閉店時間を迎え、「月の庭」の一日が終わろうとしていた。最後のお客を見送り、店内の灯りを少し落とすと、日中の喧騒が嘘のように静まり返る。月は深く息をつきながらカウンターに腰掛けた。
「さて、今日も無事に終わったわね。」
弥生が厨房から出てきて頷く。
「本当に。今日はお客様の笑い声が特に多かった気がします。」
忍が小声で笑いながら付け加えた。
「そりゃあ、花様の頭の上にずっとぴよぴよさんが乗ってたんですからね。あれは誰だって笑いますよ。」
花は頭の上にいるぴよぴよさんを軽く撫でながら、困ったようにため息をついた。
「うーん、本当は今日中に何とかしたかったんだけど、さすがにこのままじゃ時間切れだね。」
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閉店後、花はポシェットから魔道端末を取り出し、ぴよぴよさんに再びケーブルを接続した。小鳥の頭部にケーブルが突き刺さる様子を見た弥生が慌てて声を上げる。
「だからそれ、どう見ても刺してるようにしか見えないんですけど!」
花は平然とした表情で端末を操作しながら答えた。
「心配しないで。ぴよぴよさんはただの魔導具だから、生き物みたいに見えるけど、全然痛くないの。」
忍が興味深そうに覗き込みながら言う。
「でも、本当に生き物にしか見えませんよね。動きも鳴き声もリアルすぎます。」
花は満足げに笑った。
「でしょ?私の設計が完璧だからだよ。ほら、今からバグを修正して正常に戻すからね。」
端末に表示された画面には、ぴよぴよさんの内部プログラムが映し出されている。その中に紛れ込んだ不審なコードを花が見つけると、素早く指先を動かして削除した。
「やっぱり、昨日の雪姉様を追跡する命令が消えてなかったんだね。本来なら自動的にデリートされるはずなのに、このバグのせいでずっと追尾モードが続いちゃったんだ。」
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雪乃は紅茶をすすりながらそのやり取りを眺めていたが、不意に首をかしげた。
「追尾モード?それって、どういうこと?」
一瞬、店内に沈黙が訪れる。
弥生と忍は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「えっと、それはですね……雪乃様を守るための、そう、防犯対策ですよ!」
雪乃は疑わしげに二人を睨むが、花は何も気にせずバグの修正を続けていた。
「これでプログラムを修正完了。もうバグは出ないはずだよ。」
そう言って花はケーブルを外し、魔導端末とぴよぴよさんをポシェットにしまおうとする。
しかし、ぴよぴよさんはポシェットに戻るどころか、再び花の頭の上に飛び乗った。
「え、なんでまた頭に戻るの?」
花が驚く中、月や弥生は笑いをこらえきれなかった。
「完全に花様の頭が巣だと思ってるんじゃないですか?」
弥生が肩をすくめて言うと、忍も笑いながら頷いた。
「もうこのままペットにしてしまえばいいんじゃないですか?」
「そんなつもりじゃない!」
花は頬を膨らませながら反論したが、ぴよぴよさんは何事もなかったかのように羽を休め続けていた。
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閉店作業を終えた後、花がポシェットから新たな魔導具を取り出した。それは見たこともない大きな装置で、弥生や忍が興味深そうに覗き込む。
「花様、それは何ですか?」
月が尋ねると、花は自慢げに笑った。
「これ、前に話してた時間調整ができるストレージだよ。内部の時間を進めたり遅くしたりできるの。」
その説明に、月や弥生の目が輝いた。
「それって、発酵時間を短縮できるってことよね?すごいわ!」
「本当に便利そうですね!これがあれば、もっとたくさんのスイーツを提供できます!」
雪乃は別の方向で感心していた。
「これがあれば、もっと楽ができるわね……。」
その呟きに、弥生がすかさずツッコミを入れる。
「お嬢様、それは違う意味で感心してますよね……。」
花はストレージを店内の一角に設置しながら微笑んだ。
「これがあれば、今まで作るのを諦めてたスイーツも気軽に作れるようになるよ。」
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その後、花はぴよぴよさんを指差して言った。
「さて、この子もちゃんと片付けたいんだけど、今日は時間切れだから仕方ないね。明日こそ完全に修正してみせるよ。」
月が微笑みながら答えた。
「まぁ、今日一日お客様を笑顔にしてくれたんだから、それも悪くないんじゃない?」
スタッフたちも口々に賛同する。
「本当にぴよぴよさんのおかげで店内が明るかったですよ!」
「普段は花様だけでも十分ですが、今日は特別な空気がありましたね。」
花は少し照れくさそうに笑いながらぴよぴよさんを撫でた。
「まぁ、たまにはこんな日も悪くないかもね。」
こうして、「月の庭」の一日は温かな笑いに包まれて幕を閉じた。花の発明品がさらに店を輝かせる予感を残しながら――。