「雪の庭」の目の前に突如オープンした大きな喫茶店。
「朝8時から夜8時まで営業。広々とした店内と豊富なメニューが魅力!」という派手な広告が街中に張り出され、注目を集めていた。
「これは……お客様がみんなあちらに流れるのでは?」
弥生が不安げに呟く。
「まさか、朝から夜まで営業なんて、どれだけ働くつもりなんだか。」
雪乃は呆れたように紅茶を啜りながら、全く危機感のない様子だ。
「お嬢様、お客様が減れば、この店の経営に支障が出るのでは?」
忍が冷静に指摘するが、雪乃は肩をすくめて言った。
「むしろ静かになっていいじゃない。お客があっちに流れてくれれば、混雑が緩和されて助かるわ。」
その言葉に、弥生と忍、そして新店員のセリーヌとクラリスは顔を見合わせ、呆然とした表情を浮かべた。
雪乃が目の前の喫茶店を一瞥し、紅茶を啜りながらぽつりと呟いた。
「あの店、朝から晩まで開いてるんだって? 私には到底理解できないわ。」
弥生が片付けをしながら溜め息をついた。
「普通の喫茶店はそういうものです。むしろ『雪の庭』のように3時間しか営業しない店の方が異常です。」
「それでも繁盛してるんだから不思議よね。」
雪乃はまるで他人事のように微笑んだ。
しかし、忍は表情を曇らせていた。
「目の前の新しい喫茶店、朝からずっと満員のようです。このままだとお客様が流れてしまうかもしれません。」
「流れてくれればいいじゃない。静かになるし、暇ができて助かるわ。」
紅茶を飲みながら涼しい顔をする雪乃に、弥生と忍は同時に呆れた表情を浮かべた。
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ライバル店の賑わい
午前中、忍は「雪の庭」の前で掃除をしていた。
目の前にある新しい喫茶店の大きなガラス窓から、中の様子がよく見える。
「……本当に満員だ。」
忍は何度も席を行き交う店員たちと、楽しそうに談笑するお客の姿を目にして唸った。
店内に戻ると、さっそくそのことを報告した。
「あの店、満員です。おそらく、こちらのお客様も流れているのではないでしょうか。」
弥生は眉を寄せ、少しだけ不安そうに頷いた。
「やっぱり……この店、どうなってしまうのでしょう。」
しかし、雪乃は相変わらず平然としていた。
「だから言ったでしょ? 流れてくれれば静かでいいって。」
「お嬢様、危機感というものが欠如しています!」
弥生がつい声を荒げるが、雪乃は肩をすくめただけだった。
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「雪の庭」の開店
午後1時、いつも通り「雪の庭」が開店した。
雪乃がゆっくりと看板を出すと、すでに入口には数人の常連客が待っていた。
「こんなに早くから来ていたの?」
雪乃が尋ねると、常連客の一人が笑顔で答えた。
「もちろんです。この店が開くのをずっと待っていましたから。」
その後も次々とお客がやってきて、店内はたちまち満席に。
弥生や忍、セリーヌとクラリスがテキパキと働く中、雪乃はカウンターの奥で紅茶を啜りながら首を傾げた。
「どうしてこんなに混むのよ? あの店があるんだから、そっちに行けばいいじゃない。」
忍は手が空いたタイミングで常連客の一人に尋ねた。
「あなたは、あちらのお店にいませんでしたか?」
その客は軽く笑いながら答えた。
「ああ、あの店でこの店が開くのを待ってたんだよ。向こうからだと、こっちがオープンするのがよく見えるからね。」
「えっ?」
忍は思わず聞き返した。
別の客も同調するように言った。
「あちらは朝早くから開いていて居心地もいい。『雪の庭』が開くまでの時間をつぶすには最適なんだ。」
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意外な展開
それを聞いた弥生は愕然とした表情で雪乃を見た。
「お嬢様……あの店、完全に『雪の庭』の待合室になっています。」
雪乃は一瞬目を丸くしたが、すぐに肩をすくめて呟いた。
「……まあ、それならそれでいいわ。」
「よくないです!」
弥生が即座に突っ込む。
しかし、店内の混雑ぶりはそれを物語っていた。
