第1章:王子様ランチ、突然の誕生
午後1時。今日ものんびりと営業を始めた「雪の庭」。
雪乃はいつものようにカウンターに座り、紅茶を飲みながら満足げに言った。
「1時からの営業って本当にいいわね。午前中はゆっくりできるし、お昼の混雑も避けられる。」
弥生は呆れたように笑いながら答える。
「お嬢様、その代わりランチを求めるお客様が不満を抱えて来店していることをお忘れなく。」
「ランチなんてもうやらないって決めたのよ! 疲れるだけだもの。」
雪乃は紅茶を飲み干し、営業の準備を済ませると、忍に指示を出す。
「OPENの看板を出してちょうだい。でも、今日は静かに過ごしたいから、変なお客様が来ないことを祈るわ。」
その願いも虚しく、看板を出してすぐにドアベルが鳴り響いた。
店内に現れたのは、見た目からしてただ者ではない幼い少年だった。豪華な服装に品のある仕草、そしてどこか堂々とした態度――その少年は、この国の第二王子、アレクシスだった。
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突然のランチ希望
少年はゆっくりとカウンターに近づき、雪乃をじっと見据えてこう言った。
「この店のランチを所望する。」
その堂々とした態度に雪乃は少し驚いたが、すぐに微笑みながら答える。
「申し訳ありません。ランチの提供は12時から1時までとなっておりますので、現在はスイーツと紅茶のみの営業です。」
少年は眉をひそめて、少し考え込んだ後、静かに言った。
「それならば、明日また改めて来るとしよう。」
その言葉に、雪乃の顔が引きつる。
(明日も来られたら、もっと面倒じゃない!)
とっさに思いついた雪乃は、慌ててこう提案した。
「それには及びません。本日のみの特別ランチをご用意いたします!」
少年はその言葉に興味を惹かれたのか、表情を少し緩めて頷いた。
「ほう、それは良い心がけだ。楽しみにしているぞ。」
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王子様ランチの誕生
雪乃は厨房に駆け込み、弥生と忍に急いで指示を出す。
「大変よ! 今すぐランチを作らないと。でも、これが今日だけで終わるように、ちょっと工夫する必要があるわ。」
弥生は不安げに尋ねる。
「お嬢様、どんなランチをお出しするつもりですか?」
「子どもが喜びそうな、カラフルで楽しいプレートにするの。名付けて“王子様ランチ”よ!」
雪乃はすぐに構想を練り始め、こう言った。
「メニューは……1/4クラブサンド、1/4ケチャップライス(旗付き)、1/4ナポリタン、フライドポテト、プリンアラモード、それにメロンソーダ!」
弥生が驚きつつも質問する。
「確かに子ども向けですが、お客様に受け入れていただけますかね?」
「大丈夫よ! あの少年、きっと満足するわ。」
忍が冷静に指摘する。
「しかし、これを常連客が知ったら、同じメニューを求めて来るのでは?」
雪乃は得意げに微笑んだ。
「だからルールを設けるの。『10歳以下のお客様限定』にして、注文時には“お子様口調”を使わせるのよ。」
弥生は呆れながらも納得したようにため息をつく。
「お嬢様らしい無茶振りですね……でも、そのルールなら確かに大人の注文は防げそうです。」
こうして突発的に「王子様ランチ」が誕生した。
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料理の完成と提供
約20分後、雪乃は完成した「王子様ランチ」を王子の前に運んだ。
カラフルで遊び心あふれるプレートに、王子は一瞬目を見開く。
「これが特別ランチか……なかなか面白いではないか。」
1/4ケチャップライスに立てられた旗を見つけると、王子は満足げに微笑みながらフォークを手に取った。
「いただくとしよう。」
店内にいた他のお客様も興味津々でその様子を見つめ、雪乃は内心で安堵する。
(これで満足して、明日は来ないでくれるといいんだけど……。)
一方、弥生と忍は厨房からその様子を眺めながら、小声で話し合う。
「お嬢様、本当に大胆ですね。」
「ええ、でも王子様が満足してくだされば問題ありませんね。」
第2章:王子様ランチの評判と波紋
常連客の執拗な質問
アレクシス王子が「王子様ランチ」を堪能している間、店内は他のお客様たちのざわめきで溢れていた。
「なんだかすごく楽しそうなランチだな。」
「旗付きのケチャップライスだなんて、どこで思いついたのかしら。」
そんな中、常連客のレオンがカウンター越しに興味津々な顔で声をかけてきた。
「なぁ、俺もその“王子様ランチ”ってやつを頼めるのか?」
雪乃は紅茶を注ぎながら微笑み、淡々と答える。
「申し訳ありませんが、『王子様ランチ』は10歳以下のお客様限定メニューです。」
レオンは少し不満そうな顔をして、ふざけた口調で続けた。
「おいおい、俺だって10歳だったときがあるんだぞ! それならいいだろ?」
その言葉を聞いた雪乃は一瞬表情を引き締め、冷ややかな目でじっとレオンを見つめると、静かに言った。
「じゃあ、10歳だったときに注文して。」
店内が一瞬静まり返る。
レオンは肩をすくめて苦笑しながら引き下がった。
「そりゃ無理な話だな。分かったよ、諦めるさ。」
周りのお客様たちはそのやり取りに笑いを漏らしつつも、「王子様ランチ」の魅力に興味を深めている様子だった。
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アレクシス王子の満足
一方、アレクシス王子は最後のプリンアラモードを楽しみながら言った。
「このプリン、なめらかで甘すぎず、実に美味だ。すべての料理に満足した。」
雪乃はその言葉を聞き、微笑みながら答える。
「ありがとうございます。お客様に喜んでいただけることが何よりの喜びです。」
「お忍びで来た甲斐があった。」
王子は満足そうに微笑み、グラスに残ったメロンソーダを飲み干すと、立ち上がって丁寧に一礼した。
「今日のランチ、実に楽しかった。また来る。」
その言葉に、雪乃は笑顔を保ちながら内心で焦った。
(また来るですって!? 明日は絶対にランチなんて提供しないんだから!)
