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第14話 「月の庭(仮)開店」

長らく閉店状態だった「雪の庭」が、昨日ようやく営業を再開したという噂が広まり、常連客たちは早朝から店の前に集まっていた。

「やっとまたスイーツが食べられる!」

「今日はどんな新作なんだろう?」

興奮を抑えきれない声が次々と聞こえる。


しかし、開店時間が迫っても、いつもの店員たちは姿を見せない。代わりに、店のドアが静かに開いた。


「お待たせしました。雪の庭、開店です。」


その声に目を向けると、そこには見慣れない少女が立っていた。小柄ながら堂々とした態度で、エプロン姿の彼女は客たちに深く頭を下げる。


「え?雪乃店長じゃない……?」

常連客たちはざわつきながらも、少女の動作に促されて店内へと足を踏み入れる。



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新たな「店長」


店内に案内された常連客たちは、異なる雰囲気に気付いた。

雪乃がいつも座っていたカウンターの奥には、先ほどの少女が立ち、すでに何かを準備している。


「本日のスイーツは『オペラ』です。」

少女――月が笑顔で告げると、常連客たちは一斉に目を輝かせた。


「オペラ?それってすごく手間がかかるやつじゃないか?」

「雪乃店長じゃなくて、この子が作るの?」

客たちの間に疑問が広がるが、月は動じることなく、すべてを完璧にこなしていた。



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店員たちの困惑


一方、厨房では、弥生、忍、クラリス、セリーヌが月の動きを見守っていた。

弥生が小声で忍にささやく。

「本当に大丈夫なんですか?月姫様が店長代行なんて……。」


忍も不安げに頷いた。

「確かに、姫様はすごいけど、喫茶店でこれほどの対応ができるとは思わなかった……。」


その時、月がちらりと振り返り、笑顔を浮かべた。

「弥生ちゃん、飲み物の準備ができたら教えて。スイーツと一緒に出すタイミングを合わせるから。」


その手際の良さに、店員たちはさらに驚く。

「これ、本当に初めてなんですか……?」

クラリスが信じられないといった表情で呟いた。



---


新たなスタート


次々とスイーツがテーブルに運ばれ、客たちはその味に感動していた。

「これ、本当に絶品だよ!雪乃店長のスイーツと遜色ない!」

「いや、むしろ今日の方がサービスが良いかも……。」


月姫はその声を聞きながら、テーブルを回り、客たちと積極的にコミュニケーションを取っていた。

「お味はいかがですか?」

「次回のスイーツにリクエストがあれば、ぜひ教えてくださいね。」


その完璧な接客ぶりに、常連客たちはすっかり彼女の虜になっていた。




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「雪乃店長はどうしたんだろう?」


疑問の声が上がる中、月姫はいつものように厨房に入り、指示を飛ばし始める。


客席での驚き


客たちは、その様子を目にするたび、口々に疑問を口にした。

「あの子、いったい誰なんだ?やけに堂々としてるな。」

「雪乃店長の妹さんらしいけど……普通じゃないよね。何者?」


その質問を何度も受けるうちに、店員たちは対応に追われ始める。

クラリスは苦笑いを浮かべながら答える。

「月様と言われます。雪乃店長の妹さんで、現在は店長代理をされています。」


セリーヌも同じ質問に答えながら、内心で呟く。

(本当にすごい人だわ……雪乃店長以上に店全体を仕切っているように見える。)



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完璧な店長代理


月姫は厨房と客席を行き来しながら、スイーツの仕上げを確認し、飲み物の提供タイミングを指示し、さらには客のテーブルを回って感想を聞いて回る。


「お味はいかがですか?」

「これ、とっても美味しいです!雪乃店長が作られたんですか?」

客の一人がそう尋ねると、月姫は笑顔で答えた。

「今日は私が作りました。でも、雪姉様直伝のレシピなんですよ。」


その言葉に、客たちは感嘆の声を上げる。

「妹さんまでこんなに料理が上手いなんて……!」


厨房では、月姫の指示でスムーズに料理が進行していた。

弥生がふと呟く。

「本当にすごいですね……まるでプロの店長みたいです。」


忍も頷きながら答える。

「初めてとは思えない動きだ。なんというか……雪乃様とは全然違うタイプだな。」



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スタードール店長アルベルトが雪の庭を訪れ、開口一番クラリスに問いかける。