「雪の庭」のお客様は、朝から新しい喫茶店で待機し、開店と同時に押し寄せてくる。
その結果、普段以上の混雑となっていたのだ。
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閉店後、弥生はため息をつきながら片付けをしていた。
「ライバル店ができたらお客様が減るかと思いましたけど、逆に増えるなんて……。」
忍も首を振りながら同意する。
「こんな展開、誰も予想できませんでしたね。」
雪乃は紅茶を飲みながら、少し不満そうに言った。
「結局、静かで暇な喫茶店にはなれないのね。」
その言葉に弥生は苦笑いしながら答えた。
「お嬢様のスイーツが特別だからです。」
「……次はもっと地味なものを作ろうかしら。」
雪乃はぼそっと呟いたが、その言葉が実行されることはなさそうだった――。
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「忙しくて話にならないわ!」
雪乃がカウンターの奥で紅茶を啜りながら、不機嫌そうに声を上げる。
弥生は注文されたスイーツを手早く仕上げながら、冷たい目で雪乃を見た。
「お嬢様、なにもしてませんよね?」
その言葉を完全にスルーした雪乃は、突然席を立つと、思い立ったように言った。
「ちょっとあっちのお店に行ってくる。」
「はい?なんでそうなるんですか?」
弥生が戸惑いながら問いかける。
「偵察よ。あの店がどうしてあんなに客を集めていたのか、確認してくるわ。」
「いや、今は明らかにこちらの方が忙しいですよね!?」
弥生のツッコミも耳に入らない様子で、雪乃はマントを羽織って店を出て行った。
閑散とする「スタードール」
一方、その頃。
目の前の新しい喫茶店「スタードール」の店内は、閑散としていた。
ほんの数十分前までは、多くの客で賑わい、ウェイターたちは忙しく動き回っていたというのに、今はほとんどの席が空席になり、店員たちが所在なさげに立ち尽くしている。
カウンターの奥で腕を組み、難しい顔をしているのは、「スタードール」の店長アルベルトだ。
彼は先ほどから頭を抱え、何度も同じ言葉を繰り返していた。
「なぜだ……なんであんな3時間しか営業しないふざけた店に客を奪われる……!」
店員の一人が恐る恐る口を開く。
「店長、もしかして『雪の庭』の方が味が……?」
「そんなわけがない!」
アルベルトは机を叩きながら声を荒げた。
「うちのメニューは王宮の御用達シェフが監修したんだぞ!? 味に関しては絶対に負けていない!」
「それなら……何が原因なんでしょう?」
店員たちも首を傾げるばかりだった。
雪乃は「スタードール」の扉を開け、堂々と店内に足を踏み入れた。
豪華なシャンデリアが輝く広々とした店内を見回しながら、一人の店員に声をかける。
「店長はいますか?」
突然の質問に、店員は一瞬戸惑った。
「店長ですか? どのようなご用件で……」
「向かいの店、『雪の庭』の店長をしている雪乃と申します。」
その言葉を聞いた瞬間、店員の顔が青ざめた。
「向かいの店……『雪の庭』の店長!? 敵の店長じゃないか!」
慌てて店長室へ駆け込み、早口で報告を始めた。
「店長! 店長! 雪の庭の店長が、お会いしたいと訪ねてきました!」
奥の部屋で書類に目を通していたアルベルトは、その言葉に顔を上げた。
「何だと? 向かいの店の店長が? いったい何の用だ?」
「それが、私にも全くわかりません……。」
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店長同士の対面
やがて、アルベルトが店内に現れ、雪乃と対峙した。
身長の高いアルベルトは少し警戒した様子で雪乃を見下ろしながら言った。
「私が『スタードール』の店長アルベルトだ。何の用かね、『雪の庭』の店長が?」
雪乃は微笑みを浮かべながら答えた。
「お初にお目にかかります。今日は少しお話したいことがありまして。」
「お話? 何のことだ?」
雪乃は一歩前に出て、小さな声で囁くように言った。
「業務提携しませんか?」
その一言に、アルベルトは一瞬呆然とし、目を見開いた。
「はあ? 業務提携? いったい何を言っているんだ?」
