月の庭が開店すると、いつも通り常連客たちが次々と訪れた。弥生と忍が丁寧に席を案内し、クラリスとセリーヌが注文を取り始める。月は厨房で新作スイーツ「カッサータ」の仕込みを進めていた。
「カッサータってどんなスイーツなんですか?」弥生が興味津々に尋ねる。
月は手を止めずに答える。「果汁やリキュールで湿らせたスポンジケーキに、リコッタチーズと果物の砂糖漬けを層にして、マジパンで包んだスイーツよ。今日は子供のお客様もいるからリキュールは使わずに果汁で仕上げてるの。」
弥生が感心したように頷いた。「なるほど、見た目も華やかで美味しそうですね。」
雪乃はカウンターで紅茶を飲みながら、それを聞いて微笑む。「月に覚えてもらえれば、私が楽できるわね。」
「お嬢様、楽したいって本音が漏れてますよ……」弥生が呆れたように返すと、雪乃は肩をすくめて笑った。
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天井の小鳥
一方で、天井の梁に止まったぴよぴよさんが、じっと店内を見下ろしている。客たちはその存在にすぐ気付き始めた。
「あら、小鳥がいるわ!かわいい!」
「ぴよぴよさん、だっけ?あの子、なんだか愛らしいわね!」
花はカウンター越しに苦笑しながら答える。「そうそう、あの子は魔導具ペットなの。お店を見守ってくれる頼もしい存在だよ!」
「本当にペットなの?すごいわね!」
その場の雰囲気は和やかになり、ぴよぴよさんは店内のマスコットとしてさらに人気を博していった。あるお客が席を立つと、ぴよぴよさんが突然羽ばたいてその人の周りを飛び回った。
「あら、小鳥がついてきた!」
「それ、多分忘れ物教えてくれてるんだよ!」花がニコニコと指摘する。
そのお客が席を確認すると、本当に小物入れを忘れていたことに気付いた。「わあ、ありがとう、小鳥さん!」
この光景を見た弥生は、思わず呟く。「飼い主に似て、本当にあざといわ……」
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迷惑なお客様
閉店が近づいた頃、ある一人の男性客が突然声を荒げた。「おい!このスイーツの中に髪の毛が入ってるぞ!」
その声に店内の空気が凍り付く。他のお客様たちも一斉にその男性を振り返った。雪乃がすぐさま対応に出る。
「申し訳ございません。詳しくお聞かせいただけますか?」雪乃は冷静に対応するが、男性はさらに声を荒げる。
「これだ!見ろよ!」男性が指差したスイーツの上には確かに髪の毛が乗っていた。店員たちもそれを確認するが、髪は茶色だった。
雪乃、月、花、弥生、忍……どの店員も茶色の髪ではない。クラリスとセリーヌは金髪であるため、明らかに客の髪であることは間違いなかった。
「これはお客様ご自身の髪ではないでしょうか?お食事中に落ちたのかと……」雪乃が冷静に説明すると、男性はさらに激昂する。
「俺を侮辱するのか!俺が嘘をついてるって言いたいのか!」
そのやり取りを見ていた別の客が声を上げた。「あんたがいちゃもんつけてるんだろう!」
店内はさらに騒然となり、雪乃は毅然とした態度で男性に告げた。「申し訳ありません。他のお客様の迷惑になりますので、お引き取りください。」
「なんだと!」男性が怒り狂い、雪乃に掴みかかろうとしたその瞬間、天井からぴよぴよさんが急降下してきた。
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小鳥の活躍
ぴよぴよさんはその鋭い嘴で、男性の頭を突き始めた。
「いてっ!いてっ!やめろ!やめろ!」
「ぴよぴよぴよぴよ!」と鳴きながら、ぴよぴよさんは全力で男性を攻撃した。
驚いた男性は手で頭を覆いながら後ずさりし、そのまま店を飛び出していった。
店内には一瞬の静寂が訪れたが、すぐに拍手と歓声が沸き起こる。「あの小鳥、すごいわ!」「なんて勇敢なの!」
店員たちは呆然とその光景を見ていたが、花だけは眉をひそめて呟いた。「ぴよぴよさん、こんな機能はつけてないはずなんだけど……」
弥生も同じように呟く。「自己防衛機能でもあるんですか?」
花は首を振りながら答えた。「そんな高度な機能、搭載してない。むしろこの行動……自分で進化してるとしか思えない。」
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ぴよぴよさんの自己進化
花はすぐにぴよぴよさんを呼び戻し、カウンターに降ろした。ポシェットからケーブルを取り出してぴよぴよさんの頭に接続し、再び魔導端末で解析を始める。
「うそ……この子、自己進化してる……。自分でプログラムを修正して、行動パターンを追加してる……!」
花の驚愕の声に、店員たちはさらに驚く。「そんなことが可能なんですか?」と忍が聞く。
「普通はないよ!こんな魔導具、そこまでのAIは組み込んでないし……なのに、この子は……」花は困惑した様子で呟いた。
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閉店に向けて
その後、無事に閉店を迎えたものの、ぴよぴよさんの不可解な行動に店員たちは不安と期待を抱くことになる。ぴよぴよさんがどうやってこの進化を遂げたのか――それは、今後の大きな謎として残るのだった。