朝の光が差し込む店内で、雪乃はいつものようにカウンターに座り、湯気を立てる紅茶のカップを手にしていた。
テーブルやカウンターにはすでに整然とした配置で準備が整っており、店員たちが開店に向けて最後の仕上げをしている。
「お嬢様、そろそろ今日のスイーツを教えていただけますか?」
弥生が手を止めて雪乃に尋ねると、雪乃はゆっくりとカップを置き、満足げに微笑んだ。
「今日のスイーツは『柚子とハチミツのフィナンシェ』よ。」
その言葉に、セリーヌとクラリスが顔を見合わせた。
「柚子……ですか?」
セリーヌが興味深げに問い返す。
「そう。柚子の爽やかな香りと、ハチミツの優しい甘さを組み合わせた贅沢な一品よ。」
雪乃は得意げに胸を張る。
「でも、柚子ってこの国ではあまり馴染みがないですよね。」
クラリスが首をかしげると、雪乃は涼しい顔で答えた。
「ジパングでは普通に使われているわ。私はその素晴らしさを広めてあげているのよ。」
その言葉に、弥生が冷ややかな目を向ける。
「……それ、つまりジパングの王女である自分を匂わせてるって気づいてます?」
「何を言っているの?ただのスイーツの話よ。」
雪乃は紅茶を一口飲み、まるで無関係だと言わんばかりの表情を浮かべる。
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開店準備
一方で、店員たちは新作スイーツの準備に追われていた。
弥生は厨房の魔道具冷蔵ストレージから「柚子とハチミツのフィナンシェ」を丁寧に取り出し、セリーヌとクラリスがそれを盛り付けていく。
「柚子の香りがすごくいいですね。お客様もきっと喜びますよ。」
セリーヌが感嘆の声を上げると、クラリスも頷いた。
「お嬢様のアイデアは本当に独創的ですよね。」
「私が頑張ったおかげね。」
いつの間にか話に加わった雪乃が紅茶を片手に堂々と言い放つ。
「いえ、実際に作ったのは私たちですが。」
弥生が即座に返すが、雪乃は気にした様子もなく優雅に微笑むだけだった。
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開店準備が整う中で
「さあ、もうすぐ開店の時間ね。」
雪乃が時計を見ながら呟くと、忍が店内を見回しながら報告する。
「今日も常連客が並んでいるようです。特に第一王子が目立たないよう変装していますが、あの方の仕草は隠しきれていませんね。」
「全く、どうして毎日通うのかしら。」
雪乃はけだるそうに言いながらカウンターに肘をついた。
「きっと、お嬢様のスイーツが気に入っているんですよ。」
セリーヌが微笑みながら言うと、雪乃は少し考え込んだ様子で首をかしげた。
「まあ、そうだといいわね。」
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こうして、「雪の庭」の新作スイーツ発表の日が始まる――。
柚子の爽やかな香りとハチミツの甘さが、どんな反響を呼ぶのか……。
店の扉が開くと同時に、常連客たちが次々と店内に足を踏み入れた。
中には初めて来た客の姿もちらほら見えるが、ほとんどは「雪の庭」の常連だ。
その中で、いつも通り変装した第一王子が、さりげなく窓際の席に座った。
「今日のスイーツは何だ?」
第一王子が注文をしながら、雪乃に声をかける。
「柚子とハチミツのフィナンシェよ。」
雪乃はカウンター越しに微笑みながら答える。
「ジパングの柚子か……それは興味深いな。」
王子は思わず口元を緩めた。
「あなた、柚子を知っているの?」
雪乃は少し驚いたように目を細めた。
「まあね。ジパングには興味があるからな。」
王子は動揺を隠すようにカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
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スイーツが運ばれる
セリーヌがテーブルにスイーツを運ぶと、店内に甘く爽やかな香りが広がる。
第一王子の目がフィナンシェに吸い寄せられるように輝いた。
「これは……見た目からして上品だな。」
彼は丁寧にフォークを手に取り、一口食べる。
その瞬間、満足そうに目を細めた。
「ほろ苦い柚子の香りと、ハチミツの甘さが絶妙だ。この国では珍しい味だな。」
彼の感想に、周りの客たちも興味を引かれ、次々と注文を始める。
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店内の反応
「この香り!なんて爽やかなんだ!」
「ハチミツの甘さと柚子の風味がぴったり合うね。」
お客様たちの感嘆の声が店内を賑わせる中、雪乃はカウンター越しにその様子を眺めながら、どこかけだるそうに呟いた。
「どうしてこんなに忙しいのかしら……。」
「お嬢様、理由は明らかです。新作スイーツが原因です。」
弥生が即座に指摘すると、雪乃は少し不機嫌そうに紅茶を飲み干す。
「もっと静かな店がいいのに。お客様がたくさん来るのも考えものね。」
「それ、商売をする人の台詞じゃないですよ。」
弥生が冷ややかな目でツッコミを入れるが、雪乃は気にする様子もない。
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王子の疑問
第一王子はフィナンシェを食べ終えると、雪乃に向かって質問を投げかけた。
「柚子というのは、この国では手に入りにくいだろう?どうやって調達しているんだ?」
雪乃は涼しい顔で答える。
「それは秘密よ。でも、ジパングには素晴らしい素材がたくさんあるの。」
「ジパング……なるほど。」
王子は興味深そうに頷くが、セリーヌとクラリスはその会話を聞いて思わず顔を見合わせた。
(お嬢様、ジパング王女であることを匂わせる発言は控えてください!)