「雪乃店長は?」


クラリスが少し戸惑いながら答える。

「店長は、不在です。」


アルベルトは驚いたように眉をひそめる。

「雪乃店長不在で開店したのか?」


そのやり取りを聞いていた月姫が、スッと会話に割り込む。

「クラリスちゃん?何?クレイマー?」


アルベルトは月姫を初めて見る顔だと思い、少し警戒しながら尋ねる。

「きみは誰だ?」


月姫はにっこりと微笑み、丁寧にお辞儀をする。

「失礼しました。私は雪乃の妹で、月と申します。姉は今、ひどく傷ついておりまして、その心が癒えるまでの間、この店を預からせていただいております。」


アルベルトは目を丸くし、しばし言葉を失ったが、すぐに苦笑いを浮かべる。

「そうか……雪乃店長に妹がいたとは聞いていなかった。これは驚きだ。」



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月姫の宣言


月姫はアルベルトをまっすぐ見つめながら、堂々と話を続ける。

「姉がひどく傷ついた理由、アルベルトさんも少しはお心当たりがあるのではないでしょうか?」


アルベルトは少し表情を曇らせるが、何も言わない。


月姫は一歩前に出て微笑む。

「ですが、姉の友人ならば、私にとっても友人です。姉が信じる相手なら、私も信じます。」


一瞬、ほっとしたような空気が流れたが、月姫はすぐに言葉を続ける。

「ただし――姉を傷つけるような相手は、私にとって敵です。容赦しません。」


アルベルトはその言葉に目を見開き、息を飲む。


月姫は柔らかな笑顔を浮かべながら、静かに話を締めくくった。

「どうか、友人であり続けてほしいものですが。」



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店内の反応


店員たちは月姫の堂々とした態度に感心し、特にクラリスは小声で忍に話しかける。

「月様って、もしかして雪乃店長よりもしっかりしてません?」


忍は腕を組みながら小さく頷く。

「間違いないですね……。でも、これでアルベルトさんが納得してくれるといいんですが。」


弥生も心配そうに月姫を見つめていたが、アルベルトは少し苦笑いを浮かべながら頷いた。

「分かった。妹さん、確かに君は雪乃店長と血の繋がりがあると感じたよ。」


月姫は軽く肩をすくめ、いたずらっぽく笑った。

「当然です。私は雪姉様の妹ですもの。」


アルベルトはその言葉に少し安心した様子で席につき、店員たちはようやく緊張を解いた――。



月姫の受け流し


アルベルトはオペラの美しい層をじっと見つめ、満足げに微笑んだ。

「これは……素晴らしい。さすが雪乃店長のレシピだ。この味を広めるためにも、ぜひこのレシピを提供してほしい。ぜひ、そう雪乃店長にお伝えください。」


月姫は柔らかく微笑みながら、丁寧に答える。

「ありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです。」


アルベルトがさらに意気込むように言葉を続ける。

「本当に素晴らしい。このオペラがスタードールのメニューに加われば、双方にとって大きな利益になるはずだ。ぜひご検討を。」


月姫はアルベルトの情熱を受け流すように、穏やかな声で答えた。

「ですが、今、姉はお仕事のことをすべて忘れ、心を癒している最中です。しばらくの間はそっとしておきたいと思っております。」


アルベルトは少し困惑した表情を浮かべた。

「そうか……。しかし、いずれその時が来たら、ぜひ前向きに検討してもらいたい。」


月姫は落ち着いた声でさらりと応じる。

「その旨、姉が復帰した際に改めて相談させていただきます。それまでは、どうかご理解ください。」



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アルベルトの納得


アルベルトはしばらく考え込むように視線を落としたが、最終的に納得した様子で頷いた。

「分かった。雪乃店長の回復を心から願っている。君もこの店をよく支えているようだな。」


月姫は優雅に微笑みながら軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。姉の代わりとはいえ、私も全力を尽くしております。アルベルトさんも、どうぞスタードールを大切にしてくださいね。」


