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第10話 常連王子とライバル店店長

 午後1時を少し回った頃、「雪の庭」の扉が静かに開いた。


「今日のスイーツは何だ?」


変装した第一王子が、いつもの席に腰を下ろし、自然な口調で弥生に尋ねる。

黒いフード付きのコートで顔を隠したつもりだが、その立ち居振る舞いや上品な口調は隠しきれていない。


「本日のスイーツは、フレンチクルーラーでございます。」

弥生が紅茶を用意しながら答えると、王子は満足げに頷いた。


「それは楽しみだ。」


彼の声や動きは、すっかりこの店の風景の一部になっていた。店員たちは全員、その正体に気付いていたが、変装している本人がバレていないと思っているので、あえて触れないようにしていた。



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常連客としての王子


セリーヌがクラリスに小声で話しかける。

「毎日変装してきて、正体がバレていないつもりなのよね。」

「きっと誰も気付いてないと思っているんでしょうね。でもまあ、普通に振る舞ってくれるから、接客しやすいけど。」


その一方、カウンター奥で紅茶を飲んでいる雪乃は、けだるそうに言った。

「それにしても、なぜ毎日来るのかしら。隠す気があるのかないのかわからないわね。」


忍が冷静に返す。

「お嬢様、仮に隠す気がないとしても、どうぞ触れないでくださいませ。」


雪乃は肩をすくめて、再び紅茶を口に運んだ。



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フレンチクルーラーの魅力


第一王子のテーブルにフレンチクルーラーが提供されると、彼はその美しい見た目に一瞬目を輝かせた。


「これは……美しい造形だな。」

一口食べると、感嘆の声を上げた。

「……素晴らしい。甘さも控えめで、非常に上品だ。」


その声に雪乃は涼しい顔で答える。

「当然よ。お客様に満足していただくのが、私の役目だから。」


「お嬢様、それを言うなら『弥生の役目』です。」

横から弥生が小声でツッコミを入れるが、雪乃は聞き流したふりをしている。


「このスイーツは、どこから発想を得ているんだ?どれも独創的で完成度が高い。」

王子が感心しながら尋ねると、雪乃は肩をすくめて答えた。

「ただの趣味よ。趣味だからこそ自由に作れるし、商売っ気に縛られない。それだけのこと。」


王子はさらに満足げに頷きながらスイーツを食べ進めた。その自然体な振る舞いは、他の客にも穏やかな雰囲気を広げていた。



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閉店時間までの予感


弥生が王子の紅茶を注ぎ直しながら、小声で雪乃に話しかける。

「お嬢様、第一王子が今日も閉店までいらっしゃる予感がします。」


雪乃はけだるげな目で王子の姿を見つめた。

「そうね。なんだかここを落ち着きの場にしてるみたい。」


セリーヌが付け加える。

「変装していらっしゃるのに、堂々と居座るお姿、ちょっと可愛らしいですけど。」


「可愛らしい……ね。」

雪乃は苦笑しながら紅茶を飲み干した。


閉店まで残る常連客――第一王子は今日も「雪の庭」で何かを思索しているようだった。


 午後も遅くなり、「雪の庭」の店内が少し静かになった頃、扉が音を立てて開いた。

現れたのは、ライバル店「スタードール」の店長アルベルトだった。


黒いスーツに身を包み、堂々とした振る舞いでカウンター席に腰を下ろした彼を見て、セリーヌとクラリスが顔を見合わせた。


「ライバル店の店長が、なぜここに?」

「何をしに来たのかしら……。」


そんな店員たちの小声をよそに、弥生が落ち着いた声で挨拶する。

「いらっしゃいませ。本日は何をお召し上がりになりますか?」


アルベルトは迷うことなく答えた。

「紅茶と本日のスイーツを頼む。フレンチクルーラーだろう?」


弥生が驚いたように返す。

「常連のお客様から聞いていらしたんですね。それではすぐにご用意いたします。」



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フレンチクルーラーに感動するアルベルト


