閉店間際、店内は静かな余韻に包まれていた。最後のお客様を見送った直後、店の扉が再び開いた。入ってきたのは、変装とは名ばかりの帽子とマントを纏った第一王子だった。
「いらっしゃいませ、殿下。」
月が微笑みながらお辞儀をする。
店内の中央、雪乃は椅子に腰掛け、頭の上に小鳥――ぴよぴよさんを乗せている。王子はその姿を目にして一瞬動きを止めたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「店長、今日も素敵な雰囲気を作られているようですね。それにしても、その小鳥は……とても愛らしいですね。お似合いです。」
雪乃は慌てて手を振りながら否定する。
「違うの、これはこの子が勝手に頭に止まっているだけで……!」
花が呆れたように王子に向き直る。
「王子、それは褒め言葉にはなっていませんよ。」
「いや、その……ほのぼのとしていて、それも愛らしいと思っただけです。」
王子が言い訳じみた口調で続けるが、花はさらに首を傾げて追及する。
「それ、フォローにもなってません。」
雪乃はため息をつき、ぴよぴよさんを頭から降ろそうと試みたが、小鳥は頑なにその場所を動こうとしない。
「もう……この子、なんなの。」
王子は席に着き、柔らかい笑みを浮かべながら言葉を添えた。
「店長、その姿は決して悪いものではありませんよ。むしろ、親しみやすさが増していると言いますか……。」
「もういいです!」
雪乃が声を上げると、花が隣で小さく笑った。
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王子の注文を受けた後、店内は再び落ち着いた空気に包まれる。王子は、パンの耳チョコレートラスクを口に運びながら、満足げに頷く。
「このラスク、驚きました。まさかパンの耳をここまで素晴らしいスイーツに仕上げるとは。」
月がそっと笑いながら答える。
「ありがとうございます。このアイディアは雪姉様のものです。」
王子が目を輝かせながら雪乃に向き直る。
「素晴らしい。店長の創意工夫にはいつも驚かされます。」
雪乃は照れくさそうに微笑む。
「パンを無駄にしたくなかっただけです。それに、月が腕を磨いているので、私が少し補助しただけですよ。」
「それでも、貴女の発想があってこその一品でしょう。」
王子は真剣な眼差しで続ける。
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その後、王子と雪乃の会話は穏やかに進み、店員たちはカウンター越しにその光景を見守っていた。
弥生が小声で呟く。
「ほのぼのとしてるのは確かだけど、やっぱり雪乃様の頭上に小鳥がいるのは妙ですよね。」
忍が頷きながら答える。
「ええ。でも、王子も気にしていないようですし、これはこれで和やかな雰囲気ですよ。」
クラリスが微笑みながら付け加えた。
「それにしても、ぴよぴよさんは本当に雪乃様が好きなんですね。」
花は複雑な表情を浮かべながら呟く。
「自己進化しているとは思っていたけど、ここまで人懐っこくなるとは……もう少しプログラムを調整しないと。」
「それ、今更?」
月が笑いながらツッコむと、店員たちは声を上げて笑い合った。
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その夜、店を出た王子は再び雪乃に感謝の言葉を述べた。
「今日も素敵な時間をありがとうございました。またぜひ伺わせてください。」
「こちらこそ、またのお越しをお待ちしております。」
雪乃は柔らかい微笑みを浮かべながら、王子を見送った。
月がその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「やっぱり雪姉様は鈍感よね。」
花がクスリと笑いながら答える。
「でも、こういう関係も悪くないかもね。」
店内にはほのぼのとした雰囲気が残り、今日も「月の庭」は平和な一日を終えたのだった。