二人は心の中で叫びつつも、何も言わず黙って働き続けた。
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賑わいの中で
店内は新作スイーツの評判を聞きつけた客でさらに賑わいを増していく。
雪乃はその様子を眺めながら軽くため息をついた。
「これ以上忙しくなったら困るわね。次の新作は、少し間を空けることにしましょう。」
「そんなこと言って、またすぐに新しいスイーツを出すんですよね。」
弥生が呆れたように呟くと、忍が冷静に付け加えた。
「ですが、この混雑が『雪の庭』の人気を物語っています。」
「私が目指しているのは、人気店じゃないのよ。」
雪乃は不満そうに紅茶を飲み干し、再びけだるそうにカウンターに肘をついた。
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こうして、新作「柚子とハチミツのフィナンシェ」は大好評の中、一日が過ぎていくのだった――。
閉店時間が近づき、店内の客もほとんどが帰り支度を始める中、第一王子とスタードールの店長アルベルトだけが席に残っていた。
第一王子は最後の一口の紅茶を飲み干し、満足そうに立ち上がる。
「今日のスイーツも素晴らしかった。また来るとしよう。」
変装が完璧だと思っているのか、堂々と出口に向かう彼の背中に、セリーヌがそっと一言呟く。
「お疲れ様です、第一王子様。」
王子は一瞬足を止めたが、振り返らずそのまま店を出ていった。
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アルベルトの居残り
一方、アルベルトはまだテーブルで紅茶を楽しんでいた。
カウンターの奥で紅茶を飲んでいた雪乃が、彼の方に声をかける。
「ずいぶん長居しているわね、アルベルト店長。」
「この雰囲気が気に入ったんだ。それに、君の店のスイーツは一流だ。」
アルベルトは微笑みながら、空になったフィナンシェの皿を指差した。
「君が作るスイーツの完成度には毎回驚かされるよ。今日の『柚子とハチミツのフィナンシェ』も絶品だった。」
雪乃は満足そうに微笑みながら、弥生に目を向ける。
「彼に明日の新作スイーツを試食させてあげたら?」
「えっ、お嬢様?」
突然の提案に驚く弥生。
「せっかくだから、アルベルト店長にも味見をさせてあげるわ。感想を聞くのも悪くないし。」
雪乃は優雅に紅茶を飲みながら、さらりと言った。
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試食会の準備
弥生は渋々ながらも、厨房の冷蔵ストレージから明日の新作スイーツを取り出した。
「抹茶と栗のシュトーレン」です。抹茶の風味が爽やかで、この季節にぴったりかと。」
アルベルトは興味深そうにスイーツを見つめながら、一切れをフォークで持ち上げた。
「見た目も美しい……。この色合いは、食べる前から期待が高まるな。」
彼が一口食べると、目を閉じてゆっくりと味わう。
「ほろ苦い抹茶の香りと、栗の甘さのバランスが見事だ。この味を再現するのは難しそうだな。」
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雪乃の意図
アルベルトの感想を聞き終えた雪乃が微笑む。
「そうでしょう?レシピを渡したところで、再現できるかは別問題よ。」
アルベルトは苦笑しながら答える。
「君の言う通りだ。だが、こうして試食させてもらえるだけでも光栄だよ。」
「私の趣味に付き合ってくれるなら、これからも時々試食させてあげるわ。」
雪乃が紅茶を飲み干しながら言うと、弥生が冷たい目で一言。
「お嬢様、それ、趣味じゃなくて手抜きの口実ですよね?」
雪乃は軽く肩をすくめ、優雅に笑っただけだった。
