貸切お茶会が決まり、喫茶店「雪の庭」は新作スイーツ「エクレア」の準備で慌ただしくなった。弥生はレシピを確認しながら厨房に立ち、忍は店内のセッティングを整え始める。そして店主である雪乃は――相変わらずカウンターに座って優雅に紅茶を飲んでいた。
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試作の開始
「弥生、進み具合はどう?」
雪乃が紅茶のカップを揺らしながら尋ねると、弥生は手際よく材料を混ぜながら答えた。
「これからシュー生地を焼くところです。今回はお嬢様の好みに合わせて、カスタードクリームは少し甘めに仕上げました。」
「ふむ、いい心がけね。」
雪乃は満足げに頷いたが、弥生は苦笑を浮かべる。
「お嬢様、今回の新作は貴族のお茶会用ですから、普段よりも見た目を華やかにする必要があります。上に金箔を乗せるのもアリかと。」
「金箔? それは素敵ね! さすが弥生、分かってるわ。」
「……お嬢様、私が提案する前に考えていただけると助かります。」
弥生が控えめに苦言を呈するも、雪乃は全く気にしない様子でオーブンの方を覗き込む。
「焼けていく生地を見てるだけで楽しいわね。これぞスイーツ作りの醍醐味!」
「お嬢様、それを“作っている”とは言いません。」
忍が店内から戻り、冷静にツッコミを入れる。
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シュー生地の完成
しばらくして、オーブンからシュー生地が焼き上がった。ほんのりとした黄金色の生地に、雪乃は思わず拍手をした。
「見て! これが私の指導の賜物よ。」
「お嬢様、一切指導されていませんが……。」
弥生はそっと生地を取り出し、慎重に冷ましていく。
その間、雪乃はふと思い出したように尋ねた。
「ところで弥生、エクレアって名前の由来は何なの?」
「フランス語で“稲妻”を意味します。形が細長く、稲妻のように一瞬で食べ終わるほど美味しい、という説があるとか。」
「一瞬で食べ終わる……なんて素敵なの!」
雪乃は目を輝かせながら続けた。
「このエクレアで貴族たちを一瞬で虜にするのね!」
弥生と忍はまたしても顔を見合わせ、小さくため息をついた。
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カスタードクリームの仕込み
生地を冷ましている間、弥生はクリームの準備に取り掛かった。
「今回はカスタードクリームを基本に、ほんのりバニラの香りを効かせて上品な味わいにします。」
「さすが弥生ね。私のイメージ通りのクリームだわ。」
「……お嬢様、それを指示していただけていればもっと早く準備できたのですが。」
弥生は控えめに呟きながら、丁寧にクリームを攪拌していく。
一方、雪乃はクリームを味見するためのスプーンを手に取り、弥生の隙を狙って一口つまんだ。
「うん、これなら貴族たちも満足するわね。」
「お嬢様、それはまだ完成していません!」
弥生が慌てて声を上げるが、雪乃は気にする様子もなく、さらにもう一口食べた。
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見た目へのこだわり
完成したカスタードクリームを冷めた生地に詰め、上からビターチョコレートをコーティングする。
最後に、弥生が金箔を繊細に乗せて仕上げた。
「どう? 完璧でしょ?」
弥生が笑顔で雪乃に完成品を見せると、雪乃は満足げに頷いた。
「これなら貴族たちも文句なしね。名前を“雪の庭特製エクレア”にしましょう。」
「良いと思います。でも、お嬢様、もう少し準備に関わっていただけると……。」
「私はちゃんと見守ったじゃない。それも立派な仕事よ。」
弥生が何か言い返そうとするも、忍が小声で止めた。
「弥生、これ以上言うと疲れるだけだ。」
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味見会議
出来立てのエクレアを試食するため、3人はカウンターに集まった。
雪乃は一口食べると、目を輝かせてこう言った。
「このチョコレートのほろ苦さとカスタードの甘さのバランスが絶妙! これなら絶対に大成功するわ。」
弥生と忍も口に運び、頷き合った。
「確かに、これは良い仕上がりです。」
「お嬢様、この味なら貴族たちも満足してくれるでしょう。ただし、もし追加注文が来ても対応できるよう準備しておいてくださいね。」
「ええ、それは弥生に任せるわ。」
「……お嬢様、それでは困るんですが。」
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お茶会への期待と不安
新作スイーツが完成し、雪乃はお茶会に向けて自信満々で意気込んでいた。
「これで貴族たちを感動させれば、雪の庭の評判はさらに上がるわね。」
「お嬢様、評判が上がるとさらにお客様が増えますよ。」
「ええ、そうね。それも困るわ……でも、まずは明日を楽しみましょう!」
こうして、「雪の庭特製エクレア」は貴族たちのお茶会で披露される準備が整った。雪乃は優雅な午後を想像しながら微笑むが、忍と弥生は次々と押し寄せるであろうトラブルの予感に胸を痛めていた。
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