スタードールの店内に入った月は、店員に店長室へ案内される。
扉が開かれると、アルベルトが笑顔で迎えた。
「よく来てくれた。さあ、座ってくれたまえ。」
月は手に持っていたリボンで束ねた紙の束と、布に包まれた小瓶をしっかりと抱えながらソファに腰を下ろした。そして、持っていた紙の束を差し出す。
「これをどうぞ。」
アルベルトは目を丸くしながら、それを受け取る。
「これは?」
「オペラ、ザッハトルテ、タルトタタン、そしてパネットーネのレシピです。」
その言葉に、アルベルトは驚きと感心を隠せない。
「そんなに提供してくれるのか?」
月は頷きながら微笑む。
「実は、これらのメニューを多くのお客様からリクエストいただいているのですが、当店の規模では、毎日一種類のメニューしか提供することができません。姉がスタードールさんにレシピを提供したのも、同じ理由ではないかと思います。」
アルベルトは紙束を手に取りながら深く頷いた。
「君は、さすが雪乃店長の妹さんだ。状況をよく理解しているね。」
月は表情を引き締めて、続ける。
「ですが、一つお願いがあります。」
「お願い?」
「これらのレシピを、どれか一種類だけでなく、すべて同時に毎日提供していただきたいのです。」
アルベルトは眉をひそめ、意図を図りかねるように尋ねる。
「すべてを同時に?それはどういうことかな?」
「当店の規模では、メニューの中からお客様に選んでいただくことができません。ですから、スタードールさんでは、お客様の要望に応える形で、これらをすべて同時に提供していただければと思いまして。」
アルベルトは考え込みながらも納得したように頷いた。
「なるほど。当店なら確かにその対応ができるだろう。それに、これはお客様に喜んでいただけるだろうね。」
月はさらに布に包まれた小瓶を差し出した。
「それと、これをお渡ししないといけません。」
アルベルトは受け取りながら首をかしげた。
「これは?」
「パネットーネ用の酵母です。」
その言葉に、アルベルトは一層驚きの表情を浮かべた。
「そんな大切なものまで提供してくれるのか……。」
月は軽く笑いながら答える。
「これがなければ、本当のパネットーネにはなりません。お客様のために、ぜひご活用ください。」
アルベルトは小瓶を慎重に手に取りながら、感激した様子で深く頭を下げた。
「本当に感謝に堪えない。スタードールの名にかけて、このレシピと酵母を最大限活用させてもらうよ。」
月はその言葉に満足げに頷いたが、その瞳には一瞬だけ鋭い光が宿っていた――。
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スタードールを後にして
スタードールを出た月は、店を振り返りながら小さく笑みを浮かべた。
「さて、あの店がどうなるのかしら?明日?それともあさってかしら?」
周囲の誰もが聞こえないような声で、月は独り言を漏らす。
「ふふ、楽しみですわ……オーホホホホホ!」
その高らかな笑い声が静かな通りに響いたが、彼女は気にする様子もなく、軽やかに歩き出した。
「さぁ、『月の庭』に戻りましょうか。明日の準備をしなくちゃ。」
その背中には、どこか企みを含んだ自信と誇りが漂っていた――。