いつものように月が店外に出て、開店の看板を出してお客を迎えようとすると、そこには既に列ができていた。
列の先頭に立つ一人の男性を見て、月は軽く微笑む。変装しているつもりの第一王子だとすぐに気づいたが、それを悟られないよう、いつも通りの優雅な態度で声をかける。
「お待たせしました。雪の庭、開店です。」
王子は軽く会釈をしながら、開店と同時に店内へと入り、迷うことなくまっすぐ雪乃のもとに向かう。
雪乃は紅茶を手にしていたが、突然の王子の訪問に少し驚いた表情を見せる。
王子は真摯な声で言った。
「雪乃店長、この間の件のお詫びを兼ねて、ぜひ食事にお付き合いいただきたい。」
雪乃は少し戸惑いながら返事をする。
「え?食事ですか?」
迷っている様子の雪乃を見た王子は、優しい笑みを浮かべながら続けた。
「落ち着いた雰囲気のいいレストランを予約しました。きっと気に入っていただけると思います。ぜひお付き合いください。」
雪乃はその言葉にさらに驚く。
「もう予約を?ずるいですわ。」
その場の雰囲気に押される形で、雪乃は招待を受けることにした。
「わかりました。それではお言葉に甘えて……。」
店内では、店員たち、月、花がさりげなく仕事をするふりをしながら、全員が聞き耳を立てていた。
弥生が小声で忍に話しかける。
「第一王子が自ら店長を食事に招待だなんて……これってすごいことですよね。」
忍も小さく頷きながら、花をちらりと見た。
「花様まで気にしているようですね……いや、むしろ楽しんでいる顔にも見えますが。」
花はあざとい笑みを浮かべて、月にささやく。
「月姉様、これって、雪姉様がこの国の王妃になるかもしれないってこと?」
月はため息をつきながら答える。
「気が早いわよ。それに雪姉様、全然気づいていないみたいだし。」
花が不思議そうに首を傾げた。
「雪姉様、やっぱ、鈍感?」
月は花の額を軽く叩きながら、呆れたように言った。
「また、そういうことは言わないの。でも、そうね……雪姉様は案外、気づいていないかもしれないわね。」
そんなやり取りをよそに、雪乃と王子の会話は穏やかに続いていた。
王子の誠意ある態度に、雪乃は少しだけ心を開き始めたようだった――。
「妹としての責任」
月は王子と雪乃のやり取りを少し距離を取って見守りながら、小さく呟いた。
「これは、妹として見守らなくては……。」
その声を聞いた弥生が、真剣な顔で頷きながら言う。
「確かに、何かあっては一大事です。護衛のため、尾行する必要がありますね。」
忍も同意するように腕を組みながら口を挟む。
「そうだな、雪乃様が王子と二人きりだなんて心配すぎますからね。」
クラリスとセリーヌも意気揚々と声を揃える。
「私たちもお供します!絶対に見逃せません!」
そんな彼女たちの様子を見ていた花は、呆れたように肩をすくめながらぽつりと呟いた。
「みんな、ただの野次馬じゃない……。」
月が花を振り返り、少し困った顔をしながら言った。
「野次馬じゃないわよ。これは、姉を思う妹として当然の行動なの。」
花は冷ややかな目で月を見つめる。
「でも、月姉様、護衛って言いながら、ただの興味本位でしょ?」
月は反論しようとしたが、思わず目をそらしてしまう。
「そ、そんなことないわ……きっと……。」
弥生が気を取り直したように口を開いた。
「ともかく、雪乃様を一人にしてはいけません!私たちでしっかり見守りましょう!」
花は再び溜息をつきながら、ボソリと呟いた。
「結局、誰も止められないんだから仕方ないわね……。」
こうして、雪乃の食事会を見守る(という名の尾行)計画が密かに動き始めたのだった――。