタメン抜擢されなかった。あとから入ってきた月岡達にポジションを奪われてしまっていた。これがクラブチームやジュニアチームなら当たり前のことだが、こと少年団に関しては異質であった。基本的に少年団は年功序列、歴が上の人を優先して起用する風潮があった。


「私は間違っているかも知れない。勝利に固執するのはだめなのかも知れない。それでも私はサッカーが上手くなるためには競争が必要だと思った。私はいつかこの経験がみんなに生きると願っている。それだけは忘れないで欲しい」


大川には信念があった。クラブチームやジュニアチーム以外でもサッカーは上手くなることが出るはずだと。そのために大川の夫である伸一しんいちに頼み込み、大川は実力主義の少年団を立ち上げた。あえて競争という環境を作り上げることにより、批判覚悟で個人のレベルアップを図ろうとしていた。


「大川監督、俺は別に気にしていないです」


大川は頭を下げて伝え終わったところで、今回スタメン落ちをした笹本が発言をした。大川は顔を上げて笹本を見た。


「玉緒や月岡、星島が俺より上手いのは練習を通して理解しています。それに俺はクラブチームのセレクションには受からなかった。それでも上手くなりたいからここに来ました。競争があるってことだったので。今回の結果も俺達は受け止めます」


前年度こそ人数が足りなくて大会には出場できなかった大川SSだが、本来なら実力でスタメンを決める少年団。スタメン落ちする覚悟が笹本にはあった。そして笹本はロッカールームでそれを大川に伝えた。


「大川監督、まだ関東大会ですよ。全国Uー12サッカー大会では必ずスタメンになりますよ! だから、今日勝ちましょう」


「笹本・・・ありがとう」


大川は笹本の言葉に感謝を述べた。そしてその言葉は玉緒達スタメンのメンバーにも重くのしかかった。特に玉緒達三人は自然と手に力を込めていた。


「よし! みんな、円陣だ! 久森、キャプテンが締めてくれ!」


大川とサポートの山崎、前田を含めた大川SSのメンバーは互いに肩を組んで円陣の体勢を整えた。そして声出しをするのはキャプテン久森だった。


「いいか、みんな。まずは初戦、ここを勝って二次予選、いや西東京代表になろう。よし、行くぞ! ファイ!」


「「「「「「「「オオォ!」」」」」」」」


全員がロッカールームで大きな声を出し、大川SSのメンバーはピッチに向かった。人数が多いため、入場はなく、そのまま大川SSはBコートでそれぞれポジションについた。

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