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第15話 ザッハトルテとエスプレッソ仕立てコーヒー



夕暮れが差し込む「雪の庭」。閉店準備を進めていた弥生たちに、月が堂々と宣言した。


「明日のスイーツはザッハトルテにするわ。そして、それに合わせた特製コーヒーを出すの。」


弥生は手を止め、驚いた表情で月を見つめた。「特製コーヒー……ですか?どのように?」


月は笑顔を浮かべながら答える。「濃くてしっかりした味わいのコーヒーを用意するの。ザッハトルテはとても甘いから、対照的に苦いコーヒーが必要なのよ。」


忍が慎重に尋ねた。「月様、そのコーヒーはどうやって作るおつもりですか? 濃い味のコーヒーを抽出する技術は、なかなか手間がかかりますが……。」


「いい質問ね。」月は自信たっぷりに胸を張った。「コーヒー豆を細かく挽いて、少量のお湯でじっくり抽出するわ。香り高く濃厚な味になるように調整するの。」


クラリスが首を傾げる。「でも、それって通常のドリップとは少し違いますよね。うまくできるでしょうか?」


月は微笑みを崩さずに答えた。「もちろんよ! 雪乃姉の指導を受けた私なら簡単なことよ。それに、明日はお客様に甘さと苦味の絶妙なバランスを楽しんでもらいたいの。ザッハトルテと特製コーヒーは最高の組み合わせになるわ。」


セリーヌが手を挙げて尋ねた。「そのコーヒーの名前はどうしますか?」


月は少し考えてから、さらりと言った。「そうね……名前は特に必要ないわ。ただ、お客様に『甘さを引き立てるコーヒー』として提供すればいいの。」


弥生は少し不安そうに言った。「月様、本当にその特製コーヒーがうまくいくのでしょうか……?」


月はにっこり笑い、胸を張って答えた。「信じてちょうだい。準備は全て私がやるから、みんなは安心して。」


その自信に満ちた声に、店員たちはつい頷いてしまう。


「では、明日の準備を始めましょう。」弥生が静かに決意し、忍とクラリスも動き出した。


月はそんな彼らを見送りながら、満足げに微笑んだ。「明日のお客様がどれだけ喜ぶか、楽しみね。」


閉店後の静かな店内に響く月の言葉に、次の日への期待が漂っていた。


 店の閉店準備が終わり、店員たちがそれぞれ休息の時間を迎える中、月は自室に戻ると一枚の紙と調理道具を広げた。


「さて、ザッハトルテの最終調整ね。」月は布にくるまれたココアパウダーやチョコレートの板を手に取り、満足げに微笑む。



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完璧を求めて


月は机に広げたレシピを眺めながら、小声で呟いた。「雪姉様直伝のレシピを元に、さらに私らしいアレンジを加えてみるのもいいかも。」


彼女は慎重にチョコレートを溶かし始めた。鍋の中でゆっくりと滑らかになっていくチョコレートを木べらで混ぜる手つきは、熟練の職人のようだった。


「ビスキュイ生地の厚みを少し変えれば、チョコレートコーティングとのバランスがもっと良くなるかもね……。」


オーブンに生地を入れている間、月はコーヒーの準備に取り掛かる。コーヒー豆を細かく挽き、少量ずつ慎重にお湯を注ぎながら抽出していく。


「うん、この苦味と香ばしさならザッハトルテの甘さをしっかり引き立てられるわね。」


彼女は満足げに微笑みながら、一口だけ試飲した。「よし、これなら合格。」



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真夜中の試食


生地が焼き上がり、冷めたところでチョコレートでコーティングした月は、丁寧に一切れにカットする。そして、抽出したばかりの濃厚なコーヒーと一緒に口に運んだ。


「ふふっ、完璧ね。」


彼女の顔に満足げな笑みが浮かぶ。「これなら明日のお客様もきっと喜んでくれるわ。」


ふと、彼女は一瞬手を止め、遠い目をした。「雪姉様もこれを食べたら、少しは元気になってくれるかしら……。」


一瞬の寂しさを振り払うように、月は再びチョコレートの鍋を見つめた。「いやいや、今は私が頑張らないと。雪姉様の代わりなんだから。」



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翌日に向けて


試作品をすべて片付け、調理器具を洗い終えた月は時計を見た。「もうこんな時間……でも、これで準備は完璧ね。」


布団に入った月は、翌日の営業を思い描きながら静かに目を閉じた。「明日が楽しみだわ……。」


月の試行錯誤と努力の夜が更けていく中、「雪の庭」はまた新しい一日を迎えようとしていた。


 開店前の期待


朝早くから「雪の庭」の前には、常連客たちが列を作っていた。閉店続きだった日々を乗り越え、月が昨日に続いて開店すると噂が広まり、期待に胸を膨らませる人々の姿が見える。