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております。」
と表向きは優雅に返事をしたが、弥生はその様子を見て心の中で呟いた。
(お嬢様……それ、本当に心の底から言っていますか?)
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店内の噂
王子が帰った後も、店内では「王子様ランチ」の話題が尽きなかった。
「可愛いランチだったわね。私の子どもにも食べさせたいわ。」
「ナポリタンやクラブサンドが少しずつ出てくるなんて、洒落てるよな。」
弥生は片付けをしながら、周りの会話に耳を傾けていた。
(……この様子だと、明日もランチを求めて来るお客様がいるかもしれませんわね。)
さらに帰り際、別の常連客が雪乃に尋ねてきた。
「そのランチ、次も出してくれるのか?」
雪乃は困ったような笑顔で答える。
「本日限りの特別メニューですので、次は未定ですわ。」
お客様は名残惜しそうにしながらも店を後にしたが、弥生は内心で思う。
(未定ではなく、もう二度とやりたくないだけですわね。)
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忍の指摘と雪乃の対策案
厨房で片付けをしていると、忍が静かに雪乃に話しかけた。
「お嬢様、今日のランチの評判が良すぎて、明日以降の営業に支障が出る可能性がありますね。」
雪乃はため息をつきながら、冷静に答える。
「そんなの困るわ。せっかく平和な日常を取り戻したかったのに。」
弥生がそこで提案する。
「それなら、次回は完全予約制にしてみてはどうでしょうか?」
雪乃は少し考え込んだ後、頷いた。
「それ、いいアイデアね。予約がなければ作らなくて済むもの。」
忍はその返答に微笑みながら小声で呟いた。
「お嬢様、本当に“働かない努力”だけは天才的ですね。」
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その夜、常連客たちを通じて「王子様ランチ」の噂が街中に広まり、翌日にはさらに多くのお客様が押し寄せることになる――。
雪乃の気まぐれが、さらなる波紋を呼ぶ。
第3章:スイートポテトとロシアンティーの午後
静かな午後の始まり
「今日は、昨日みたいな騒ぎにならなければいいんだけど。」
ソファに座り、紅茶を楽しみながら雪乃はポツリと呟いた。
厨房では弥生がスイートポテトを焼き上げ、忍が紅茶の準備をしている。
「今日は自信作のスイートポテトとロシアンティーだけで営業するわ。」
雪乃は胸を張りながら言う。
弥生は皿にスイートポテトを並べながら尋ねた。
「お嬢様、ロシアンティーってどのように提供するつもりですか?」
雪乃は紅茶用のカップと小皿を用意しながら説明する。
「ロシアンティーはね、濃く淹れた紅茶とジャムを添えただけのシンプルな飲み物よ。ジャムを紅茶に入れてもいいし、紅茶を飲みながらジャムを直接食べてもいい。お好みで楽しんでもらうの。」
弥生は驚いたように目を丸くする。
「紅茶を飲みながらジャムを直接食べるなんて、面白い発想ですね。」
「でしょ? シンプルだけど、これが意外と奥深いのよ。」
雪乃は得意げに言いながら、焼きたてのスイートポテトを一口頬張る。
「んー、やっぱり美味しい! 今日のお客様にも満足してもらえるわね。」
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再び現れる王子様
その時、店のドアベルが鳴り響いた。
「お客様?」
雪乃が顔を上げると、そこには昨日も訪れたアレクシス王子の姿があった。
「また来たの?」
雪乃は驚きながらも微笑み、カウンターに立つ。
「昨日のランチが素晴らしかったから、今日は君のスイーツを味わいたいと思ってな。」
アレクシス王子は椅子に座り、雪乃の目を真っ直ぐに見つめた。
雪乃は軽く肩をすくめて言った。
「ならいいわ。今日はスイートポテトとロシアンティーしかないけど、それで満足してくれるなら。」
王子は興味深そうに尋ねた。
「ロシアンティーとは?」
雪乃は紅茶を淹れながら説明を始めた。
「濃く淹れた紅茶に、小皿にジャムを添えるのが特徴よ。ジャムを紅茶に混ぜてもいいし、紅茶を飲みながらジャムをそのまま味わってもいい。お好みで楽しんでちょうだい。」
王子は感心したように頷いた。
「面白い発想だな。ぜひいただこう。」
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スイーツと紅茶の楽しみ方
スイートポテトとロシアンティーが王子の前に運ばれると、彼はじっくりとそれらを観察した後、スイートポテトを一口食べた。