「そちらの店が頑張って繁盛していただけないと、こちらが迷惑してしまうのです。」
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思わぬ提案
アルベルトはさらに困惑し、眉間に皺を寄せた。
「迷惑? どういうことだ?」
「うちのお客様が、そちらで待ち時間を潰しているせいで、当店の開店と同時に大勢押し寄せてしまうんです。こちらのキャパを超えた混雑になっていて、非常に困るんです。」
「……え?」
アルベルトはますます理解できない様子だった。
雪乃は気にせず続ける。
「ですので、あなたのお店がもっとお客様を惹きつけられるよう、私たちでお手伝いさせていただきます。」
「……どういうことだ?」
「当店で以前出していたスイーツのレシピをいくつか提供します。それをこちらのお店で出していただければ、そちら目当てのお客様が増え、当店の混雑を和らげることができるでしょう。」
アルベルトは驚きながらも、その提案に少し興味を抱き始めた。
「つまり、君の店の過去の人気スイーツを、うちに出してくれと言うのか?」
「その通りです。」
雪乃は満足げに頷いた。
「確かに……あちらの小さな店では、あれだけの数のお客様に対応するのは無理があるだろうな。」
アルベルトは顎に手を当てて考え込む。
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アルベルトの決断
しばらくの沈黙の後、アルベルトは静かに頷いた。
「分かった。その提案、受け入れよう。」
雪乃は微笑みを浮かべて一礼した。
「ありがとうございます。これでお互い、より快適に営業できるでしょう。」
「だが一つ聞きたい。」
アルベルトが真剣な表情で尋ねた。
「君はどうしてそこまでしてこちらに協力しようとする? 普通、ライバル店には足を引っ張られるものだと思うが。」
雪乃は紅茶を飲む仕草を真似ながら答えた。
「簡単なことです。私は静かで暇な喫茶店が理想なんです。」
そのあまりにも堂々とした言葉に、アルベルトは呆れたように苦笑いを浮かべた。
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雪乃が「スタードール」を後にすると、アルベルトはその背中を見送りながら呟いた。
「全くとんでもない店長だな……でも、なぜか悪い気はしない。」
雪乃は小さくガッツポーズをしながら、「これで少しは静かになるわね」と心の中で呟いていた。
「雪の庭」の一日は、いつもと少し違う静けさで始まった。
忍が店の前を掃除していると、普段なら訪れるはずの常連客たちが、「スタードール」の方へと歩いていく姿が目に入った。
「……何かがおかしいですね。」
忍は首を傾げながら店内に戻り、その様子を弥生に報告した。
「お嬢様、今日のお客様が少し少ないようですが……。」
忍が不安そうに言うと、雪乃は紅茶を啜りながら淡々と答えた。
「いいことじゃない。混雑が緩和されるのを待っていたのよ。」
「でも、スタードールに流れるのは、少し心配じゃないですか?」
弥生が眉を寄せるが、雪乃は肩をすくめた。
「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと計算通りだから。」
雪乃は自信満々の表情を浮かべていた。
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スタードールの賑わい
その頃、スタードールの店内は異様なほどの賑わいを見せていた。
新メニューとして提供された「雪の庭」の過去のスイーツ――「クラシックショコラ」や「ベイクドチーズケーキ」などが次々と注文され、店員たちは大忙しだった。
「すみません、クラシックショコラをもう一つ追加で!」
「あちらのテーブルには、ベイクドチーズケーキを!」
アルベルトはその光景を見つめながら、ふと笑みを浮かべた。
「さすがは雪の庭のレシピだ。こんなに反響があるとは……。」
店員たちも忙しさに追われながら、次々と注文をさばいていった。
「店長、まさかこんなに人気が出るとは思いませんでしたね。」
「そうだな……だが、これで少しは向こうの店の負担も減るだろう。」
