星姫がこの国に滞在することになった理由は、友好条約の条件が折り合うまで交渉を続けるためだった。閉店後の静かな店内に、いつもの姉妹の賑やかさとは違う、どこか緊張感のある空気が漂う。
「第一王子が雪乃との婚約を望んでいるの。あなたの気持ちを確認しておきたいわ。」
星姫がさらりと放った言葉に、店内の時間が一瞬止まったようだった。
「ええ!?」
雪乃は驚きで声を上げた。予想外の話題に、表情が完全に固まってしまう。
「ええじゃないわよ、雪乃姉様!」
月がすかさず反応し、テーブルを叩きながら立ち上がる。
「どうしてその話をこんな急に!?聞いてないわよ!」
「急な話に感じるかもしれないけれど、実はこの件、ずっと前から水面下で進んでいたのよ。」
星姫は落ち着いた様子で紅茶を一口飲むと、優雅に微笑んだ。
「わたしは、そんなつもりは…」
雪乃は慌てて首を振るが、星姫の真剣な眼差しに言葉を詰まらせた。
「貴女が望まないなら、条件は見直すわ。私がこの国の使節として交渉を担当している間に、きちんと確認しておきたいだけよ。政略結婚を強要されるようなことがあってはならないから。」
星姫の言葉には、姉としての慈愛と使節としての使命感が込められていた。
「でも、もし相手がゴリ押してきたらどうするのですか?」
雪乃は不安げに尋ねる。
「その場合は壱姉様が何とかするでしょう。」
星姫はさらりと言った。
「何とか…?」
月が眉をひそめる。
「具体的には?」
「そうね…多分、友好条約をぶち壊すだけじゃ済まないかもしれないわね。この国そのものを壊しかねないわ。」
星姫は静かに言葉を紡いだ。その言葉に、店内は再び静まり返る。
「えええええっ!?」
今度は全員が悲鳴を上げた。花でさえ目を丸くして驚きを隠せない。
「壱姉様ってそんなに危険な方なんですか!?」
花が恐る恐る聞く。
「危険というよりも、政略結婚を快く思っていないのよ。彼女は、自分の意志で行動することにとても強い信念を持っているの。」
星姫は、どこか懐かしむような表情で説明する。
「それって、むしろ危険では…?」
月が疑念を口にする。
「大丈夫よ。壱姉様が暴走しないよう、わたしがここにいる間にできる限りのことをするつもりだから。」
星姫は涼しい顔で答えた。
「でも、どうしても結婚の話が進んだら…?」
雪乃は不安そうに問いかける。
「その時は、壱姉様が全力で相手を黙らせるでしょうね。もっとも、そのためにこの国の未来がどうなるかは保証できないけれど。」
星姫は微笑んだまま続ける。
「……」
店内には、再び不安な沈黙が流れた。
「雪姉様、これって一大事よ!」
月が焦りの表情を浮かべる。
「わたしにどうしろと…」
雪乃は頭を抱えた。
「答えを急ぐ必要はないわ。」
星姫は優しく語りかけた。
「条約締結までは時間がかかるもの。少なくとも、その間に考える余裕はあるはずよ。」
「そうですね…」
雪乃は息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。
「とにかく、明日のスイーツは抹茶プリンでお願いするわね。」
星姫は突然話題を切り替え、いつもの慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「こんな時に…」
雪乃は苦笑いを浮かべたが、星姫の存在に少しだけ救われた気がした。
その夜、雪乃は布団の中で何度も頭を抱えながら、王子との婚約について悩むことになった。