「月の庭」が開店する時間になると、いつものように月が店の外へと出て、木製の看板を通りに立てかけた。
「お待たせしました。月の庭、本日も開店です。」
開店を待っていた常連客たちが一斉に動き出す。中には開店と同時に入店を急ぐ客の姿もあれば、のんびりと入店する人もいる。
しかし、今日はいつも以上に賑やかだった。
「花ちゃん、今日も元気そうね!」
「花ちゃん、注文お願い!」
カウンターに座っていた雪乃が、客の呼びかけを耳にして驚いた表情を浮かべた。
「なんだか、すごく人気になってるわね……。」
花は、頭の上にぴよぴよさんを乗せたまま、注文を取りに行った。
「あざとい笑顔」で丁寧に客に応対する花に、客たちはすっかり魅了されている。
月が厨房から顔を出し、雪乃の疑問に答えるように呟く。
「そりゃあ、花がいるとお店が華やかになるからよ。」
「私が華やかさに欠けるとでも?」
雪乃が拗ねたような表情を見せると、月は軽く肩をすくめて笑った。
「違うわよ、雪姉様。でも、あの子のあざといまでの接客は、さすがに真似できないわ。」
弥生が厨房で仕込みをしながら、苦笑いを浮かべる。
「本当に花様の人気はすごいですね。でも、雪乃様がいらっしゃるだけで、この店の品格は保たれてると思いますよ。」
雪乃は少し満足したように紅茶を飲みながら答えた。
「そうね、やっぱり私は品格担当よね。」
そのやり取りを聞いていた忍が、小声で呟いた。
「雪乃様が品格担当……まあ、言われてみれば間違いではないけど。」
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フロアでは花が大忙しだった。
「花ちゃん、こっちも注文お願い!」
「はい!すぐに伺います!」
頭の上にぴよぴよさんを乗せながらテーブルを回る花の姿は、お客たちにとって完全に「癒し」の存在になっていた。
「可愛いわね、花ちゃん。」
「ペットの小鳥まで連れて接客してくれるなんて、心が和むわ。」
ぴよぴよさんの存在も話題となり、次第に客たちの会話の中心に花が据えられていく。
一方で、雪乃がその様子を見ながら疑問を口にした。
「でも、本当に花だけが原因でこんなに人気があるの?」
すると、近くにいた常連客が答える。
「いやいや、月さんのスイーツも最高ですよ。それに、月さんの気配りも魅力のひとつです。」
その言葉に雪乃は目を丸くして驚いた。
「月が原因?」
月が厨房から笑顔で応える。
「ほら、雪姉様。私、ちゃんと仕事してるでしょ。」
「月と花がいれば、私が何もしなくても大丈夫ね。」
雪乃はそう呟いて再び紅茶を飲むが、弥生がすかさず鋭い声で突っ込んだ。
「お嬢様も働いてください。」
その言葉に雪乃は少し目を細め、紅茶を置いてため息をついた。
「……わかったわよ、弥生。でも、私はお店の雰囲気を守るのが役割なの。」
弥生は何を言っても無駄だと悟りながらも、渋々フロアを回る。
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午後になると、さらに多くの客が訪れるようになった。
「今日も繁盛してますね。」
月がフロアを回りながら花に声をかけると、花は笑顔で答えた。
「うん、でも、ちょっと忙しいかも。」
それでも、花は笑顔を崩さず、お客たちの要望に応えていく。
「花ちゃん、追加注文お願い!」
「月さん、こちらのお皿を下げてください!」
それぞれの持ち場で全力を尽くす店員たち。
そして、ぴよぴよさんを頭に乗せた花の姿に、客たちは癒されながら笑顔を見せる。
「あの子、頭の上に小鳥を乗せて接客してるけど、可愛いわね。」
「本当にお店全体が明るくなる感じ。」
こうして、「月の庭」は終日賑やかで、温かい雰囲気に包まれていった。
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夕方になり、閉店時間が近づいてくると、ようやく忙しさが少し落ち着いた。
雪乃がカウンターで紅茶を飲みながら言った。
「今日はなんだか、いつも以上に忙しかったわね。」
月が頷きながら答える。
「花が人気すぎるのよ。お客さんのほとんどが、あの子目当てなんじゃないかしら。」
花は頭の上にぴよぴよさんを乗せたまま、最後のお客の見送りを終えると、軽くため息をついた。
「ふぅ……なんとか終わった。」
弥生が笑いながら近づいてきた。
「花様、本当に大人気でしたね。でも、今日はぴよぴよさんのおかげで、さらに目立ってたと思いますよ。」
「ぴよぴよさんのせいで目立ったんじゃなくて、ちゃんと私の力で人気が出たの!」
花は少しだけ頬を膨らませて反論したが、弥生や忍は笑って頷くだけだった。
こうして、「月の庭」の賑やかな一日は、次第に閉店の準備へと移っていく――。