雪乃は王子の真剣な目を見て、言葉を飲み込もうとしたが、すでに逃げられない状況になっていることを悟った。
「その……メレンゲの完成度が、ほんの少しだけ甘さと食感のバランスがずれている気がしたんです。それだけです、本当に些細なことなんです!」
王子は興味深そうに頷きながら、再びスイーツを口に運ぶ。
「なるほど。確かに、言われてみると、微妙に甘さが突出しているかもしれない。だが、普通の人には気づかないレベルではないか?」
雪乃は慌ててフォローを入れる。
「そうです!本当に普通なら気づかないんです。私がこんなことを口にしたのは、ただ……職業病のようなものです!」
王子は微笑みながらスプーンを置いた。
「それでも、君の意見は貴重だ。スイーツ作りに対して、誰よりも深い洞察があるからこその指摘だろう。」
雪乃は少し照れくさそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。でも、本当に失礼なことを言ってしまったと反省しています。せっかくの素敵なデザートなのに……。」
王子は軽く首を振りながら言った。
「いや、むしろ感謝している。ここまで正直に意見を言ってくれる人は少ない。雪乃、君のような存在は貴重だよ。」
雪乃はその言葉に少し顔を赤らめたが、すぐに表情を整えて答えた。
「恐縮です。でも……次はもっと美味しいデザートを期待していますね。」
その場に漂う穏やかな空気を壊すことなく、2人の会話は再び和やかなものに戻った。しかし、雪乃の何気ない一言がきっかけで、店側が後日さらなる研究と改善に取り組むことになるとは、このとき誰も想像していなかった。
「店長、パティシェを呼んでくれないか」
ダメー呼ばないで、ことがおおきくなる。内心で焦りまくる雪乃。
雪乃は焦りながら手を振り、慌てた声で王子を止める。
「だ、ダメです!呼ばないでください!パティシエさんを呼んでどうするんですか!?」
王子は少し驚いた顔をしながら、雪乃を見つめる。
「どうする、というか、君の意見を直接伝えてもらえれば、店側も改善の参考にできるだろう?」
雪乃は必死に言い訳を並べる。
「いえいえ!そんな必要はありません!本当に些細なことで、私のただの個人的な感想にすぎませんから!」
王子は軽く笑いながらも、譲る気配はない。
「いや、君の感想は重要だ。それに、この店のシェフやパティシエもきっと直接意見を聞きたいだろう。」
雪乃は内心、ああ、どうしよう……これ以上ややこしいことになったら……! と頭を抱えたい気分だった。しかし、目の前の王子は真剣そのもの。
「……いえ、本当に問題ありません!あの、ほら、むしろ次回に期待したいと思いますし!今日はこの素晴らしい雰囲気を壊したくないんです!」
王子は少し考えた後、ようやく納得した様子で頷いた。
「……そうか。それなら今回はそうしよう。ただ、君がそう言うなら、彼らの技術はまだまだ向上の余地があるということだな。」
雪乃はホッと胸をなでおろしながら、笑顔を作った。
「そ、そうです!そういうことです!きっと次回はさらに素晴らしいデザートを提供してくれると思います!」
その後、王子が話題を切り替えてくれたおかげで、雪乃はなんとかその場を乗り切った。しかし、内心では完全に冷や汗をかいていた。王子、本当にお願いだからこれ以上何もしないで……!
雪乃がホッと一息ついた瞬間、店内の奥からエプロンをつけたパティシエが緊張した面持ちで現れた。
「こちらにお呼びいただいたと伺いましたが……」
その声に雪乃の顔が一瞬で青ざめる。あぁ、終わった……!
王子は嬉しそうに微笑みながら、パティシエに向かって手招きをした。
「ちょうどいいところに来てくれた。こちらの令嬢が、君のデザートについて少し意見をくれたんだ。」
雪乃は、慌てて手を振りながら否定しようとする。
「い、いえ!そんなつもりではありませんでした!本当に大したことじゃなくて……!」
しかし、パティシエは恐縮した様子で深く頭を下げた。
「ご意見をいただけるなんて、光栄です。ぜひお聞かせください!」
雪乃は、ああ、もう逃げられない…… と内心で頭を抱えながら、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「えっと、本当に些細なことなんです。ただ……その、メレンゲの焼き加減が少しだけ……」
パティシエの表情が真剣になり、身を乗り出してくる。
「メレンゲの焼き加減ですか……具体的には、どのように改善すればよろしいでしょうか?」
雪乃は心の中で叫びたかった。これ以上聞かないで!