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雪の庭の静けさ
一方で、「雪の庭」は久々に穏やかな雰囲気に包まれていた。
開店して1時間が経っても、店内はほぼ満席にはならず、常連客がゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「今日は……こんなに静かなんですね。」
弥生が少し不思議そうに言うと、雪乃は満足げに微笑みながら答えた。
「これで理想の喫茶店に一歩近づいたわね。」
「でも、お客様が減るのは、経営的には困るんじゃ……。」
弥生が心配そうに言うが、雪乃は紅茶を飲みながら軽く笑った。
「大丈夫よ。また新しいスイーツを出せば、あっという間に戻ってくるわ。」
「……その自信はどこから来るんですか。」
忍が呆れたように言うと、雪乃は得意げに肩をすくめた。
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常連客の反応
そんな中、一人の常連客がふらりとやってきた。
「店長、今日はずいぶんと静かですね。」
「そうね。たまにはこういう日も必要でしょ?」
雪乃がさらりと答えると、客は苦笑いを浮かべた。
「実は、スタードールで『クラシックショコラ』を食べてきたんですよ。」
その言葉に弥生が驚きながら聞き返した。
「どうでした? 味は変わりませんでしたか?」
「ええ、さすが雪の庭のレシピですね。美味しかったですよ。でも、やっぱりこの店の雰囲気が恋しくて、つい足を運んでしまいました。」
その言葉に、弥生と忍は少し驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべた。
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閉店後、片付けを終えた店内で雪乃が紅茶を飲みながら呟いた。
「やっぱり計画通りになったわね。」
「本当にこれで良かったんでしょうか?」
弥生が少し不安げに尋ねるが、雪乃は自信満々の笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。これで私たちは静かで優雅な時間を楽しむことができるの。」
「お嬢様、これ以上静かだと、いっそのこと店を閉めそうで怖いんですが……。」
忍が苦笑いしながら言うと、雪乃は無言で紅茶を一口飲んだ。
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こうして、「雪の庭」と「スタードール」は奇妙な形で共存するようになった。
しかし、この静けさがどれだけ続くのかは、誰にもわからなかった――。
「雪の庭」の店頭に、目を引く張り紙が貼られていた。
「お知らせ:過去に当店で提供したスイーツが『スタードール』でお召し上がりいただけます。」
張り紙を見た弥生が驚いた表情で店内に駆け込む。
「お嬢様、これは一体なんですか!?」
弥生がその張り紙を手に持ちながら詰め寄ると、雪乃は紅茶を飲みながら気だるげに答えた。
「書いた通りよ。スタードールと業務提携したの。」
「業務提携……つまり、過去のスイーツのレシピを提供したということですね?」
忍が冷静に尋ねる。
「まぁ、そんなところね。」
雪乃は紅茶のカップをカウンターに置き、肩をすくめた。
「いくらで提供したんですか?」
セリーヌが少し不安そうな顔をしながら尋ねる。
「このお店の混雑と引き換えに。」
その答えに、店員たちは一瞬沈黙した後、弥生が声を上げた。
「はぁ!? まさか、タダで渡したんですか?」
雪乃はあっさりと頷いた。
「そうよ。」
「えーーーっ!」
店員全員の声が店内に響き渡る。
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店員たちの驚き
「お嬢様、それは……いくらなんでも大胆すぎます!」
忍が呆れた声で言うと、セリーヌも唖然とした表情で続けた。
「タダで提供するなんて、普通なら考えられません!」
「お嬢様、本気なんですか?」
