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36.秀明叔父さん

「ピピーッ! 試合終了です!」


主審の笛が鳴り響き、40分弱の試合が終了した。大川SS対川島SCの試合は2対1で大川SSの勝利で幕を閉じた。


「よっしゃー! 勝ったぁ!」


「やったね、修斗!」


玉緒はピッチで勝利を喜び、月岡もユニフォームで汗を拭きながら玉緒と勝利を分かち合っていた。結局月岡のシュートが決定打となり、後半残り5分を大川SSは守備をして守りきった。大川イレブン及び大川監督、そしてサポートの山崎と前田も手を取り合って喜んでいた。


「あぁくそ! 負けたかぁ・・・」


「いや、いい相手だったよ。大川SSは」


川島SCの面々はピッチ上で座ったり、寝そべっていたりして敗北をひしひしと感じていた。しかしその川島イレブンの目は清々しいものだった。その後、主審からの指示でお互いに握手をしてそれぞれロッカールームへと戻っていった。


「みんな、よくやったわ! これで二次予選突破が見えてきたわよ!」


実際大川SSは暫定トップとなっていた。それはつまり二次予選突破に大手をかけたということであった。そしてこれはサッカー少年団としては快挙であった。


「明日は私達が試合休みで、明後日はいよいよこのブロックの二次予選突破大本命の赤城SCとの対決よ。赤城は多分明日の川島SCとの試合は勝つと思うわ。だから明後日は二次予選突破をかけた闘いになる。各自、今日と明日は練習をせずにしっかりと身体を休ませること!」


大川はメンバーに連絡事項を伝えた後、解散を宣言してそれぞれメンバーは帰路についた。月岡の車に乗った玉緒は月岡の母親に自分の家に送ってもらいながら、寝てしまった。


■■


「修斗! おめでとう! もう少しで二次予選突破だね!」


「おうよ! 次の赤城SC戦も勝つぞ!」


「ふふっ? かっこいいよ、修斗? 好き?」


((((いいなぁ、玉緒・・・))))


 川島SCとの闘いを制して迎えた次の日、クラスの男子から玉緒は羨望の眼差しを受けていた。しかし女子の方の注目は月岡のみだった。


「翔真君って最後の決定打のシュートしたんでしょ? かっこいい!」


「うん! 本当にすごいよね! 将来は絶対にJリーガーだよ!」


「ね、ねぇ、翔真君! 今度の土曜日って暇かな?」


(モテモテだな。翔真は)


「ちょっと、私以外の女の子見ないでよ」


「いててててっ! 耳を引っ張らないでよ」


玉緒は月岡の周りにいる女子達を見ていると、嫉妬をした早乙女によって注意を兼ねて耳を引っ張られてしまった。


「先に言っておくけど、どんなにモテていても結局結婚できるのは一人だけだよ。修斗」


「まぁそうなんだけど・・・なぁ姫乃。女子ってやっぱりJリーガーと結婚したいとか子どものうちに考えるものなのか?」


玉緒はニュースで女性が結婚したい職業ナンバーワンがプロのサッカー選手だと見たことがあった。そのため、すこし興味があった。


「まぁ、Jリーガーは年俸も高いし、何よりJリーガーのお嫁さんって女子なら一度は夢見るものだからね。それに引退してもクラブチームとかどこかのコーチとかできるってニュースでもやっていたし」


サッカーが日本に根付いたため、サッカー選手のセカンドキャリアは充実している。元Jリーガーは軒並みコーチとして人気があった。年代を問わず、様々なところでコーチをしているとニュースでやっていた。それに試合の解説やスカウト、Jリーグのチームを運用している会社への就職など、手厚いフォローがあった。


「へぇ、姫乃も思ったことあるの?」


「私は特に無いわ。私は修斗のお嫁さんになることしか考えていないからね」


「・・・そ、そうなんだ」


玉緒は少しだけ恥ずかしくなった。そしてその言葉を聞いていた男子達はものすごく羨ましく思っていた。


「修斗はプロとかになる気はないの? 私は修斗ならプロになれると思うけど? まぁ別にプロにならなくても私は大丈夫だけどね」


「プロねぇ・・・」


(今度秀明の叔父さんに聞いてみようかな?)