仕方なく、雪乃は絞り出すように話を続けた。
「そ、その……ほんの少し焼きが強すぎたような気がしました。でも、本当に些細なことで、味自体はとても美味しかったんです!全体的には素晴らしいデザートでした!」
パティシエは真剣に頷きながらメモを取り出し、雪乃の言葉を書き留め始めた。
「なるほど……焼き加減ですね。参考になります。次回はさらに改良して、完璧な状態に仕上げたいと思います!」
その姿に雪乃は、もうやめて!そんなに気にしないで! と泣きたい気分だったが、王子が満足そうに頷いているのを見て、何も言えなかった。
「これで君の意見がしっかり活かされるだろう。ありがとう、雪乃店長。」
王子の言葉に、雪乃はぎこちなく笑いながら答えた。
「は、はい……どういたしまして……。」
こうして、雪乃のささやかな一言が、レストランのキッチン全体に大きな影響を与える結果となったのだった――。
雪乃は深々とため息をつき、心の中で自分を責める。
「口は災いのもとだわ……」
テーブルの上に並んだ美しいスイーツが、なぜか今は彼女を責め立てているように感じる。
王子は隣で微笑みを浮かべながら、雪乃の言葉を聞き逃さなかった。
「そう落ち込まないでくれ。君の言葉は、ただの批判ではなく、さらなる成長を促すものだったのだから。」
雪乃は王子にちらりと視線を送り、小さくつぶやく。
「そう言っていただけるのはありがたいですけど……これ、どう考えても大事になりすぎですよね?」
王子は軽く肩をすくめて答える。
「気にすることはない。完璧を追求するための一歩だ。君がそういった立場にいるということだよ。」
雪乃は再び小さくため息をつき、そっとつぶやいた。
「完璧を求められるなんて、面倒くさいだけだわ……ただ、甘いものを楽しみたかっただけなのに。」
王子はその言葉にクスッと笑いながら、グラスの中のワインを軽く揺らす。
「だが、それが君の魅力の一つでもあるんだ。何気ない一言が周囲を動かすほどの影響力を持っている。それを誇りに思うべきだ。」
雪乃はその言葉に少しだけ顔を赤らめながら、視線を逸らした。
「褒めてくれるのはいいですけど……やっぱり私は普通に過ごしたいだけなんです。」
その控えめな姿に、王子は満足そうに笑みを浮かべながら、そっとデザートフォークを持ち上げた。
「普通でありたいと思っているところが、君らしい。それがこの時間を特別なものにしているんだよ。」
雪乃はなんとも言えない表情を浮かべながら、次のスイーツに手を伸ばした。
こうして二人の優雅な時間は、些細な事件を挟みつつも、穏やかに過ぎていったのだった――。
雪乃は王子に軽く頭を下げながら、申し訳なさそうに言った。
「いえいえ、私のせいで雰囲気を壊してしまいました。本当に申し訳ありません。」
王子は柔らかな笑みを浮かべながら、軽く首を振った。
「そう思われるのであれば……また、お食事に付き合っていただけますか?」
雪乃は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに控えめな笑みを浮かべて答える。
「はい、私でよろしければ……。」
店長に声を掛ける王子
「店長!名誉挽回のチャンスだ!ぜひ、また予約をお願いする!」
店長は胸を張りながら、自信たっぷりに応じる。
「もちろんです!次回こそ、完璧なお食事とスイーツを用意させていただきます。」
雪乃はその勢いに少し圧倒されながらも、小さく苦笑いを浮かべた。
「では……次回も楽しみにしています。」
王子は満足そうに頷きながら、グラスを軽く傾けた。
こうして、次回への期待を胸に抱きながら、二人の優雅なディナーは幕を閉じた――。