魔導具ペット「ぴよぴよさん」
朝の「月の庭」は、いつもと変わらない静かな空気に包まれていた。
しかし、その日は少しだけ異変があった。
「……何、この小鳥?」
店のカウンターで紅茶を飲んでいた雪乃が、不思議そうに頭上を見上げる。
そこには、小さな鳥――ぴよぴよさん――が旋回して飛び回っていた。
「ずっと頭の上を飛んでるんだけど?」
雪乃が首を傾げると、奥から出てきた月がすぐにその状況を察した。
「花!あんたのペット、ちゃんとしまってよ!」
月が鋭く花を呼びつける。
「え?ぴよぴよさん?」
呼ばれた花は、のんびりと現れると、小鳥を手招きする。
「おいで、ぴよぴよさん。」
すると、小鳥は花の手のひらにピタリと止まり、可愛らしく鳴いた。
「……これ、魔導具よね?」
弥生が小声で呟いた。雪乃以外の店員たちは、ぴよぴよさんの正体を知っている。
先日の雪乃のデートの監視に利用された「魔道ドローン」であることを――。
だが、それを雪乃には知られてはいけない。
弥生がすかさずフォローする。
「雪乃様、この子は花様が作った『魔導具ペット』なんですよ。」
「魔導具ペット?」
雪乃が怪訝な表情を浮かべる。
花は慌ててポシェットからケーブルを取り出すと、ぴよぴよさんの頭に突き刺した。
「……なにしてるの?」
雪乃の視線が険しくなる。
「データをチェックしてるの。」
花は慌てながらも端末を操作し始める。魔道端末の画面には、ぴよぴよさんが記録した映像や音声データが次々と表示される。
「これ、絶対に普通のペットじゃないよね?」雪乃が怪しむ。
弥生が冷や汗をかきながら、ごまかすように笑う。
「いえいえ、ほら、観察用の魔導具で、野鳥の動きを真似してるだけですから!」
「野鳥の動きって……データを取る必要があるの?」
「はい!」
弥生、忍、セリーヌの全員が揃って返事をする。そのあまりの勢いに、雪乃は少し気圧される。
「そういうものなの?」
「そういうものです!」
花は端末をいじりながら、小声で呟いた。
「……プログラムにバグがあるなぁ……雪姉様の追跡命令がまだ消えてない……普通は自動でデリートされるのに。」
それを聞いていた弥生が、慌てて花を肘でつついた。
「花様!声に出して言わない!」
「え?」花は顔を上げたが、周りの焦りには気づかず、画面を睨み続ける。
「とにかく、この子はペットのふりをしておいて!」
月が冷静にフォローに入る。
「……まあいいわ。可愛いから許すけど。」
雪乃がそう言うと、店員たちは全員安堵のため息をついた。
「でも、早くそのケーブル外して、ポシェットにしまいなさい。」
「わかったわ。」
花は端末の操作を終え、ぴよぴよさんのプログラムを修正した。そしてケーブルを外し、ポシェットにしまおうとしたが――。
「あれ?」
ぴよぴよさんはポシェットに入らず、ふわりと舞い上がると、今度は花の頭の上に止まった。
「なんで?」
花が不思議そうに呟く。
月は苦笑しながら言った。
「それ、まだ完全には直せてないんじゃない?」
「いや、データの削除は終わったはずだけど……ああ、優先指令の優先順位が入れ替わってる!」
花は端末を見つめながら、プログラムのエラーを見つけて頭を抱えた。
「どういうこと?」雪乃が首をかしげる。
「えーっと、この子、私の頭の上に乗るのがデフォルト動作になっちゃってるみたいで……。」
「そんなの直してよ!」
「うん……でも、これ以上は解析に時間がかかるから、閉店後じゃないと無理。」
花はため息をつきながら、頭の上に止まったぴよぴよさんをそっと撫でた。
こうして、花は一日中、頭にぴよぴよさんを乗せて働く羽目になった。お客たちからは「可愛い!」と好評だったが、花にとっては、恥ずかしさでいっぱいの一日になる予感しかしなかった――。