エピローグ:月の庭に咲く計算
「……つまり、最初から全部、計算されてたってことよね」
静かな店内に、弥生の声がぽつりと響いた。
カウンターの片隅、月が去った後のティーカップが、まだ温もりを残していた。
忍は腕を組みながら、深く息を吐く。
「最初の“オペラ”はまあ偶然かもしれないけど……その後に出したスイーツは、全部、手間がかかるものばかり。しかも月様、それを『ご厚意』として無償提供していたわけで……」
「それだけじゃないのよ」
弥生はテーブルの上に残されたメモを指でなぞりながら言った。
「パネットーネ。あれを完成させるのに、最低でも72時間は必要なの。発酵に時間がかかる上に、気温や湿度によって管理が左右される。普通の厨房なら途中で投げ出したくなるような代物よ」
「それを……混乱が起きるタイミングに合わせて、ちゃんと仕込んであった」
「最初から全部、計画されてたってことよね」
弥生の声には、もはや驚きよりも感嘆が混じっていた。
「しかも、表面上はまったく非の打ちどころがない。あの子、悪意なんて微塵も見せなかったわ。むしろ、親切な協力者の顔でスイーツを提供して……結果、スタードールは崩壊寸前」
忍はその場に座り込むようにして、天井を仰いだ。
「……あの子を敵に回したら、どうなるか。ちょっと想像しただけで背筋が寒くなるな」
「ええ、本当に」
弥生も苦笑しながら、肩をすくめた。
「雪乃様の妹じゃなかったら、私、絶対に距離を取るタイプよ。関わったら最後、絶対に振り回されるわ」
忍はこくりと頷き、そしてふと、紅茶のカップをそっと手に取る。
「でも、不思議と……嫌いにはなれない。きっと、あの子のやってることに一本筋が通ってるからかもしれないな」
「姫様のために、っていうところだけは、決してブレないからね……」
二人は紅茶を口に含み、少しだけ口元を緩めた。
その微笑みの奥には、月という少女の――計算と信念の混じり合った“怖さ”と“強さ”に対する、静かな敬意があった。
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月が守る雪の庭には、今日も変わらぬ静けさと、密やかな覚悟が咲いている――。
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第18話予告:雪乃の帰還と天災(天才)の来襲
「私は、帰ってきた!」
「雪姉様、おかえりなさい!」
月が満面の笑顔で迎える中、雪乃が店に姿を現した。
「月!なんでここにいるの?」
「雪姉様の代わりにお店を守ってました。」
「そうなんだ……そういえば、お客が減って落ち着いてるわね。」
月は自信満々に胸を張る。
「雪姉様のため、スタードールにお客様を流してあげました。あちらの店長さんも喜んでます。」
「それは、よかった。」
その言葉を聞きながら、弥生は呆然とした顔で心の中で呟く。
(…お、恐ろしい子。)
「弥生ちゃん、なんか言った?」
「いえ、別に……!」
すると、突然店のドアが開き、もう一人の少女が現れる。
「うちの二人の姉がお世話になってます。」
驚く月が声を上げる。
「花!なんでいるの?」
花は首をかしげながら答える。
「雪姉様についてきたの。ところで、散歩に行ったはずの月姉様がなぜここにいるの?」
その質問に、月がしれっとした顔で答える。
「えっと……なぜだろう?」
次回、「雪乃の帰還と天災(天才)の来襲」
3姉妹が揃い、喫茶店はさらなる嵐に――!