月のバナナパウンドケーキ作り
「さて、今日の主役はこの子たちよ」
そう言って、月は完熟バナナを手に取った。
厨房の空気がふっと変わる。まるで魔法使いが杖を掲げたかのように、スタッフたちは思わず姿勢を正した。
「黒い斑点が出ているぐらいがベストなの。甘さと香りがぐっと増すからね」
静かにフォークでバナナを潰していく月。その手元は、まるで楽器を奏でるかのように優雅だった。
「バナナは、ムラがないように潰すのがコツ。生地に滑らかに馴染むのよ」
「さすが月様……!」
弥生が感嘆の声を漏らし、忍も無言でうなずいた。
「当然じゃない。――次は、室温に戻したバターと砂糖を混ぜるわ」
ボウルに材料を入れ、泡立て器を軽やかに動かす。
「白っぽくふんわりするまで混ぜる。ここで空気をたっぷり含ませれば、焼き上がりが軽やかになるのよ」
「こんなに丁寧に……混ぜるものなんですね」
「手間を惜しめば、美味しさは逃げていくわよ?」
言いながら、月は卵を一つずつ割り入れていく。
「少しずつ。そうすれば分離しにくくなるの。焦らず、丁寧にね」
「本当に、勉強になります……」
「ふふ、じゃあ、バナナとふるった薄力粉を加えるわ。ここはさっくりと混ぜる。混ぜすぎると、固くなるから気をつけて」
キッチンに漂い始める、バナナの甘い香り。
「仕上げにナッツやチョコもいいけど、今日はバナナの香りをそのまま活かすわ。シンプル・イズ・ベスト、ってやつよ」
そう言って、パウンド型に生地を流し込み、トントンと型を叩く。
「180度のオーブンで40〜50分。竹串を刺して何もつかなければ、焼き上がり」
スタッフたちは固唾を呑んで見守る。やがて――
「……完成よ」
取り出されたバナナパウンドケーキは、しっとりと黄金色に輝いていた。
「やっぱり月様はすごいです……!」
「当然よ。誰に出しても恥ずかしくない出来よ」
そう言って、月は次なる戦場――冷蔵庫に並ぶ材料の前に立った。
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「続いて、飲むプリンを作るわよ」
「飲む……プリン?」
忍がぽかんとした顔をした。
「つまり、ミルクセーキのこと。材料は、卵黄、牛乳、砂糖、バニラエッセンス、そして氷」
「卵が入ってるのか……!」
「濃厚な味の鍵よ」
月はさらりと言いながら、ボウルに卵黄と砂糖を入れ、手早く混ぜていく。
「ここがポイント。砂糖が完全に溶けるまで、しっかり混ぜるの。卵黄が白っぽくなってきたら、OKよ」
次いで牛乳を少しずつ加え、最後に香りづけのバニラエッセンスを垂らす。
「そして、ミキサーで一気に泡立てるの!」
ゴォオオオ――ン。
ミキサーの轟音とともに、ふんわりとした泡が広がり始める。
「ほら、見て。ふわっふわでしょ?この泡が、プリンのような満足感を生むのよ」
「これはもう……カフェの味だ……」
「最後にグラスに注いで、ホイップクリームをちょこん。はい、完成」
月が差し出したグラスを受け取る弥生と忍。
一口、飲む。
――その瞬間、口の中に広がる至福の甘さ。
「……うわ、濃厚なのに後味さっぱり」
「これ、プリンだ。飲むプリンだ……!」
「でしょ?でも真似しないでよ。これは月特製の、ちゃんと作った“飲むプリン”なんだから」
そう、月が笑った――そのとき。
「え? プリンって飲むものだったの?」
現れたのは、月の姉・雪乃だった。
「ちょ、ちょっと雪姉様!?」
「でも昔、『プリンは飲み物』って誰か言ってたわよ?」
「それはネタです!真に受けないでください!」
「プリンをストローで吸えばいいのよね?」
「ダメダメダメッ!」
「じゃあ私が、ストローで吸えるプリン製造機を開発しようか?」
花の余計な一言に、月の理性が崩壊しかけた。
「お願いだからみんな、普通にスプーンで食べて!」
厨房は、今日も平和だった。
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