紅茶とともに提供されたフレンチクルーラーを前に、アルベルトは目を細めて感心した様子を見せる。

「これは……見た目からして美しいな。」


彼はナイフを手に取り、丁寧に切り分けて一口食べた。


「……素晴らしい。外はふんわりとして軽やかで、香ばしさが際立つ。そして中はしっとりと柔らかい。甘さが控えめで紅茶によく合う。まさに完成された一品だ。」


その感想を聞いた雪乃は、カウンター越しに涼しい顔で答える。

「当然でしょ。お客様に満足していただくのが、私の役目なんだから。」


「お嬢様、それを言うなら『弥生の役目』です。」

弥生が小声でツッコミを入れるが、雪乃は意に介さない。



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レシピ提供を巡る交渉


アルベルトはスイーツを一口また一口と味わいながら、真剣な表情で雪乃を見つめた。

「雪乃店長。このフレンチクルーラーのレシピを、ぜひ私の店に提供してくれないか?」


店内が一瞬静まり返る中、セリーヌが小声で呟く。

「やっぱり、それが目的だったのね……。」


雪乃は紅茶を飲みながら微笑み、落ち着いた口調で答えた。

「今日発表したばかりの新作よ。すぐに提供するのは無理ね。まだ渡していないレシピがたくさんあるの。それを順番に提供しているのよ。」


アルベルトは頷きながらも、さらに問いかける。

「それなら、提供可能になったらすぐに知らせてほしい。このスイーツは絶対にお客様を惹きつける力がある。」


「そうね。でも、提供するレシピはあくまで私が決めるわ。それに、ここで食べるから特別なのよ。無闇に出回らないほうが価値も上がると思うわ。」


雪乃の答えに、アルベルトはしばらく考え込んだが、納得したように微笑んだ。

「なるほど。君のスイーツへのこだわりがよく分かったよ。」



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紅茶の秘密を巡る提案


アルベルトは紅茶を口に運び、その香りと味わいに感心した様子で続ける。

「それにしても、この紅茶も素晴らしい。香り高く、深い味わいで、それでいて価格は驚くほど安い。」


雪乃は軽い調子で答える。

「紅茶の仕入れルートが特別だからよ。」


「その仕入れ先を教えてくれないか?いや、むしろ、その紅茶をうちにも卸してくれないか?」


その提案に、店内の空気が一瞬凍りついた。

「厚かましい!」

忍が即座に声を荒げた。


「お嬢様のご厚意に甘えすぎです!それに、紅茶は当店の象徴です。他店に簡単に提供できるようなものではありません!」


セリーヌとクラリスも口々に非難する。

「その紅茶を他店で出されたら、当店の魅力が薄れてしまうじゃない!」


雪乃は手を軽く上げて場を静めると、穏やかな声で答えた。

「申し訳ないけど、他店に渡すほどの量は確保していないの。それに、仕入れ先も秘密よ。」


アルベルトは肩をすくめ、苦笑を浮かべる。

「そうか、それは残念だ。でも、君のこだわりがよく分かったよ。」



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第一王子の一言


そのやり取りを聞いていた第一王子が、紅茶を飲みながら口を開いた。

「スタードールの店長がここまで感心するとは、『雪の庭』のスイーツと紅茶はやはり特別だということだな。」


アルベルトは第一王子の変装した姿を一瞥し、軽く笑って答えた。

「確かに特別だ。この店の魅力には素直に感服するよ。」


雪乃は紅茶を飲みながら、少しだけ笑みを浮かべた。

「褒めてくれるのはありがたいけど、お客様としてたくさんお金を落としてくれるほうがもっと嬉しいわ。」


店内は笑いとともに穏やかな雰囲気に包まれ、アルベルトは満足げに紅茶を飲み干した。



店内の空気が和やかに戻る中、アルベルトはスイーツを食べ終え、紅茶のカップを置いた。

「今日も素晴らしい体験だった。ありがとう、雪乃店長。」


こうして、「雪の庭」と「スタードール」の不思議な交流は一つの節目を迎え、次の展開へと続いていくのだった。



閉店時間が近づく頃、店内に残る客は第一王子とアルベルトだけだった。

王子は紅茶をゆっくりと楽しみながら、時折外の景色を眺めている。対して、アルベルトはフレンチクルーラーを最後の一口まで味わい尽くし、感心しきった様子でスプーンを置いた。


