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第20話:2人の時間 いちごのモンブラン 7:明日の準備

月は、店内の映像を見ながら、ため息交じりに呟いた。


「雪姉様……自分で墓穴を掘った形になったわね。少なくとも、もう1回は、あのディナーに付き合わないとならない。」


花はポシェットから次のマジックアイテムを取り出しながら、冷静に口を挟む。


「まあ、雪姉様の性格を考えれば、断れないのも仕方ないね。でも、本人はきっと後で頭を抱えるだろうね。」


忍が壁に映し出された映像を見ながら、小声でボソッと言った。


「雪乃様、意外と自分からハードルを上げてしまうタイプですよね……。」


クラリスがその意見に頷きながら続ける。


「王子の期待も高まるでしょうし、次回はさらに豪華な準備が必要になりそうですね。」


セリーヌが少し不安そうに声を上げた。


「それにしても……雪乃様、本当に気づいていないんでしょうか?王子の特別な想いに……。」


月は微笑みながら答える。


「気づいていないというより……雪姉様らしいわね。お詫びのつもりで付き合うだけのつもりかもしれないけど、そう簡単に終わらないわ。」


全員が映像を見つめながら、それぞれの考えを巡らせている中、花だけがポシェットをしまいながら冷静に結論を出した。


「まあ、どのみち面倒な展開になりそうだし……私は観察を続けるだけにするよ。」


その場の空気が少しだけ和らぎ、全員が「雪乃と王子の次回」に向けての興味と不安を胸に抱きながら、夜は静かに更けていった。

月はキッチンに立ち、スタッフたちに声をかけながら、手際よく準備を進めた。


「さて、雪姉様が帰ってくる前に明日の準備を終わらせてしまいましょう。明日のスイーツは、チョコレートテリーヌよ。」


弥生が材料をテーブルに並べながら尋ねる。


「月様、今回のチョコレートテリーヌはどんな仕上がりを目指しますか?」


月は微笑みながら答える。


「もちろん、濃厚でなめらか、口の中でとろけるような仕上がりよ。でも甘さは控えめにして、カカオの風味を引き立てたいわ。」


忍が湯煎用の器具を準備しながら付け加える。


「それなら、ちょっとビターなチョコレートを多めに使うと良さそうですね。」


「そうね、それに、仕上げにはほんの少しの塩を加えるのもいいわ。味に深みが出るの。」


セリーヌが材料をチェックしながらうなずく。


「月様の指示なら間違いありませんね。私も仕上げのデコレーションをお手伝いします。」


クラリスがカカオの香りを楽しみながら言った。


「お客様もきっと喜びますね。チョコレートテリーヌはいつも大人気ですから。」


月は湯煎の準備が整ったボウルにチョコレートとバターを入れながらスタッフに声をかけた。


「みんな、明日もお客様を喜ばせるために最高の仕上がりを目指しましょう!チームの力を合わせれば、どんなスイーツも完璧に作れるわ。」


スタッフ全員が頷き、キッチンは活気に満ちた雰囲気で作業を進めていく。月はその様子を見て微笑みながら、再び作業に集中した。


作業がほぼ終わり、キッチンが静かになった頃、店のドアが静かに開く音がした。


「ただいま戻りました。」

雪乃が店内に入ってきた。堂々とした立ち居振る舞いだが、どこか疲れた様子も見える。


月がすぐに雪乃の方を振り返り、微笑みながら声をかける。

「おかえりなさい、雪姉様。お食事、どうでしたか?」


雪乃は少し間を置いてから、紅茶を一口飲むような落ち着いた口調で答える。

「ふふ、まぁ悪くなかったわ。でも、少し波乱があったのよ。」


弥生がキッチンから顔を出しながら興味津々で尋ねる。

「波乱って、どんなですか?」


雪乃は苦笑しながら答える。

「メレンゲの話をしたら、パティシエと店長が大騒ぎしてしまってね。本当に疲れたわ。余計なことは言わない方がいいわね。」


月が半ば呆れた表情で言った。

「雪姉様、それって完全に自分で墓穴掘った形じゃないですか?」


雪乃はため息をつきながら椅子に座る。

「そうね……反省しているわ。でも、次回もお招きいただくことになったのよ。どうしてこんなことに……。」


花がポシェットを抱えたままひょっこり現れ、無邪気に言った。

「次も美味しいご飯が食べられるから、いいじゃない、雪姉様。」


月は呆れながらも笑みを浮かべて作業に戻る。

「さて、雪姉様が無事帰ってきたところで、私たちは明日のチョコレートテリーヌの準備が終わったわ。雪姉様、少し試食していく?」


雪乃は手をひらひらと振りながら立ち上がった。

「いいえ、今日はもう疲れたわ。お先に休ませてもらうわね。」


店内が静かになり、夜の準備が整う中、雪乃は自分の部屋に向かい、月たちは笑いながら片付けを終わらせていった。


エピローグ

店内のにぎわいを背に、花は静かに外へ出た。夜風が心地よく吹き、満天の星空が広がっている。花は何かを待つように立ち止まり、ゆっくりと手を高々と掲げた。


数秒後、小さな羽音が聞こえ、一羽の小鳥――ぴよぴよさんがその手に止まる。

「ぴよぴよさん、おつかれさま。」

花は微笑みながら小鳥に語りかける。その言葉に応えるように、ぴよぴよさんは一声「ぴよ」と鳴いた。


花はもう片方の手でポシェットのフタを開けると、ぴよぴよさんは自らその中に飛び込む。

「またよろしくね。次も頼りにしてるよ。」

そう言うと花はポシェットを閉じ、軽くその上をポンポンと叩いた。


店内の明かりがこぼれる窓からは、月たちの楽しげな声が聞こえるが、花はそれには目もくれず、静かに店内に戻っていった。


その無邪気な仕草の裏に潜む、花の天才的な能力と冷静さを知る者は、この場には誰もいなかった。











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