アルベルトは満足げに席を立ち、礼を述べて帰っていった。



--


アルベルトが満足げに店を後にすると、月姫はその背中をじっと見つめた。


一礼するかと思いきや、彼がドアを出た瞬間、月姫は素早く中指を立て、「ふんっ!」と小さく吐き捨てた。


その動きはあまりに素早く、店員たちも気づかなかった。


月姫の目には、ほんのわずかに険しさが宿っている。

「姉様を傷つけた人間に、そう簡単には許しは与えないわ。」


一瞬だけ見せたその表情も、すぐに元の柔らかな笑顔に戻った。


クラリスが不思議そうに声をかける。

「月様、どうかされましたか?」


月姫は涼しい顔で答える。

「いいえ、何でもないわ。ただ、あの人が姉を心から大切に思ってくれる日が来るといいなって思っただけ。」


セリーヌが微笑みながら頷く。

「月様、雪乃お嬢様を本当に大切に思っているのですね。」


月姫は軽く笑いながら、言葉を濁した。

「もちろんよ。でもね、傷つけた人には、それ相応の覚悟をしてもらわないとね。」


クラリスとセリーヌはその言葉の真意に気づかず、微笑みを交わしただけだった。

月姫は再びカウンターに戻り、次の仕事に取りかかる振りをしながら、小さく息をついた――。





アルベルトが去って間もなく、店のドアが開いた。いつもの変装した姿で、第一王子が現れる。彼は店内に入ると雪乃の姿を探したが、どこにも見当たらない。少し戸惑いながらも、彼は静かに席に着き、セリーヌに注文を伝える。


「いつもの紅茶を頼む。本日のスイーツは何かな?」

「本日はオペラをご用意しております。」


セリーヌがオーダーを受けて戻る際、王子が声をかけた。

「ところで、店長の姿が見えないようだが……?」


セリーヌは少し困ったような顔をしながら答えた。

「雪乃店長は、現在お休みをいただいております。」


「開店しているから、てっきりお元気になられたと思ったが……。やはり、まだ私の誠意が足りないのだろうか。」

王子の表情は真剣そのものだった。


セリーヌは、隣に立つ月に小声で耳打ちした。

「例の、例のお客様です。」


月は軽く頷くと、王子の席に向かい、上品な笑顔を浮かべて深々とお辞儀をした。

「お初にお目にかかります。姉が大変お世話になっております。雪乃の妹の月と申します。」


王子は少し驚いたような表情を浮かべた。

「君が店長の妹君か。どおりで美しいと思った。」


月はにっこりと微笑みながら続けた。

「姉が復帰するまでの間、この店をお預かりしております。至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。」


王子は真摯な態度で頭を下げた。

「君のお姉様には、本当に大変な迷惑をかけてしまった。彼女が許してくれるまで、何度でも謝罪したい。いや、許されなくとも、謝罪をさせてほしい。ぜひ、そうお伝え願えないだろうか。」


月はその言葉を静かに受け止め、少しだけ目を細めた。

「姉は、今少しお休みが必要です。どうか、この間だけでもゆっくりと休ませてあげてください。その間、私が姉の代わりを務めさせていただきます。」


彼女は一拍置いて、穏やかな口調で続けた。

「本日のスイーツも姉直伝のレシピを使用しております。ぜひお楽しみください。」


王子はその言葉に頷き、感謝の意を込めて言った。

「それでは、ありがたくいただくとしよう。君の姉君に再び謝罪できる日を待ちながら。」


その後、月は再び厨房へ戻り、王子のスイーツの準備に取り掛かった。店内は穏やかさを取り戻し、月の手際の良い動きに、常連客たちも自然と微笑みを浮かべていた。




閉店準備が整い、店内に静けさが戻った頃、月は店員たちを集めて明日のスイーツについて宣言した。


「明日のスイーツはザッハトルテ。そして飲み物はエスプレッソ仕立てのコーヒーにします。」


その言葉に、弥生が少し驚いた表情を浮かべた。

「セットメニューなんですか?」


月は頷きながら、少し誇らしげな笑顔を見せた。

「はい。ザッハトルテはとても甘いスイーツです。そのため、濃くて苦いコーヒーとの相性が抜群なんです。むしろ、エスプレッソがなければ甘さが際立ちすぎて、その本来の魅力を発揮できません。」