「本当に素晴らしい。この完成度には脱帽だ。」

アルベルトが心からの賛辞を送ると、弥生が静かに微笑みながら皿を下げに来た。


「お褒めいただきありがとうございます。」

その言葉に続けて、雪乃が紅茶を飲みながら何気なく口を開いた。

「さて、アルベルト店長。せっかくだから、明日の新作スイーツを試してみる?」


その一言にアルベルトは目を丸くした。

「明日の新作だって?ライバル店の私に、それを試食させるのか?」


雪乃は平然とした顔で肩をすくめる。

「もちろん感想を聞きたいだけよ。あなたの店で出されるわけじゃないし、何の問題もないわ。」


アルベルトは一瞬考え込むと、納得したように微笑んだ。

「君は本当に変わった店長だな。だが、その提案、乗らせてもらおう。」



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明日の新作スイーツ「抹茶と栗のシュトーレン」


弥生が少し驚いた様子で口を挟む。

「お嬢様、試作はまだ完全ではありませんよ?本当に試食させてしまうんですか?」


雪乃は軽く笑いながら答える。

「いいのよ。完成前だからこそ意見を聞けるチャンスじゃない。」


そう言いながら、弥生に準備を指示する。

「弥生、冷蔵庫にある試作品を持ってきて。お茶も添えてね。」


弥生は渋々ながらも、キッチンに向かい準備を始めた。


数分後、アルベルトの前に試作の「抹茶と栗のシュトーレン」が運ばれる。

鮮やかな緑色の生地に栗が美しく練り込まれた見た目に、アルベルトは目を見張った。


「これが新作か……見た目からして素晴らしいな。」


彼が一口味わうと、深く息をついて感嘆の声を漏らした。

「ほろ苦い抹茶の風味と栗の自然な甘みが絶妙だ。何より、どちらも主張しすぎず、見事に調和している。」


その感想を聞いて、雪乃は満足げに頷く。

「よかったわ。完成にはまだ少し手を加えるけど、方向性は間違っていないようね。」



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店員たちのリアクション


カウンターの奥では、セリーヌとクラリスが小声で話していた。

「お嬢様、本当にライバル店の店長に試食させちゃうなんて……普通はありえないわよね。」

「でも、あのアルベルトさん、心から感動してるみたいですよ。」


弥生も少し呆れた様子で雪乃を見ながら、小さく呟いた。

「お嬢様の発想はいつも私たちの予想を超えてきますね……。」


忍がその場を締めるように言葉を付け加える。

「だが、それが『雪の庭』らしさということでしょう。」



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アルベルトの感謝


試食を終えたアルベルトは満足げに紅茶を飲み干し、雪乃に向き直った。

「ありがとう、雪乃店長。試作段階のスイーツを味わえるなんて、こんな贅沢はない。君の創造力には改めて感服するよ。」


雪乃は紅茶を飲みながらさらりと答える。

「感想をもらえたなら十分よ。それに、明日はお客様がどう感じるかも楽しみだわ。」


アルベルトは立ち上がり、軽く頭を下げた。

「今日も本当にありがとう。また勉強させてもらうよ。」


彼が店を後にすると、雪乃は一息つきながら紅茶を飲み干した。



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弥生が片付けを始めながら呟く。

「お嬢様、本当に自由すぎますよ。ライバル店の店長にまでサービスするなんて。」


雪乃は笑いながら返す。

「いいじゃない。私の趣味なんだから。」


こうして、「雪の庭」の1日は、穏やかに幕を閉じた。

明日の新作「抹茶と栗のシュトーレン」は、どんな反響を呼ぶのだろうか――。




第11話予告「柚子とハチミツの誘惑」


雪乃が考案した新作スイーツ「柚子とハチミツのフィナンシェ」がついに登場!

柚子の爽やかな香りとハチミツの優しい甘さが融合した一品に、常連客たちは大絶賛。


しかし、忙しい店内で雪乃は相変わらず紅茶を片手に優雅な時間を過ごすだけ。

「どうしてこんなに忙しいの?」とぼやく雪乃に、忍と弥生の容赦ないツッコミが飛び交う。


そして、常連客の第一王子は、スイーツの秘密を探ろうとするが、雪乃の自由奔放な発言に振り回されるばかり……。


次回、『柚子とハチミツの誘惑』

雪乃の趣味が、今日も世界を少しだけ甘くする!









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