「雪の庭、開店です。本日のスイーツは、抹茶ティラミスです。ぜひご賞味ください。」
月がいつものように店の看板を出し、お客様を迎える準備を整えた。店内では、雪乃がゆったりと紅茶を飲みながら過ごしている。
頭の上にはぴよぴよさんがちょこんと止まっている。花がいない間、なぜかぴよぴよさんは雪乃の頭をお気に入りの場所にしたらしい。
「花なら可愛いけど、私だと間抜けにしか見えないわ……」
雪乃は呟くが、特に追い払うわけでもなく、そのままの姿勢で紅茶を飲み続けている。
開店直後から大盛況
開店して間もなく、お客様が次々と来店し、店内はすぐに賑わい始めた。
「抹茶ティラミス、おすすめだそうですよ!」
「ここ、本当に居心地がいいのよね。」
そんな声を耳にしながら、弥生はフロアを忙しく動き回り、注文を取っていた。一方、月は厨房で抹茶ティラミスを作る手を休めることなく動き続けている。
雪乃は変わらずカウンター席で優雅に紅茶を楽しんでいるが、頭の上のぴよぴよさんが時折羽ばたきながら動くたびに、お客様の目を引いていた。
「雪乃店長、頭の上の小鳥さん、可愛いですね!」
あるお客様が微笑みながら声をかける。
「ええ、この子は花の……えっと、魔導具ペットなの。最近、なぜか私の頭を気に入っているのよ。」
雪乃はそう説明しながら微笑むが、その声には少しだけ困惑が混じっている。
ぴよぴよさんの意外な才能
さらに、あるお客様が席を立とうとした時、ぴよぴよさんが突然羽ばたき、天井の梁から降りてきた。お客様の周囲をくるりと一周し、座っていた席のテーブルを軽くつつく。
「え?この席に何か……?」
お客様が不思議そうにぴよぴよさんの示す場所を確認すると、そこには忘れ物が置かれていた。
「あ!私のハンカチだ!ありがとう、小鳥さん!」
その光景に店内の他のお客様も驚き、拍手が起こる。
「ぴよぴよさん、すごい!」
「本当に賢い小鳥ね!」
弥生はその光景を見て呟いた。
「飼い主に似て、あざとい……。」
月も厨房からその様子を見て苦笑する。
「ぴよぴよさん、まさかこんな才能を発揮するなんて……。」
抹茶ティラミスが大人気
一方で、本日のスイーツ「抹茶ティラミス」は大人気で、厨房の月は休む間もない。
「ティラミス追加で2つお願いします!」
「はい、ただいまお持ちします!」
抹茶のほろ苦さとリコッタチーズの滑らかな甘さが絶妙にマッチしたこのスイーツは、リピーターを増やしつつあった。
「月さん、抹茶ティラミス、本当に美味しいですね!」
常連客が笑顔で声をかける。
「ありがとうございます!これからもご期待に応えられるよう頑張ります。」
月は少し汗を拭いながらも笑顔で答える。
そんな中、雪乃は紅茶を飲みながら、店の賑わいを楽しんでいる様子だった。
「月が頑張ってるから、私は楽ができるわ。」
「お嬢様も少しは働いてください……。」
弥生が呆れたように呟くが、雪乃は軽く微笑むだけだった。
そんなほのぼのとした雰囲気の中、ぴよぴよさんが再び頭上で羽ばたいている。
「ぴよぴよさん、少し休んだら?」
そう雪乃が言うと、ぴよぴよさんは雪乃の頭の上でピタリと動きを止め、大人しくなった。
「本当にこの子、何を考えてるのかしらね……。」
雪乃のその一言に、店内の誰もが笑顔を浮かべるのだった。
月の庭の開店準備が整い、雪乃がゆったりとカウンターでお茶を楽しんでいるころ、一際優雅な馬車が店の前に停まった。馬車から降り立ったのは第二王女、星姫とその従者たちだった。
「いらっしゃいませ、星姉様。本日もようこそお越しくださいました。」
月が柔らかく頭を下げて迎える。
「おはよう、月。今日もスイーツを楽しみにしているわ。」
星姫は店内に一歩足を踏み入れると、隅々まで目を走らせる。その様子は、一国の王女としての気品と威厳を感じさせるものであった。
店内の常連客たちは、店に入ってきた美しい女性に釘付けになり、ざわめきが広がる。
クラリスが静かに雪乃に耳打ちした。
「第二王女星姫様。まるで絵画から抜け出してきたような方ですね。」
「星姉様、今日は何をお召し上がりになりますか?」
雪乃が微笑みながら尋ねると、星姫は上品な笑顔を浮かべた。
「もちろん、抹茶ティラミスよ。それと、玉露の緑茶もいただけるかしら?」
「かしこまりました。」月が丁寧に応じると、厨房へと消えていった。
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星姫は、窓際の席に腰を下ろしながら、ふと楽しげに話し始めた。
「ねぇ、雪。今朝、誰が私の従者として同行するか、大騒ぎだったのよ。」
「大騒ぎですか?どうしてですか?」
雪乃が不思議そうに首をかしげる。
「簡単な話よ。私に付き従えば、あなたの作るスイーツが食べられるから。」
星姫は上品な笑みを浮かべながら続ける。
「従者たちの間で、従者争奪戦が勃発したわ。皆、雪のスイーツを心待ちにしているのよ。」
雪乃は驚きつつも、どこか嬉しそうだった。
「そうだったんですね。星姉様を通じて、私のスイーツがそんなに評価されているとは知りませんでした。」
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その時、店の扉が開き、第1王子が現れた。彼は星姫の姿を目にすると、一瞬目を見開いて硬直した。
「ど、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか、星姫様?」
王子は明らかに動揺しており、視線を泳がせながら星姫に問いかける。
星姫は優雅にカップを持ち上げながら、落ち着いた声で答えた。
「妹の様子を見に来たのと、あなたの国の抹茶を使ったティラミスを味わいに来ただけよ。それにしても、こんなところという言い方はどうかしら?」
王子はその言葉にさらに狼狽し、頭を下げた。
「い、いえ、決してそんなつもりでは…」
「まあ、ここはお茶とスイーツを楽しむ場所ですから。落ち着いてください」
王子はようやく平静を取り戻し、軽く息をつきながら席についた。
「失礼しました。それでは私にもスイーツとコーヒーをお願いします。」
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星姫は、玉露の緑茶を口に含みながら抹茶ティラミスを楽しんでいた。その上品な所作と満足そうな表情に、店内は穏やかな空気に包まれていく。
「星姫様は本当に素敵な方ですね。お話を伺っているだけでこちらまで幸せな気分になります。」
クラリスが心底感心した様子で言うと、セリーヌも同意するように頷いた。
その一方で、弥生は忍にだけ聞こえる声でぼそりと呟く。
「第一王子様も、星姫様の前では全く歯が立たないんですね。」
忍は小さく笑いながら応じた。
「確かに。これほどまでに気圧されている王子様を見たのは初めてです。」
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やがて、星姫のティラミスが終わりに差し掛かるころ、彼女は雪乃を見つめながら言った。
「やっぱり、雪のスイーツは格別ね。この味が広まれば、この国と我が国の絆も深まるに違いないわ。」
雪乃は恐縮しながらも微笑みを返した。
「ありがとうございます、星姉様。これからもお客様に喜んでいただけるよう精進します。」
星姫と第一王子という特別な来客を迎えた「雪の庭」は、その日も優雅で温かい時間を過ごす場所として、多くの人々の記憶に刻まれるのだった。