玉緒がそう考えているとチャイムが鳴り、学校が始まった。そのまま特に何もなく学校は終わり、玉緒はそのまま自宅へと帰宅した。


■■


「ただいまー。おっ?」


修斗が帰るとそこには知らない男物の靴があった。玉緒家に客人が来るのは珍しいため、修斗は興味津々だった。


「おかえり、修斗。秀明が来ているわ。挨拶してきなさい」


「え? 秀明叔父さん?」


(もうリーグの最終節も終わってオフシーズンだから来たのかな?)


Jリーグは秋春制を採用しているため、6月と7月がオフシーズンであり、8月から次の年の5月までをシーズンとしている。そのためこの時期に帰省したり、海外旅行に言ったりする選手が多いのは普通であった。


「おぉ、修斗か! 大きくなったな!」


「秀明叔父さん! 久しぶり、どうしたの?」


秀明が姉の千早の元に来るのは実に久しぶりだった。修斗がまだ小学1年生の時に来て以来だった。


「それより、修斗。サッカーやり始めたんだってな。茜の動画見たぞ、上手いじゃないか!」


「そうなのよ、秀明兄さん! 修斗は絶対にプロになるのよ! 今のうちにスカウトしたほうがいいんじゃない?」


「茜、流石に小学生のスカウトは早い。それにJ下部組織の子供ならともかく、少年団の子供をスカウトはできないよ」


「そんなこと言って、逃すわよ。将来の日本代表の絶対的ストライカーを」


「はいはい二人共。修斗は帰ってきたばかりなの。修斗、荷物を置いて手を洗ったらもう一回来て。秀明から話あるから」


母親の千早から言われたように修斗は荷物を置いてから手を洗い、再びリビングへと戻った。


「秀明叔父さん、話って何?」


「あぁ、別に修斗に直接関係ある話じゃないんだけどな。俺、現役を引退することにしたんだ」


(やっぱりか・・・)


修斗は予測していた。この時期に秀明がこの家に来た時点で引退するのだろうと。秀明は練習を大事にしていた。優先順位は自分の家族の次に練習だった。その秀明が練習をしていない時点で察していた。


「秀明叔父さん、なんで?」


「そうだな、年齢の問題かな。俺はもう35歳。そろそろ衰えて来る頃だからな。ここらで引退しようと家族とも話し合って決めたんだ。ちなみにセカンドキャリアは北海道コーレンのスカウトだ。お前が高校生くらいになったらスカウトするかも知れないからよろしくな!」


「・・・ねぇ、秀明叔父さん。そこ公園でサッカーしない?」


「いいじゃない。修斗の相手をしてあげて、秀明」


千早から言われた秀明はサッカーボールを持って近くの公園で修斗とパスの交換を始めた。そして秀明は感じた。修斗は上手いと。


「修斗、お前いつからサッカー始めたんだっけ?」


「小5からだよ」


「そ、そうか・・・」


(姉さんの息子だからか? たった1年でここまで上手くなるものなのか?)


秀明は甥っ子の異常な上手さに感心しながらパスの交換の練習を続けていた。


「ねぇ秀明叔父さん。本当に年が理由で引退するの?」


「それは・・・」


「なんか他にもあるんじゃない? 例えばシュートが入らないとか」


「・・・知っているんだな」


最近修斗はよく秀明が出ている北海道コーレンの試合を見ていた。そして気づいたことがあった。秀明がワールドカップ前と比べてゴール数が伸び悩んでいることに。


「・・・俺は前のワールカップ以来、シュートを打とうとすると身体に緊張が走るようになってな。修斗にはわからないと思うけど、イップスってやつだよ」


秀明は前のワールドカップの初戦、フリーの場面でボールを外して以来、ゴールまで思うように身体が動かなくなっていた。あの場面、自分が決めていればもしかしたら決勝トーナメント出場も見えたかも知れなかった。そのことが頭をよぎり、シュートが怖くなっていた。


「修斗、こんなことを聞くのもおかしいが、もしお前があの場面だったらゴールを決められていたか?」


「決めていたよ」


 修斗は迷いなく答えた。修斗には決められるビジョンがあった。そしてその答えを聞いた秀明は嬉しそうな表情をした。


「お前はプロになれる器があるよ。修斗、西東京の予選の二次を突破できそうだんだろ? 頑張れよ」


「うん、絶対に勝つよ」


秀明との会った次の日、いよいよ大川SSと赤城SCの首位をかけた直接対決が幕を開けた。

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