(やっぱり暗いな。そりゃそうよね、できれば前半は先制したまま終わりたかった・・・)
大川イレブンのロッカーは暗かった。追いつかれた失点は完全に相手の作戦にハマったものであったからだ。
「みんな! 顔を上げて! まだ負けていないわ!」
「・・・そうだぞ! 振り出しに戻っただけだ!」
大川の言葉にキャプテンの久森も同調した。その言葉で大川イレブンのみんなは顔をあげた。特に玉緒、月岡、星島の三人の目は闘志が宿っていた。それを見た大川は全員に休息を取ることを指示した。
(さてどうする? 相手が前半のままで来てくれるなら今のままで行くべか。いや浅川さんだけでも変えたほうがいいのか)
川は後半に交代するメンバーについて考えていた。実際浅川は相手のマークを振り切れず、逆にマークを引き剥がされることがあった。浅川よりも足のある笹本に交代させるべきかを迷っていた。
「大川監督!」
「? どうした、浅川?」
大川が悩んでいると後ろから浅川が大川に話しかけてきた。大川は振り向き、浅川の真剣な表情を見た。
「もし私のことが戦力にならないって思ったらすぐに変えてください」
「それは・・・」
大川は返答に迷った。浅川は玉緒が加入する前まではエースストライカーとしてチームの攻撃を担ってきた。その実力も知っており、人一倍練習しているのも見ていた。しかし今回の試合、そして前回の試合で男子のフィジカルに負けるような部分もあった。
「・・・浅川さん、もし体力が続くなら後半も出て」
「いいんですか?」
「私はあなたを信じる。私達大川SSは確かに勝利を目指してきた。だけどね、勝利だけがすべてじゃないの。なによりここであなたを交代させるのは違うと思うの」
大川は決断した。このスタメンのメンバーで行くと。スタメンのメンバーが現時点で大川がこのチームの最大戦力だと思っていた。なので、みんなの実力を信じることにした。
「俺も浅川さんはいたほうがいいと思います」
近くでその話を聞いていた玉緒も大川の決断に賛成をした。そしてその意見はロッカールームにいたベンチメンバーも納得していた。
「このメンバーで負けたならそれはもう仕方ないです。俺達は信じることにしました」
ベンチメンバーの六年生である笹本が大川に進言した。自分が出られないことは悔しいと思っていたが、それよりもこのチームで負けたくないという意思の方が勝っていた。
「よし、みんな! 作戦は前半と一緒よ。だから今はできる限りドリンクとか飲んで休んで。後半も攻めるわよ!」
大川イレブンは全員大きな声で返事をした。そしてそれぞれが休憩している中、玉緒と月岡と星島と守谷は四人で集まっていた。
「翔真、後半どうする? 俺は多分後半もマークされるぞ」
「そうだね、修斗。向こうも修斗のドリブル力の高さ、決定力の高さは体感したと思う。だから、ボールを持っていない時も徹底マークをしてくると思う。前の試合みたいに」
「えぇ! じゃあワントップって難しいんじゃ・・・・」
「いや、健太郎。修斗はいるだけで向こうからしたら脅威だ。それはGKの俺が一番わかる。後半恐らくだが、一回も修斗にボールが渡らないってことは無いからな」
玉緒は三人の話を聞いて考える。恐らく後半自分はシュートを決められるような状況にはならないと思っていた。
「修斗。修斗は前線にいて、タイミングを図ってDFを引き連れてくれ。俺がゴールを決める」
「翔真、いけるのか?」
「行くしか無いよ。これでも俺は背番号10を預かっているんだ。絶対に決めるさ」
玉緒は月岡の決心した目を見た。月岡は本来攻撃的なMFだった。予選二次リーグでは2ゴールしか決めていないが、本来なら得点王を目指せるポテンシャルはあると玉緒は思っていた。
「分かった。前線での撹乱は任せろ。頼んだぞ!」
「あぁ! じゃあ俺はこれを久森先輩達に伝えてくるよ」
月岡はそのまま久森と大川の元に言って、先程相談した内容を伝えに言った。そしてそのままハーフタイムが過ぎて、いよいよ後半が始まった。
■■
(・・・やっぱり俺は徹底マークか)
主審が後半キックオフの笛を吹き、玉緒はそれを合図に月岡へとボールをパスした。玉緒はそのまま相手陣地に上がったが、相手のボランチ二人とCB一人に囲まれてしまった。
(修斗に三人、相手のWGはそれぞれサイドを取られないようにポジションを取っている。それに相手のSHは浅川さん達が中央へ行けないようにコースを塞いでいる。なら、行かせてもらう!)
月岡は自陣のSBにパスするのではなく、中央をドリブルで突破をする選択をした。そしてそれに相手SHはすぐに反応し、距離を詰める。すると右のSHである林が相手WBの裏を抜けてサイドを駆け上がる。月岡はすぐに林へとパスを出した。
(なるほどどうやっても玉緒には三人のマークをつけるってことだね)
林はそのままサイドを駆け上がり、赤城SCのCBと一対一になる。しかしそこに玉緒をマークしていたボランチがサポートに来た。そのため林は玉緒へのクロスをあげようとしたが、相手SHが後ろに下がってボランチの代わりに玉緒をマークしていた。
(なら頼んだぞ! 浅川!)
林は逆サイドの浅川へとパスを出した。浅川は相手WBを躱してボールをトラップした。そしてそのまま駆け上がろうとしたが、CBのスライディングによってボールを奪われた。
「ごめんね、女子だからって手加減はしないよ!」
CBはボールをインターセプトすると、玉緒をマークしていたSHが上がるのを確認してパスを出した。そしてそのままSHは一気にドリブルで大川SSの陣地へと侵入を図った。
(ここで止める!)
月岡はドリブルしてきたSHと対峙した。そこで一瞬両者の動きが止まる。抜かれれば確実に得点される雰囲気を月岡は感じていた。
(どっちで来る?)
赤城SCのSHはボディフェイントを使い、左右どちらにでも抜けるようにしていた。そのため月岡は周囲のことを一旦忘れて、SHに集中した。
(右!)
月岡は相手の動き読み、ボールを触ってブロックした。そしてそのボールは久森に渡って空いている中央に向かってドリブルを開始した。
(! 大川の9番、もう下がっているのか!)
ボールをロストしたSHは急いで自陣へ下がったが、もうすでに玉緒が来ていた。玉緒は月岡が一対一となったときにはもうすでに動いていた。月岡なら絶対に勝つという信頼があった。そしてボールは久森から玉緒に渡った。
(一気に来たな)
玉緒がボールを保持すると、赤城SCはボランチ二人に加えて両SHも詰めた。この時赤城SCは玉緒がドリブルで突破してくると考えていた。今までのプレースタイルからもそうだと思っていた。しかし玉緒が選んだのはドリブルではなく左サイドへのパスだった。それはSHとボランチの間をきれいに抜けるグラウンダーのパスだった。そしてそれを浅川がトラップした。
(ストライカーは俺だけじゃないよ!)
浅川はCBの裏へと抜けてオフサイドラインギリギリでパスを受け取った。そしてペナルティエリアに入ると右足を振り抜いた。そのボールは見事にニアサイドのコースへと行き、ゴールネットに突き刺さった。それを見た浅川は拳を上に掲げた。後半開始5分弱で2対1と大川SSがリードした。