クラリスが感心した様子で声を上げた。

「なるほど……甘いものを引き立てるために苦味を合わせるんですね。」


セリーヌも続けて言った。

「それって、姉妹の関係みたいですね。月様が雪乃店長を支えるように。」


その言葉に月は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「それなら、姉の代わりに私がこの店を支える間、皆さんの助けも必要です。どうぞよろしくお願いします。」






月は店員たちの前で、ザッハトルテとエスプレッソ仕立てコーヒーのセットメニューについて説明を続けた。


「エスプレッソ仕立てには、極細挽きにしたコーヒー豆を少量のお湯でドリップして抽出します。これによって濃厚でコクのあるコーヒーになるんです。」


セリーヌが興味津々に尋ねた。

「その濃厚なコーヒーとザッハトルテが一緒だと、どんな味になるんですか?」


月は笑みを浮かべながら答えた。

「ザッハトルテの濃厚なチョコレートの甘みが引き立つのはもちろんですが、エスプレッソの苦味がその甘さを程よく中和して、全体のバランスを取ってくれるのよ。これが本当の贅沢なひととき、というものね。」


弥生が少し心配そうに言った。

「でもエスプレッソって抽出が難しいですよね。失敗しないでしょうか……?」


月は自信に満ちた表情で頷いた。

「大丈夫。雪姉様直伝の方法を使えば、間違いなく最高の仕上がりになるわ。それに、私が抽出を担当するから心配しないで。」


その言葉に店員たちは安心し、明日の準備に意気込んで取り掛かるのだった。


店員たちは一斉に頷き、明日に向けての準備を進めるべく動き出した。

月はそんな彼らを見守りながら、小さく呟いた。


「姉様の味に少しでも近づけるように、頑張らなくちゃ。」


こうして、雪の庭は新たな日を迎える準備を整えていくのだった。


月は一人厨房に戻り、少しだけコーヒー豆の香りを楽しみながら呟いた。

「姉様がいなくても、この店を守る。これが私にできる精一杯のこと……。」


こうして、次の日の営業へ向けて、雪の庭の新しい挑戦が始まろうとしていた。




閉店準備が終わり、店員たちがそれぞれ退散していく中、月は自室に戻ると机に向かい、紙に何やら書き始めた。


「ふふふ……3日後、思い知らせてやるわ。」


そう呟く月の傍らには、布にくるまれたパン種のようなものが静かに置かれている。その布をそっとめくり、パン種の状態を確認すると、満足そうに頷いた。


「いい発酵具合ね……これなら成功間違いなし。オーホホホホ!」


突然、月は普段の穏やかな声からは想像もつかない高笑いを上げた。その異様な声に、隣の部屋にいた弥生が不安そうに忍に囁く。


「忍さん……月姫様、大丈夫ですかね?」


忍は一瞬固まったが、すぐに肩をすくめて答えた。

「姫様の妹ですからね。何が起こっても驚きませんよ……。」


その夜、月の部屋から漏れる薄暗い灯りと、不気味な笑い声は、店の静寂をほんの少しだけ揺るがした――。





「次回は、『ザッハトルテとエスプレッソ仕立てコーヒー』です。」

月が満面の笑みで宣言する。


「ただ、この世界にはエスプレッソマシーンはない設定になってますので、今回はなんちゃってエスプレッソでお届けします。」

自信満々に説明する月。


「月様、設定ってなんです?」

疑問顔のクラリスが尋ねる。


「お約束的なものよ。」

さらりと返す月。


「……誰に向かって話してるんですか?」

忍が呆れたようにツッコミを入れると、月は少し目を泳がせながら答える。


「さあね、それは皆さんの想像にお任せします!」

明らかに聞き流すような返答に、店員たちはただ肩をすくめるばかりだった――。


次回、『ザッハトルテとエスプレッソ仕立てコーヒー』をお楽しみに!














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