月の庭では、いつものように開店準備が進んでいた。月が厨房でスイーツの仕込みを始め、弥生と忍が店内の掃除や備品の整理をしている中、花は一人カウンターでぴよぴよさんを手に取っていた。小鳥型の魔導ドローン、ぴよぴよさんは、最近の活躍で店員たちにもすっかり馴染んだ存在だった。しかし、そのぴよぴよさんが、どうも様子がおかしい。
「どうしたの?ぴよぴよさん、天井の梁にずっと止まったままで動かないなんて、そんなことなかったのに。」
花が首をかしげながら呟くと、弥生が掃除の手を止めてこちらを見た。 「花様、またぴよぴよさんが何かやらかしたんですか?」
「やらかしたというか、ずっと監視モードが解除されてないみたいなんだよね。昨日の雪姉様のデート追跡が原因かなぁ。」
「デート追跡って……そんなこと口に出して言わないでください」弥生が呆れた表情を浮かべる。
「それはお店の防犯の一環だよ!」と花は胸を張ったが、弥生も忍も苦笑いするしかなかった。
花はポシェットから細いケーブルを取り出すと、それをぴよぴよさんの頭部に差し込んだ。その光景を見た忍が思わず声を上げる。 「ちょっと、花様!その小鳥さん、生きてるんじゃないですよね?」
「大丈夫、これただの魔導具だから!」花はあっけらかんと答える。
さらに、もう一端のケーブルを魔導端末に接続すると、カウンターに設置された小さな魔法式スクリーンにぴよぴよさんのプログラム画面が表示された。コードの羅列を眺めながら、花は問題の原因を探り始める。
「おかしいな……ここが原因かな?」花は指を動かし、プログラムの一部を修正し始めた。
「花様、本当にそんなに簡単に修正できるんですか?」弥生が半信半疑で尋ねる。
「簡単だよ!ぴよぴよさんのAIは基本的にシンプルなはずなんだけど……」
そう言いながら花は、プログラムの異常な部分に気づいた。「あれ?自己学習のログがこんなに増えてる。あの子、自分でプログラムをアップデートしてる……」
「自己学習って、それって普通のAIよりも高度じゃないですか?」忍が驚いた声を上げる。
「そうだよね。これ、私が意図して入れた機能じゃないんだけど……どうしてだろう?」
花はさらにプログラムを調べたが、明確な原因は見つからなかった。ひとまず、バグを削除して追跡モードを解除する操作を終えると、花はケーブルを抜いてぴよぴよさんをポシェットに戻そうとした。
しかし、その瞬間、ぴよぴよさんは花の手からするりと抜け出し、ふわりと飛び上がると、天井の梁に再び止まった。
「えぇっ、また戻っちゃった!」花が慌てて声を上げると、弥生と忍が呆れた表情を浮かべる。
「花様、ぴよぴよさん、もう花様の手を離れて自由に動き始めてるんじゃないですか?」弥生が皮肉っぽく言った。
「うーん、そんなはずないんだけど……」
花は再び端末を取り出そうとしたが、時間を確認して首を振った。「これ以上解析すると開店準備に遅れちゃう。仕方ない、今日は防犯カメラ替わりに使おうかな。」
「防犯カメラ?」忍が怪訝そうな顔をする。
「うん、店内の安全を見守るために天井に置いておくの。ぴよぴよさん、みんなを見守ってね!」花はそう言って、天井のぴよぴよさんに手を振った。
そこに月が厨房から顔を出してきた。「花、開店準備は終わった?」
「うん、大丈夫。ぴよぴよさんも防犯カメラとして活躍するよ!」
月は少し考え込むようにしてから頷いた。「まあ、お客様に迷惑をかけないならいいわ。雪姉様に許可取ったの?」
「もちろん、雪姉様なら『どうぞ』って言ってくれるよ!」と花は自信満々に答える。
開店準備を終えた雪乃がフロアに現れると、ぴよぴよさんを天井に見つけて首をかしげた。「あら、花、その小鳥さん、また店にいるのね?」
花は慌てて笑顔を浮かべた。「うん、防犯カメラ代わりだよ!お店を守ってくれる魔導具ペット!」
「ふーん、まあお客様に迷惑をかけなければいいけど……」雪乃は特に気にする様子もなく、紅茶を淹れるためにカウンターに向かった。
こうして、ぴよぴよさんを天井に配置したまま、月の庭はいつも通り開店を迎えるのだった。花は心の中で、自分でもよくわからないぴよぴよさんの自己進化に、少しだけ不安と期待を抱いていた。