「外は香ばしく、中はしっとりと甘い。これは絶品だ。」
次にロシアンティーを手に取り、少し紅茶を口に含んでからジャムを舐めてみる。
「ジャムだけでも美味しいが、紅茶と合わせるとさらに深みが増すな。」
雪乃は満足げに頷いた。
「でしょう? 素朴だけど、意外と飽きのこない味なの。」
アレクシス王子は笑みを浮かべながら言った。
「君の店ではどのメニューにも新鮮な驚きがあるな。また通いたくなる理由が分かる。」
その言葉に、雪乃は内心で「また来るの!?」と焦りながらも、表情には出さずに微笑みを返した。
「それは嬉しいわ。でも、今日はこのメニューで十分楽しんでいってね。」
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閉店後、雪乃はカウンター越しに紅茶を飲みながら、弥生と忍に言った。
「やっぱりスイートポテトとロシアンティーだけなら楽でいいわね。毎日これで行きたいくらい。」
弥生は微笑みながら答える。
「お嬢様、それだとランチを求めるお客様が不満を抱えそうですね。」
「その時は、その場の気分でまた何か考えるわ!」
雪乃は笑いながら、最後のスイートポテトを一口頬張った――。
第4章:予約制ランチとその限界
閉店後の反省会
午後の営業が終了し、片付けを終えた弥生と忍が雪乃の周りに集まった。
ソファで紅茶を飲む雪乃は、今日のスイートポテトが好評だったことに満足げな表情を浮かべていた。
「やっぱり私って天才よね。スイーツだけでお客様を満足させられるんだから。」
弥生がトレイを片付けながら冷静に指摘する。
「お嬢様、今日はランチを求めるお客様が何人もいらっしゃいましたが、対応に困っていたようでしたよ。」
「だからランチなんてやらないって決めたのに、どうしてみんな分かってくれないのかしら。」
雪乃はため息をつきながら答えたが、忍が静かに口を開いた。
「とはいえ、ランチ目当てで来られるお客様を放っておくと、店の評判にも影響が出るかもしれません。」
その言葉に、雪乃は表情を引き締めて言い放った。
「評判は、少し悪くなったほうがお客様が減るからいいのよ。」
その大胆な発言に、弥生と忍は一瞬絶句した。
「お嬢様、それでは商売になりません!」
弥生が驚いて声を上げると、雪乃は淡々と答える。
「だから、趣味なので商売なんてどうでもいいの。」
その一言に弥生も忍も反論の言葉を失い、苦笑を浮かべるしかなかった。
予約制と限定数の提案
「でも、さすがに何もしないわけにはいかないわね。」
紅茶を飲み干した雪乃は、しばらく考えた後、思いついたように言った。
「ランチを完全予約制にするのよ。それに予約数も限定するわ。」
弥生が驚いた顔で尋ねる。
「予約数を限定ですか? それなら対応がしやすくなりますが……何名まで受け付けるおつもりですか?」
雪乃はあっさりと答える。
「最大で5人。それ以上は絶対に無理よ。」
「5人……?」
忍が目を細めて確認するように言った。
「それではランチの利益がほとんど出ないのではないですか?」
「だから商売じゃなくて趣味だって言ってるじゃない。少人数なら余計な手間が省けるし、私も疲れないわ。」
雪乃は胸を張りながら言い放つ。
弥生は半ば呆れながらも、スケジュール帳にメモを書き込む。
「予約制にするのはいいとして、予約が埋まらなかった場合はどうするつもりですか?」
「その日は休めるでしょ。むしろ埋まらないほうがいいわ。」
雪乃は微笑みながら答えた。
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新たな営業方針の決定
「それから、メニューも限定よ。日替わりでミートソースパスタかクラブサンドだけ。」
雪乃はさらに提案を続ける。
「提供時間は12時から1時まで。それ以降はスイーツと紅茶だけの営業にするの。」
「つまり、予約制、限定5名、ランチ提供は1時間のみ、ということですね?」
忍が冷静に確認すると、雪乃は満足げに頷いた。
「そういうこと! 完璧でしょ?」
弥生は苦笑しながら小声で忍に囁いた。
「お嬢様、本当にこれでお客様が満足すると思っていらっしゃるのかしら?」
「いえ、お嬢様の満足が第一ですから……。」
忍も小声で返しながら、片付けを続けた。
「これで明日からはもっと楽になるわね。」
雪乃はソファに腰を下ろし、最後のスイートポテトを一口頬張りながらそう呟いた。
しかし、翌日から新たな営業方針に伴う新たな騒動が待ち受けていることを、彼女はまだ知らなかった――。
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