試食を終えたアルベルトは感謝の意を述べ、店を後にする。
「今日も君のスイーツに感動させられたよ。また勉強させてもらう。」
彼が店を去ると、弥生が深いため息をつきながら呟く。
「お嬢様、毎回こんなことをしていたら、ますます忙しくなるだけですよ。」
「いいのよ。私の趣味だもの。」
雪乃はけだるそうに答えながら、再び紅茶を手に取る。
こうして、「雪の庭」の一日は穏やかに幕を閉じた。
明日の営業では、抹茶と栗のシュトーレンがどんな反響を呼ぶのか――新たな一日が始まろうとしていた。
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閉店後の店内には、柔らかなティーライトが灯り、静けさが戻っていた。
雪乃はいつものようにカウンターに腰掛け、紅茶を楽しみながら今日の出来事を思い返していた。
「今日も疲れたわね……といっても、疲れたのはみんなで、私はあまり働いてないけど。」
「お嬢様、それを堂々と言わないでください。」
弥生が冷ややかな目で返す。
「まあまあ。今日は素晴らしい反響だったじゃない?『柚子とハチミツのフィナンシェ』は大成功よ。」
雪乃は満足げに微笑むと、忍が報告書を手に近づいてきた。
「確かに新作スイーツは好評でしたが、常連客の第一王子様やスタードールのアルベルト店長の来店もあり、少し混雑が過ぎました。」
「本当に。あのアルベルト店長は居座りすぎよ。」
雪乃が紅茶を飲みながらぼやくと、セリーヌが微笑みながら応じた。
「でも、彼は試食をとても喜んでいましたよ。『抹茶と栗のシュトーレン』も絶賛されていました。」
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新作スイーツの準備
次の日の新作「抹茶と栗のシュトーレン」の仕上げが始まる。
弥生は厨房で最終調整を行い、セリーヌとクラリスが手伝っている。
「この抹茶の生地に栗の甘露煮を混ぜ込んで……最後に砂糖をふりかければ完成です。」
雪乃はその様子を遠目で眺めながら、優雅に紅茶を飲んでいる。
「いいわね。これなら明日も大成功間違いなしよ。」
「お嬢様、私たちが作っているのですが……。」
弥生が淡々とツッコミを入れるが、雪乃は意に介さない。
「でも、このアイデアを考えたのは私だからね。」
「はいはい、お嬢様の功績ということで。」
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変わらない日常
静けさを楽しんでいた店内に、突然新たな訪問者が現れた。
変装を解いていない第一王子が再び姿を見せたのだ。
「えっ、また来たの?」
雪乃は呆れたように王子を見る。
「静かな時間があるのなら、一杯飲ませてもらおうと思ってな。」
彼はさらりと答え、カウンターに腰を下ろす。
「変装してるけど、バレバレなんだから、普通に来ればいいのに。」
雪乃がぼそりと呟くと、セリーヌがくすりと笑った。
「お嬢様、これが第一王子様なりの気遣いなのでは?」
「気遣いなら、来ない方がいいわ。」
雪乃はため息をつきながら紅茶を新たに用意する。
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紅茶を口にしながら第一王子が静かに言った。
「君のスイーツには、毎回驚かされるよ。明日の『抹茶と栗のシュトーレン』も楽しみにしている。」
雪乃は苦笑しながら答える。
「あなた、本当にうちの常連になったのね。」
店員たちはその光景を見ながら小声で話し合う。
「お嬢様は文句ばかり言っていますが、常連が増えるのはいいことですよね。」
「まあ、店長に期待しても仕方ないですけどね……。」
静かな夜の中、「雪の庭」は次の日に向けての準備を整え、また新たな一日を迎えるのだった――。