「今日は新作のスイーツが出るらしいよ。」

「雪乃店長の妹さんが作るんだって!」


ざわめく客たちの中、月はエプロンの紐をきゅっと締め、満面の笑顔を浮かべながら店の扉を開けた。


「雪の庭、開店です!」


その声に、並んでいた客たちは歓声を上げ、次々と店内に入っていった。



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ザッハトルテとエスプレッソ風コーヒー


席に着いた常連客たちの期待を裏切ることなく、月は新作スイーツを次々と厨房から送り出した。厨房の月からホールのクラリスやセリーヌへと、スムーズに注文が通される。


「本日のスイーツは、濃厚なザッハトルテとエスプレッソ風コーヒーです!」

クラリスが笑顔で説明すると、テーブルの上に小さく切り分けられたザッハトルテと、濃い目に抽出されたコーヒーが並ぶ。


「いただきます!」

スプーンでザッハトルテをすくい、一口運んだ客たちは、その濃厚な味わいに感動の声を上げた。



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客の感動


「このチョコレートの深い味わい……!」

「コーヒーの苦味がぴったりだ!甘さが引き立つ。」


常連の一人が感激の表情を浮かべて言った。

「雪乃店長のスイーツも最高だけど、妹さんも負けてない!」


その言葉に、月は厨房から顔を出してニコッと微笑む。

「ありがとうございます!姉には及びませんが、一生懸命作りました!」


店内は月の明るい声と、ザッハトルテを楽しむ客たちの幸せそうな笑顔で満ち溢れていた。



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新たな評判の波


客の一人が他の席を見渡して言った。

「月さんが店長代理をやるこの間だけでも、何度でも通いたいな。」


その言葉に、クラリスが小声でセリーヌに耳打ちする。

「月様、本当にお上手ですよね……お客様の心を掴むのも、雪乃様に劣らないくらい。」


セリーヌは小さく頷きながら返す。

「でも、あのテンションの高さ、いつまで続くんでしょう……?」


厨房で新たなコーヒーを抽出しながら、月は小さくガッツポーズを決めた。

「ふふっ、今日も大成功ね!」



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月の努力が実を結び、「雪の庭」は新たな活気に満ちていた。




ホールを回る月


厨房から次々とスイーツとコーヒーを送り出していた月だったが、客席の様子が気になったのか、ふとエプロンの手を拭きながらホールに出てきた。


「皆様、スイーツとコーヒーのお味はいかがですか?」


月は明るい笑顔で客席を回り、直接感想を聞き始める。彼女の爽やかな態度に、客たちは一瞬戸惑いながらも、次々と口を開いた。


「ザッハトルテ、本当においしかったです!特にコーヒーとの相性が抜群で!」

「こんなに濃厚なチョコレートのケーキ、初めて食べました!」


月は一人ひとりの言葉に耳を傾け、頷きながらメモを取るふりをして「なるほど!」と声を上げる。

「ありがとうございます!姉のレシピを忠実に再現したつもりですが、何かもっとこうして欲しい、というリクエストがあれば、ぜひ教えてください!」



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月のサービス精神


月の気遣いは、ただ感想を聞くだけでは終わらなかった。


一人の客が「実は甘いものが少し苦手で……」と話し出すと、月は少し考え込んだ後、笑顔で答えた。


「甘いものが苦手なんですね。それなら、コーヒーを少し多めにお出しして、甘さを中和できるようにしましょう。それと、次回は甘さ控えめのスイーツも用意してみますね。」


客はその心遣いに驚きながらも微笑んだ。

「そこまでお気遣いいただいて恐縮です。でも、少しずつ甘いものにも慣れていきたいので、ザッハトルテも楽しみます。」


月は頷きながら答える。

「無理のない範囲で召し上がってくださいね。次回は、きっともっとお口に合うスイーツをお届けします!」


客は感謝の言葉を述べつつ、月の心遣いに感激して席を立った。



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月の気遣いは常に柔軟で、客一人ひとりの状況に合わせた対応を心がけていた。その姿は、見ている他の客にも好印象を与えていた。