弥生が半ば信じられないという顔で問い詰めると、雪乃は少し不満そうに紅茶を飲み干しながら答えた。
「本気よ。だって、これで店が静かになって、私がゆっくり紅茶を楽しめるなら、それでいいじゃない。」
その言葉に、弥生は頭を抱えた。
「お嬢様、本当に店の経営を考えてます?」
「考えてるわよ。ただ、私にとって一番大事なのは、優雅で静かな時間なの。」
雪乃は全く悪びれる様子もなく言い切った。
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店内の反応
その日、張り紙を見た常連客たちが雪の庭に訪れ、さまざまな反応を示した。
「スタードールで『クラシックショコラ』が食べられるって本当ですか?」
「そうよ。」
「なら、今日はそっちに行ってみようかな……。」
「どうぞどうぞ。」
雪乃がにこやかに送り出すと、弥生が小声で呟いた。
「お嬢様、本当にいいんですか……?」
一方、別の客は逆に疑問を投げかけた。
「でも、この店の雰囲気も好きなんだよな。スタードールはなんだか豪華すぎて落ち着かないし。」
その言葉に、雪乃は目を輝かせた。
「そうでしょ? だから、次回のスイーツも楽しみにしててね。」
弥生はそのやり取りを見ながら頭を抱えた。
「お嬢様、本当にこの調子でいいんでしょうか……。」
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スタードールの店長アルベルトの反応
その頃、スタードールでは、雪乃の張り紙を見たお客たちが次々と来店していた。
「雪の庭の過去のスイーツが食べられると聞いてきました!」
「クラシックショコラとベイクドチーズケーキ、両方ください!」
アルベルトはその光景を見て、店の厨房で一人満足げに呟いた。
「まさかこんなに反響があるとは……。雪の庭の店長は、何を考えているのか分からないが、結果的にこちらにとってはありがたい話だ。」
しかし、彼はまだ知らなかった。雪乃の本当の目的は、彼の店に混雑を分散させることだったのだ――。
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閉店後、弥生が最後の片付けをしながら雪乃に言った。
「お嬢様、今日はいつもより少し静かでしたね。」
「でしょ? 私の計画通りよ。」
雪乃は満足げに紅茶を飲みながら答えた。
「でも……タダでレシピを渡すなんて、やっぱりもったいない気がします。」
弥生が溜め息をつくと、雪乃は微笑みながら言った。
「価値はお金じゃないわ。私が静かに過ごせることが一番の価値なの。」
その自由奔放な答えに、弥生と忍、セリーヌ、クラリスの全員が同時に頭を抱えたのだった――。
閉店後、「雪の庭」の店内には疲れた表情の店員たちが集まっていた。
張り紙を見たお客様がスタードールに流れたことで、いつも以上に静かで、楽になったように見える一日だったが、店員たちはどこか不満げだった。
「お嬢様、本当にこれでいいんでしょうか?」
弥生が疑問の声を上げると、雪乃は優雅に紅茶を飲みながら答えた。
「いいに決まってるじゃない。これで混雑が解消されて、私たちは静かに過ごせるのよ。」
忍が少し不安そうな顔で口を挟む。
「ですが、お嬢様。スタードールが儲かる一方で、こちらの売上が減るのでは……。」
すると雪乃は笑顔で肩をすくめて言った。
「そんなことないわよ。だって、これでお客様は好きなスイーツをどちらの店でも食べられる。うちは混雑が解消されるし、あちらは儲かる。お客様も満足。誰も損しない、まさにWin-Winの関係じゃない。」
その堂々とした言葉に、弥生は呆れたような表情で溜め息をつきながら答えた。
「でも、どう考えても……うちだけが損している気がします。」
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店員たちの疑問
「そうですよね。タダでレシピを提供した上に、お客様まで流してしまうなんて……。」
セリーヌも弥生に同調しながら言葉を続けた。
「お嬢様、もしかして私たちがどれだけ大変か分かってないんじゃないですか?」
クラリスも苦笑いを浮かべながら話に加わる。
しかし、雪乃は一切動じずに答えた。
