高台のレストランでは、雪乃と王子が優雅に食事を楽しみながら会話を続けていた。彼らは、覗き見され盗聴されているとは夢にも思っていない。
「雪乃さん、こちらの料理はお気に召しましたか?」
「はい、とても美味しいです。特にこのソース、絶妙ですね。」
王子は満足そうに頷きながらグラスを傾けた。
「この店の料理は王都随一と評判ですが、あなたに気に入っていただけて嬉しいです。」
雪乃は微笑みながら、目の前の料理を一口味わう。
「このような素敵な場所に招待していただき、感謝しています。ただ、少し気が引けますね。私には、こんな贅沢は似合わない気がして。」
王子は少し驚いたように目を見開き、すぐに真剣な表情になる。
「そんなことはありません。むしろ、これくらいでなければあなたのような方をお迎えするには不足だと思っています。」
「過分なお言葉です。」
雪乃は丁寧に頭を下げたが、どこか少しだけ気恥ずかしそうでもあった。
その一方で、月の庭では、花の魔ドローン「ぴよぴよさん」のモニターに映る二人の姿に釘付けの一行。
「この会話、完全にデートじゃない?」
忍が呟くと、月が即座に反論する。
「ちょっと、忍!雪姉様に変なレッテルを貼らないで!」
花は淡々とモニターを調整しながら一言。
「でも、王子が雪姉様を意識してるのは明らかだよね。」
クラリスが頬を赤らめながら付け加える。
「なんか、ロマンチックですね……。」
弥生は冷静な表情で花に尋ねる。
「花様、これ以上盗聴を続けるのは流石にどうかと思うんですが……。」
「え?気になるでしょ?もう少しだけ。」
花は悪びれる様子もなく、映像と音声をじっくりと確認していた。
――再びレストラン内。
「それにしても、こうして改めてお話しすると、雪乃さんがただの店長でないことがよくわかりますね。」
「まぁ、普通の店長とは少し違う背景がありますから……。」
雪乃は笑顔でさらりと返したが、その奥には王族としての品格が垣間見えた。
「だからこそ、このような素敵な時間を作る価値があると思っています。」
王子の言葉に、雪乃は少しだけ目を細めて答える。
「そういうことをおっしゃられると、期待に応えなければと緊張してしまいますね。」
王子は微笑を浮かべながら、穏やかに返す。
「緊張せず、どうぞリラックスしてください。今日は、ただの食事を楽しむ時間ですから。」
雪乃が応じて軽く頷いたところで、カメラに映る二人の姿が少しだけ柔らかな雰囲気をまとった。
――月の庭では、誰もが固唾を飲んでモニターを見守っていた。
「なんか、本当にデートっぽいわね。」
忍がつぶやくと、月が睨みつける。
「だから、それ以上言わないの!」
しかし、全員が同じ感想を抱いているのは明らかだった。興味津々で画面に釘付けの一同は、次にどんな展開が待っているのかを見逃すまいと目を凝らしていた。
花だけが冷静に、次の展開に備えるかのように指を動かし、モニターの角度を微調整していた――。
月の冷静な分析
月はモニターに映る雪乃と王子の姿をじっと見つめながら、小さく息を吐いた。
「王子は完全にデートのつもりね。でも、雪姉様は本当にただのお詫びの食事としか思ってないわ。」
弥生が驚いたように振り返る。
「えっ?そうなんですか?どう見ても雰囲気いい感じに見えるんですが……。」
月は冷静な表情を崩さずに答えた。
「雪姉様は、そもそも誰かが自分に特別な感情を抱いてるなんて思いもしないのよ。『お詫びだから』『ご厚意だから』って理由があれば、それ以上の深読みをしない人だから。」
忍が少し困惑しながら口を挟む。
「でも、あの状況なら普通は気づくんじゃ……?」
月は軽く首を横に振った。
「普通の人ならね。でも雪姉様は、自分が王族としての立場があるから『お礼や謝罪は大げさになるもの』って割り切ってるの。それ以上のことがあるなんて考えてないわ。」
クラリスが思わず感嘆の声を漏らす。
「それって……もしかして雪乃様って、ものすごく天然なのでは?」
花がポシェットの中を整理しながら、さらりと答える。
「天然というか、鈍感なんだよね。姉様が誰かに好意を持たれてるなんて想像もしてないと思う。」
弥生は呆れたように頭を抱えた。
「それじゃ、王子の努力は完全に空回りじゃないですか……。」
月は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。
「まぁ、今のところはそうね。でも、王子がこれ以上アプローチを続けたらどうなるかしら……。」
忍が不安そうに尋ねる。
「もし王子が雪乃様に本気だったら……どうなるんでしょう?」
月は真剣な表情で答えた。
「それは……わからないわ。でも、少なくとも雪姉様は今のところ全く気づいてないし、そのつもりもない。王子の努力次第ね。」
花がモニターを見ながら、軽くつぶやいた。
「でも、このままだと王子、ちょっとかわいそうだね。」
一同は思わず顔を見合わせながら、モニター越しに続く二人の会話に耳を傾けた。雪乃の優雅で落ち着いた態度と、王子の少し緊張した様子のギャップが、どこか微笑ましくも切ない雰囲気を漂わせていた――。
月は花の言葉に苦笑いしながら答える。
「そうね、雪姉様は確かに鈍感かもね。特に自分がどう思われてるかなんて、全く気にしないから。」
花は首をかしげながら、モニターの雪乃を見つめた。
「でも、ここまで気づかないのは逆にすごいと思う。王子、めっちゃ頑張ってるよね?」
忍が小さく笑いながら言葉を続ける。
「花様、それが雪乃様なんですよ。優雅で気品があって、でもそういうところは全然気づかない。そこがまた魅力なんでしょうね。」
弥生はため息をつきながら肩をすくめる。
「でも、さすがにここまでストレートにアプローチされて気づかないなんて、普通じゃないですよね……。」
月は腕を組みながら冷静に答える。
「雪姉様にとって、今はお店が一番大事だからね。恋愛なんてきっと頭の片隅にもないんだと思うわ。」
花はじっと考え込んだ後、小さく呟いた。
「でも、もし王子がもっと押してきたら、雪姉様も気づくのかな?」
月はその問いに、少しだけ笑みを浮かべながら答える。
「さぁね。でも、雪姉様が気づいたとしても、それがどうなるかは全くわからないわ。」
一同は再びモニターに映る雪乃と王子の様子に目を戻す。雪乃の優雅で自然体な態度と、それを一生懸命リードしようとする王子の姿が映し出されている。
花がぽつりと呟いた。
「王子、頑張れ……。」