月は笑顔でキッチンに戻り、すぐにオーダーをアレンジして提供した。

その柔軟な対応に、他の客たちも感嘆の声を漏らす。


「雪乃店長の妹さん、接客もすごいですね。」

「若いのにあんなに堂々としてて……見てるだけで元気が出ますよ。」



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忍と弥生のぼやき


一方で、ホールの隅では忍と弥生が月のエネルギーについていけず、密かにぼやいていた。


「月様、すごいですね。厨房とホールを行ったり来たりして、全然疲れた様子がないなんて……」

「忍さん、私はもうダメです。彼女の元気がありすぎて、圧倒されちゃいます……」

「そういえば、月様って本当に初めて喫茶店をやったんでしょうか?」

「どう見てもプロですよね。なんだかもう、月様のペースに巻き込まれてます……」


二人は苦笑いを浮かべながら、月が再び厨房に戻っていくのを見送った。



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月の一言


閉店時間が近づくと、月は最後のお客様に声をかけて見送った。

「今日はご来店ありがとうございました!またぜひお越しください!」


お客様が帰った後、月は満足げにエプロンを外して微笑んだ。

「やっぱり接客って面白いわね。姉様がこの仕事に夢中になる理由が少し分かった気がする。」


それを聞いた弥生は小声で忍に話しかけた。

「月様の接客術、完全に雪乃様を超えてません?」

「確かに……雪乃様、戻ってきたら危機感を覚えるかもですね。」


月の明るさと柔軟な接客術に、店内の空気はこれまで以上に温かく和やかだった。


 エピローグ: 明日のスイーツ


閉店後、月はカウンターで紅茶を飲みながら、ゆっくりとメモ帳を広げた。

「さて、明日はどんなスイーツにしようかしら。」


弥生が片付けをしながら尋ねる。

「月様、今日もお疲れさまでした。お客様も喜んでおられましたし、明日の準備はゆっくりでいいですよ。」


月は微笑みながら首を振る。

「いいえ、スイーツ作りはタイミングが大事なの。今日はじっくり考えるわ。」


しばらくメモ帳と睨めっこしていた月は、突然手を叩いた。

「決めたわ!明日のスイーツはタルト・タタンにする。」


弥生が驚いて声を上げる。

「タルト・タタンですか?あれはリンゴをじっくりキャラメリゼしてから焼くから、手間がかかりますよね……。」


月は得意げに笑いながら答える。

「そこがいいのよ。じっくり焼いたリンゴの甘さと酸味、それを包むサクサクのパイ生地。このお店のお客様にぴったりの一品になるわ。」


忍がエプロンを外しながら口を挟む。

「月様、準備はいいですが、明日は早く休んでくださいね。連日、厨房で奮闘されてますし……。」


月は忍に目を細めて微笑んだ。

「ありがとう、忍ちゃん。でも大丈夫よ。私はこれくらいじゃへこたれないわ。」


クラリスが片付けを終えて話に加わる。

「月様、本当にすごいですね。お客様が驚かれるのも無理ありません。」


月は少し照れたように微笑むと、紅茶を飲み干して立ち上がった。

「それじゃあ、タルト・タタンの仕込みに入るわ。みんな、明日も頑張りましょうね!」


こうして、「雪の庭」は次の日の新作スイーツの準備が始まった。


 タルト・タタンの挑戦


閉店後、月は厨房で手際よくタルト・タタンの試作を始めていた。

りんごを丁寧にキャラメリゼし、パイ生地をかぶせ、オーブンに入れる。その動きはまるで熟練のパティシエのようだった。


弥生がそっと声をかける。

「月様、本気なんですね……。」


月は微笑みながら答える。

「もちろんよ。明日は特別な日になるわ。」


忍が疑問を挟む。

「特別な日、ですか?」


月はふと真剣な表情になり、こう宣言した。

「スタードールに格の違いを見せつけてあげますわ。」


その言葉に、弥生と忍は顔を見合わせた。


クラリスが少し心配そうに口を開く。

「月様、そういう宣戦布告のようなことを言って、本当に大丈夫なんですか?」


月はりんごの香りが漂う厨房で、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。このお店の名にかけて、最高のタルト・タタンを出すわ。」


弥生が小さく溜め息をつく。



月は笑いながらオーブンの中を確認し、再び自信満々に言った。

「明日のお客様に、格の違いをたっぷり味わっていただくわ。スタードールに負ける気なんてこれっぽっちもないもの。」


その宣言に、店員たちは静かに気合いを入れ直すのだった――。


第16話予告:布石の真意


月はスタードールに雪の庭の威信を示すべく、完璧なタルト・タタンを提供する。

しかし、それは次なる一手のための布石にすぎなかった……。


「月様、布石って何のことですか?」弥生が尋ねる。

月は意味深な笑みを浮かべながら答える。

「まだ内緒よ。」


「えー?教えてくださいよ!」クラリスが抗議するが、月は余裕の表情で首を振るだけ。

「ふふ、明日になれば分かるわ。お楽しみに。」


次回、「次なる一手――月の狙いとは?」

月の大胆な計画が明らかに!果たして、その真意とは――!?

















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