「分かってるわよ。だからこそ、これで全員がハッピーになれるの。」
「どうしてそうなるんですか?」
弥生が思わず詰め寄るが、雪乃は余裕たっぷりの表情で言った。
「だって、これで静かで落ち着いた時間が戻ってくるんだから、私にとっては最高の結果でしょ?」
その答えに、店員たちは全員同時に頭を抱えた。
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お客様の反応
そんな中、常連客の一人が帰り際に言った。
「お嬢様、スタードールで『クラシックショコラ』を食べてきましたよ。久しぶりに食べられて嬉しかったです。」
雪乃は満足げに微笑みながら答えた。
「それは良かったわね。これからもどちらの店でも楽しんでちょうだい。」
しかし、そのお客様は少し戸惑った様子で言葉を続けた。
「でも……やっぱりこちらの雰囲気が好きなので、つい戻ってきてしまいました。」
その言葉を聞いた弥生が、少し驚きながら口を挟んだ。
「本当ですか? それならこちらにもまた来てくださいね!」
お客様は笑顔で頷きながら帰っていったが、店員たちはどこか複雑な表情を浮かべていた。
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閉店後、弥生が溜め息をつきながら呟いた。
「お嬢様、本当にこれで良かったんですかね……。」
忍も苦笑いを浮かべながら同意する。
「確かに静かにはなりましたが、何か大事なものを失ったような気がします。」
しかし、雪乃は全く気にする様子もなく、紅茶を啜りながら言った。
「大丈夫よ。私が静かに過ごせることが一番の価値なんだから。」
「お嬢様、それは自分勝手すぎます!」
弥生が声を荒げるが、雪乃はどこ吹く風で、次のスイーツのことを考え始めていた――。
こうして、雪乃の大胆すぎる提携は、一見成功したかのように見えたが、その影響はまだ未知数だった。
閉店後の「雪の庭」。
新作スイーツ「フレンチクルーラー」の試作品を囲んで、店員たちは味見をしていた。
「このふわっと軽い食感、たまりませんね。」
弥生が感嘆の声を上げると、セリーヌも笑顔で頷いた。
「甘さ控えめで、いくらでも食べられそうです。」
「これなら、どのお客様にも喜ばれるでしょうね。」
クラリスも一口頬張りながら感想を述べた。
それを聞いた雪乃は満足げに微笑みながら紅茶を一口飲むと、ふわりと宣言した。
「明日から、このフレンチクルーラーを出すわよ。」
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店員たちの反応
その一言に、弥生が驚いた顔で問い返す。
「えっ!? もう明日からですか?」
「ええ、もちろんよ。」
雪乃は紅茶を片手に優雅な仕草で頷く。
「これだけおいしいんだから、出さない理由がないでしょ?」
「ですが、お嬢様、試作は成功しましたが、明日からとなると準備が……。」
忍が困惑した表情で言うが、雪乃はさらりと答えた。
「大丈夫よ。弥生たちがいれば問題ないわ。」
「結局、私たちが準備するんですね……。」
弥生は内心で溜め息をつきながら、それ以上何も言わなかった。
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明日への期待
「お嬢様、本当にこのフレンチクルーラー、いい反応をもらえるでしょうか?」
セリーヌが少し不安げに尋ねると、雪乃は自信満々の笑みを浮かべて言った。
「もちろんよ。この軽さと甘さ、どのお客様も気に入るわ。」
そして最後に、ふわりとフレンチクルーラーを一口食べながらこう付け加えた。
「これでまた、雪の庭のスイーツが伝説になるわね。」
その様子に店員たちは顔を見合わせながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
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こうして「雪の庭」の一日は終わり、新作スイーツ「フレンチクルーラー」が翌日からメニューに加わることが決まった。
雪乃の気まぐれが、また新たな物語を生み出そうとしている――。