時間は少し戻り、月の庭の閉店時間。
いつも通り短い営業を終えた店内では、片付けが進められていた。そこに、ひときわ目を引く豪華な馬車が到着する。
第一王子が馬車を降り、改めて雪乃を迎えに現れた。
「お迎えに参りました、雪乃店長。」
彼は丁寧に一礼し、手を差し出す。
雪乃はエプロンを外しながら軽く頷き、その手を取る。
「営業時間3時間……こんな時は便利で助かるわ。」
王子は微笑みを浮かべながら雪乃を馬車へとエスコートする。
「それで、どこに連れて行ってもらえるのかしら?」
雪乃が興味津々で尋ねると、王子は少し照れたように答えた。
「王都内ですので、そう遠くはありません。ただ、静かで落ち着いた場所をご用意しました。」
「まあ、気が利くのね。」
雪乃は微笑みながら馬車に乗り込む。その優雅な仕草に、店員たちは息を呑むように見守っていた。
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「尾行の決意」
店内では、店員たちが片付けを進めつつ、王子と雪乃の様子を気にしていた。
弥生が小声で呟く。
「こうしてみると、本当にお似合いですね……でも、もし何かあったらどうするんですか?」
忍が頷きながら答える。
「そうですよ。何かトラブルがあったら一大事です。」
月が腕を組みながらため息をつく。
「まあ、妹として見守る義務があるわよね。王子の意図が本当に純粋なのか、ちゃんと確かめないと。」
その言葉を受けて、弥生、忍、クラリス、セリーヌがそれぞれ頷き合う。
「護衛のために尾行するしかありませんね。」
しかし、花が冷静な声で制止する。
「みんなでぞろぞろついて行ったら、尾行なんてバレバレだよ。」
月は少し考え込んだ後、真剣な表情で答えた。
「確かに、それはリスクが高い……。」
その時、花がポシェットから小さなマジックバッグを取り出し、何かを取り出す。
「じゃあ、これを使えばいいよ。」
取り出されたのは、何の変哲もない小鳥のようだった。しかし、花の手に乗ったその小鳥は、瞬く間に飛び立ち、空高く消えていった。
「なんなの、あの小鳥は?」
クラリスが驚いたように尋ねると、花はポシェットから小型の装置を取り出してスイッチを入れる。
すると、壁に映像が映し出され、まさに雪乃と王子が乗った馬車が映し出されていた。
「これでいいよ。『魔ドローン・ぴよぴよさん』、雪姉様をしっかり追跡してくれるから。」
店員たちはその鮮明な映像を見て驚きの声を上げる。
「こんなものまで作れるなんて……花様、やっぱりただ者じゃないですね……。」
月は呆れたように頭を抱えるが、内心は安堵していた。
「まあ、これなら雪姉様の様子もわかるし、バレる心配もないわね。」
こうして、雪乃と王子の行方を見守る一行は、花の発明品により、間接的な尾行を成功させることとなった――。
「一望の絶景」
雪乃を乗せた馬車は、ゆっくりと小高い丘の上にある一軒のレストランの前で止まる。
馬車の扉が開かれると、王子がエスコートのために手を差し出した。
「さあ、こちらへ。」
雪乃がその手を取り、静かに馬車を降りると、目の前には息を呑むような光景が広がった。
「……まあ。」
丘の上からは、王都全体が一望できた。石畳の街並みが広がり、建物の灯りがまるで宝石のように輝いている。そしてさらに遠くには港街の風景が続き、その先には果てしなく広がる青い海が見渡せる。
雪乃は思わず足を止め、目を見開いたままその景色に見入った。
「こんな場所があったなんて……。」
王子は微笑みながら雪乃の横に立つ。
「このレストランは、景色の美しさが自慢なんです。特に夕暮れ時は格別です。気に入っていただけたなら何よりです。」
雪乃はゆっくりと息を吐き、少し照れたように答える。
「ええ、とても素敵な場所ね。こんな景色、初めて見たわ。」
「それはよかった。」
王子は満足そうに頷くと、レストランの入り口を指さした。
「それでは、中へご案内します。」
雪乃はその言葉に頷き、王子とともにレストランの中へと向かった。
「堂々たる雪乃」
王子のエスコートで雪乃は店内へと足を踏み入れる。広々とした店内は、白を基調とした気品ある内装で、高い天井に大きなシャンデリアが輝いている。
長い通路の両脇には、この店のスタッフたちがずらりと並び、一糸乱れぬ姿勢で彼女を出迎えていた。ウェイター、ウェイトレス、シェフ、パティシエ、そしてソムリエたちが整然と並び、微笑みながら一礼する様子は圧巻である。
普通ならこの光景に気後れしそうなものだが、雪乃は堂々と悠然、そして優雅に列の間を通り抜けた。
彼女は腐ってもジパング王国の第三王女。気品と威厳はその振る舞いに自然と滲み出ていた。
「随分と物々しいまでの出迎えをしてくれるお店ですね。」
雪乃は微笑みながらも、軽い皮肉を交えて王子に問いかけた。
王子は笑顔を浮かべながら、自然な口調で答える。
「貴女を迎えるなら、これくらいは当然のことです。雪乃……失礼、雪姫様。」
雪乃は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに淡々と答えた。
「恐れ入ります、殿下。」
王子は微笑みを浮かべながら、彼女の言葉を受け止める。
「……やはりバレていたのですね。」
雪乃は軽く肩をすくめる。
「当店の店員は全員、殿下に気がついております。ですが、お忍びのようなご様子でしたので、他のお客様と同様の対応をさせていただいております。」
王子は苦笑しながら頷いた。
「ご配慮感謝します。とはいえ、とんだ三枚目を演じていたものです。」
雪乃は微かに微笑むが、何も言わない。
彼女の堂々たる振る舞いに、出迎えたスタッフたちもどこか感嘆の色を浮かべているようだった。
王子は改めてエスコートを続けながら、特別な席へと雪乃を案内する。
「特別な空間」
雪乃がふと周囲を見渡しながら尋ねた。
「貸切りですか?」
王子は優雅に微笑みながら首を振った。
「いえ、この店は常にこうなのです。一日にランチ一組、ディナー一組のみの営業です。」
雪乃はその答えに少し驚いた表情を浮かべた。
「随分と特別感のあるお店ですね……市民には敷居が高いお店のように思えます。」
王子は軽く頷きながら続けた。
「その通りです。この店のお客は基本的に貴族、それも特別な席での利用に限られています。もちろん、私も普段から気軽に利用するわけではありません。」
雪乃は微かに眉を上げ、興味深そうに問いかけた。
「それなら、今日このお店を選んだ理由は?」
王子は雪乃を見つめながら、静かに答えた。
「貴女を招くに相応しい場所を探した結果、この店が最適だと思ったのです。ここなら、ゆったりとした時間を過ごせるでしょう。」
雪乃は一瞬黙り込み、静かな笑みを浮かべた。
「そうですか。それは光栄ですわ。」
そのやり取りを遠くから控えて見守るスタッフたちは、彼らのやり取りにどこか特別な緊張感を感じているようだった。
王子は再び彼女を促しながら、特別席へと案内を続ける。
その席は、大きな窓から先ほどの絶景が見える最高のロケーションだった――青い海、港、そして王都の街並みが広がるその風景は、まるで絵画のように美しかった。