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第19話:雪乃の店長復帰と隠された天才1:月とバナナと、飲むプリン

月のバナナパウンドケーキ作り


「さて、今日の主役はこの子たちよ」


そう言って、月は完熟バナナを手に取った。


厨房の空気がふっと変わる。まるで魔法使いが杖を掲げたかのように、スタッフたちは思わず姿勢を正した。


「黒い斑点が出ているぐらいがベストなの。甘さと香りがぐっと増すからね」


静かにフォークでバナナを潰していく月。その手元は、まるで楽器を奏でるかのように優雅だった。


「バナナは、ムラがないように潰すのがコツ。生地に滑らかに馴染むのよ」


「さすが月様……!」


弥生が感嘆の声を漏らし、忍も無言でうなずいた。


「当然じゃない。――次は、室温に戻したバターと砂糖を混ぜるわ」


ボウルに材料を入れ、泡立て器を軽やかに動かす。


「白っぽくふんわりするまで混ぜる。ここで空気をたっぷり含ませれば、焼き上がりが軽やかになるのよ」


「こんなに丁寧に……混ぜるものなんですね」


「手間を惜しめば、美味しさは逃げていくわよ?」


言いながら、月は卵を一つずつ割り入れていく。


「少しずつ。そうすれば分離しにくくなるの。焦らず、丁寧にね」


「本当に、勉強になります……」


「ふふ、じゃあ、バナナとふるった薄力粉を加えるわ。ここはさっくりと混ぜる。混ぜすぎると、固くなるから気をつけて」


キッチンに漂い始める、バナナの甘い香り。


「仕上げにナッツやチョコもいいけど、今日はバナナの香りをそのまま活かすわ。シンプル・イズ・ベスト、ってやつよ」


そう言って、パウンド型に生地を流し込み、トントンと型を叩く。


「180度のオーブンで40〜50分。竹串を刺して何もつかなければ、焼き上がり」


スタッフたちは固唾を呑んで見守る。やがて――


「……完成よ」


取り出されたバナナパウンドケーキは、しっとりと黄金色に輝いていた。


「やっぱり月様はすごいです……!」


「当然よ。誰に出しても恥ずかしくない出来よ」


そう言って、月は次なる戦場――冷蔵庫に並ぶ材料の前に立った。



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「続いて、飲むプリンを作るわよ」


「飲む……プリン?」


忍がぽかんとした顔をした。


「つまり、ミルクセーキのこと。材料は、卵黄、牛乳、砂糖、バニラエッセンス、そして氷」


「卵が入ってるのか……!」


「濃厚な味の鍵よ」


月はさらりと言いながら、ボウルに卵黄と砂糖を入れ、手早く混ぜていく。


「ここがポイント。砂糖が完全に溶けるまで、しっかり混ぜるの。卵黄が白っぽくなってきたら、OKよ」


次いで牛乳を少しずつ加え、最後に香りづけのバニラエッセンスを垂らす。


「そして、ミキサーで一気に泡立てるの!」


ゴォオオオ――ン。


ミキサーの轟音とともに、ふんわりとした泡が広がり始める。


「ほら、見て。ふわっふわでしょ?この泡が、プリンのような満足感を生むのよ」


「これはもう……カフェの味だ……」


「最後にグラスに注いで、ホイップクリームをちょこん。はい、完成」


月が差し出したグラスを受け取る弥生と忍。


一口、飲む。


――その瞬間、口の中に広がる至福の甘さ。


「……うわ、濃厚なのに後味さっぱり」


「これ、プリンだ。飲むプリンだ……!」


「でしょ?でも真似しないでよ。これは月特製の、ちゃんと作った“飲むプリン”なんだから」


そう、月が笑った――そのとき。


「え? プリンって飲むものだったの?」


現れたのは、月の姉・雪乃だった。


「ちょ、ちょっと雪姉様!?」


「でも昔、『プリンは飲み物』って誰か言ってたわよ?」


「それはネタです!真に受けないでください!」


「プリンをストローで吸えばいいのよね?」


「ダメダメダメッ!」


「じゃあ私が、ストローで吸えるプリン製造機を開発しようか?」


花の余計な一言に、月の理性が崩壊しかけた。


「お願いだからみんな、普通にスプーンで食べて!」


厨房は、今日も平和だった。



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